21.やれやれ。しかたないね
その日の夜。
ミサは黒の水晶からケルベロスを解放し、小型化させて、ベッドで一緒に眠っていた。
フィーナも下がらせていて、部屋にはミサとケルベロスだけだった。
「……くぁ」
深夜、ケルベロスが目を覚ます。
大きく伸びをすると、ケルベロスは人間の男の子の姿へと変わっていた。
黒い短い髪に、犬の耳がちょこんとのっかっている。
そのおしりには、しゅるんと尻尾が動く。
ケルベロス自身は寝ぼけていて、自分が変幻したことに気が付いていないようだった。
「…………」
男の子はミサの寝顔を見て、嬉しそうに笑みを浮かべると、その頬をぺろりと一舐めしてから、再び同じベッドで眠り始めた。
翌朝には元の姿に戻ったケルベロスは、ミサが起きても、まだ気持ち良さそうに寝息を立てていたのだった。
「そっか。
じゃあ、無事にケルちゃんは家族になれたんだねー」
食堂で食事をとりながら、クラリスがあたしに言ってきた。
「ふん。ほーほー」
あたしはパスタを口いっぱいに頬張りながら頷く。
「……ミ、ミサは、よく食べるんだな」
「俺とクラリスはもう慣れたよ」
コーヒーを飲む手を止めながらクレアが驚き、ジョンはやれやれと肩をすくめてる。
なんだい?
何か問題あるのかい?
「ところで、ケルちゃん?ってなんなんだ?」
「犬でも拾ったか?」
クレアとジョンに指摘されて、クラリスが慌てた様子を見せる。
「え!あ!
そうそう!
ミサがこの前、演習場で拾ってさー!」
クラリスが焦って手をぶんぶんしてる。
うんうん。
今日も安定にかわいいね。
「ねー!ミサー?」
あたしに振らないどくれよ。
「あ、あー!うんー!
そーだよー!
かわいいわんちゃんでさー!」
……やれやれ。
仕方ないとはいえ、友達に嘘をつくのは気が引けるねえ。
結局、ケルちゃんがあたしに懐いたことは、クラリス以外の生徒には内緒にすることになって、あの時、あの場所にいた他の生徒たちの記憶はミカエル先生がどうにかしたみたいだ。
なんでも、ケルちゃんをあの王子が華麗に倒したけど、あたしがなぜか怒ってその場を去った、みたいな感じらしいよ。
それだと、あたしがただの癇癪娘みたいだけど、ケルちゃんのためにもそうした方がいいって言われちゃったから、しぶしぶ了承したんだよ。
だから、いまあたしとあの王子は……
「ミ、ミサ・フォン・クールベルト!」
「…………」
いつものように食堂に現れた王子を見たあたしは、黙って席を立った。
「シ、シリウス王子!?」
クレアがいきなり現れた王子に驚いてる。
そういえば、クレアと一緒にお昼食べるのは初めてだもんね。
これからは毎日来るから、早く慣れてね。
「みんな。
悪いんだけど、あたし先に戻るね」
「あ、待ってよ!
私も行く!」
1人でさっさとその場を離れるあたしに、クラリスも慌てて席を立つ。
「やれやれ」
「お、おい!
いいのか!?」
クレアとジョンもそのあとに慌ててついてきた。
「おい!待て!
俺様を無視するな!
せめて、なぜ怒っているのか教えろ!
おい!
ミサ・フォン・クールベルト!!」
うるさいね!
それが言えないからイライラするんじゃないかい!
「ミサ~。
いいの~?
いつまでもこんなんで~」
その後の実践魔法の授業で、クラリスがあたしに話し掛けてきた。
ミカエル先生が急用で王都に行くからと、今日は自習となり、スケさんの管理の元、教室で各自、思い思いに自習をしていた。
「……なんの話だい?」
あたしは何となく答えたくなくて、とぼけたフリをしてみせた。
「私も同感ですね」
「ス、スケイル!!」
スケさんが話に混ざってきて、クラリスが慌てて容姿を整える。
大丈夫。
クラリスはいつだってかわいいからね。
「先の演習で、何が貴女の癇に障ったのかは分かりませんが、いい加減、王子の相手をしていただかないと、苦労するのは我々なんですよ」
スケさんが溜め息混じりに不満を漏らす。
「……あの王子は、またバカなことをやってるのかね」
あたしも大きく溜め息を吐く。
それに、スケさんとクラリスも溜め息で返してきた。
あ、そうかい。
家でも学校でも暴れてるんだね。
あたしは諦めたように、再び大きく溜め息を吐いた。
「……分かったよ。
話ぐらいならしてあげるとするかね」