206.クラリスたんの覚悟、かね。てか、キャーキャー!
「これが帝国城ね……」
「……大きいな」
「不気味だねー」
「……あそこにミサさんも、マウロ王国の2人もいるのですね」
「……」
スケイルに改めて言われてクラリスは黒く塗り潰された帝国城を見つめた。
森を抜け、街をいくつか抜けて、小高い丘の上からクラリスたちは城を眺めていた。丘の上から見ているのに、それでも城はまだ見上げる必要があった。高い城壁がようやく丘と同じ程度の高さで、城自体はさらにそれに倍する高さを誇っていた。
「……ここまで、順調すぎるぐらいに順調だったわね」
「……そうですね」
クラリスは森を抜けてからの行程を思い出す。
慎重に街を抜けたクラリスたちだったが、しかしそこには人っ子一人いなかった。
街が廃墟になっているわけではなく家や街道の管理もきちんと行われていたので、つい最近まで民が住んでいたのだと思われる。
「……この国の人々、みんなもう……」
「……」
クラリスは森でアルビナスたちが戦っているであろう帝国兵のことを考える。
兵を、民を、生きた人間を別の物言わぬ何かに作り替える。
もしもそれが全国民に対して行われていたとしたら。
「……許せない」
「……」
拳を握りしめるクラリス。スケイルはその想いに共感するとともに、もしそうだったらとんでもない脅威になるだろうと懸念していた。
死をも恐れぬ強固な軍隊。
それが帝国の全人口分用意されているとしたら……。
4ヶ国の戦力をかき集めた連合軍であっても太刀打ちできないかもしれない。
「……」
スケイルはそんな不安を抱かずにはいられなかった。
「……とりあえず、これまでのことをシリウス殿下とミカエル先生に伝えましょう」
スケイルはそう言うと魔力で作った鳥に手紙を持たせて飛ばした。
「一応、本物の鳥に偽装する魔法もかけておいたので無事に2人のもとへと届くでしょう」
4人はアルベルト王国へと向かう鳥を見送ると再び城に向き直った。
「……さて、どう侵入しましょうか」
「……まだ、帝国にはバレてないと思う?」
「……分かりません。街には侵入者を感知する類いの魔法はなかったですし、ここまで何もアクションがないのは気付かれていないから、と考えるのは安易なのかもしれませんが……」
「うーん。せめて警報が鳴ったり見張りがいたりすれば分かりやすいんですけどね」
「お城の周りにも人いないんだよねー。お城の中は結界があるから匂い分かんないや」
ケルベロスが鼻を引くつかせて報告する。
「……この静けさが、逆に怖いわね」
クラリスは静まり返った漆黒の帝国城を眺めて腕をさすった。
「もしもバレていないのなら作戦は順調。このまま静かに侵入して城内部の地図を入手。ミカエル先生に飛ばしたらミサさんたちの救出を試みる、といったところですね」
「もし、バレていたら?」
「……侵入自体がアウト。私たちは捕まり、処刑されるか、都合の良い人質が増えるだけ……」
あるいは改造され敵の戦力となる、ということはスケイルは口にしなかった。
「とはいえ、それが分からない以上このまま様子を見ているわけにもいかないですよね」
「ええ。目に見えて気付かれていることが分からないのならやはり侵入は決行するべきでしょう。ただし、やはりより敵に気付かれないようにすることは必須ですが」
「……ジョンって隠密系の魔法使えたっけ?」
クラリスがそういえばとジョンに確認をとる。
「んー。あんまり得意じゃないけど出来なくはないよ。これでも騎士志望だからね。対象を秘密裏に護衛するときなんかに必要だから」
「そっか。ケルちゃんは大丈夫でしょ?」
「もちろん。魔獣は天然で身を潜める類いの能力があるからね。というか、誰か隠密が得意な人が1人いれば僕の《影狼》に他の人も入れるからそれで行けるかもよ」
「なにそれ?」
「んー、魔法、なのかな? 影に潜る能力なんだけど、移動するには潜った影の持ち主が移動しないといけないんだよね。自分の影には潜れないし。
もともとは敵から身を潜めたり獲物を待ち伏せしたりするのに使うものだから」
「なるほど。ある種の固有魔法ですね。
しかし、それはなかなか使えますね。むしろどうして今までそれを言わなかったのか」
「えー、だって今までそんな使い方しなかったもん。今回は潜入だって言うから進まないといけないし、自分ではその場から動けない能力のことなんて思い付かないよー」
有用な能力を言っていなかったことに不満げな表情をするスケイルに、ケルベロスは頬を膨らせながら答えた。
「まー確かにそれは思い付かないよねー」
クラリスがケルベロスを後ろから抱きしめながら間を取り持つ。ケルベロスはどうやらクラリスにはだいぶ懐いているようだった。
スケイルが不満げな理由はもしかしたらそこにもあるのかもしれない。
「ね。ケルちゃん。その魔法はたとえば私の影にケルちゃんが入って、そこにジョンやスケイルも入れるってこと?」
「うん、そーだよ」
後ろから優しく尋ねるクラリスにケルベロスはいつの間にか出ていた耳と尻尾をフリフリしながら答える。
「一緒に影に入れる人数に制限はある?」
「んー、どうなんだろ。試したことはないけど僕を入れて5人ぐらいはいけるんじゃないかなー」
「そっかー……」
「……」
クラリスがスケイルを見る。スケイルはそれを受けてこくりと頷いた。
それをもとに作戦を立てろという主の命を受けてスケイルが頭を回転させる。
影を引き連れる者が1人。そして影に入れる人数は5人。自分たちと要救出者を合わせると全部で7人。
つまり、影を引き連れる者以外にもうひとり外に出ていないといけなくなる。
それを誰にするか。そもそも影を引き連れる者を誰にするか。どうやってそれで侵入するか。
スケイルは今、それらを頭の中で巡らせていた。
そして、やはり影を引き連れる者は自分がやるべきだという結論に至る。
自分ならば隠密系の魔法を数種使えるし、戦闘面においても影に潜っていなければならないケルベロスを除けば自分が最も強い。
それに最悪の場合、奴らに捕まるのが自分ひとりで済む。
「では私が……」
「私が外に出て行くわ」
「クラリス殿下っ!?」
自分が影を率いる者になると言おうとした矢先にクラリスが名乗り出て、スケイルは驚きの表情を見せる。
「ク、クラリスはダメだろ。さすがにお姫様だし」
「あら。ジョンに王族扱いされるのは初めてね」
「い、いや……それに、女の子だろ」
クラリスにイジワルな笑みを送られてジョンは口ごもった。
「そ、そうですよ! もし殿下が敵に捕まるようなことになれば王もゼン殿下もこの程度じゃ済まないですよ!」
「……それは、ミサだけだからお父様もお兄様も手を抜いているということかしら?」
「あ……い、いえ」
じろりと冷たい視線を送られたスケイルは思わずたじろぐ。
「……はぁ。女の子に優しいのは良いことだけれど、そんなんじゃあ2人ともモテないわよ」
「……う」
「……ぐ」
クラリスにため息をつかれ、痛いところを突かれた2人は顔を歪めた。
「ケルちゃんはどう思う?」
クラリスは2人に軽くダメージを与え終わると、抱きしめたままのケルベロスに問いかけた。
「んー、まあ妥当じゃないかなー」
「な! なにをっ!? ……っ」
簡単に答えてみせたケルベロスにスケイルは突っかかろうとしたが、クラリスに目線で制された。
「だってクラリスは光属性でしょ? 隠密とか解析系の専門みたいなものだから、この中で一番合ってるんじゃないかなー」
「さっすがケルちゃん! 実は私よりずっと年上なだけあるわね!」
「ふふふ。兄貴って呼んでもいいんだよ!」
「兄貴カッコいい!」
「ふふふふ~」
クラリスに頭をナデナデされてご満悦のケルベロスだった。
「ま、そういうことよ。隠密だけじゃなくて、私なら帝国城のあの曼陀羅みたいな結界にひとつも引っ掛からずに侵ってみせるわ」
「……」
「曼陀羅?」
ジョンは首をかしげていたが、スケイルは逆に驚いていた。
ソレが見えるのはこの中では自分だけだと思っていたから。
帝国城を覆う無数の結界。それらが折り重なってまるで曼陀羅のようになっていた。
しかも巧妙に隠蔽されており、ジョンやケルベロスにはそれを認知できていなかった。
だからこそ、スケイルはそこに突っ込むなどという無謀なことができるのは自分だけだと思っていたのだ。
「……理解したかしら?」
「……分かりました」
全てを理解した上で自分が行くのだと言って、自分に微笑みを向けるクラリス。
スケイルはそれを受けて、頷く他なかった。
「……ですが、帰りは確実に敵に見つかっているでしょう。その際は殿下はケルベロスとともに影へ。俺とジョンが出口まで走り抜けます。
いいですね?」
スケイルはそれだけは絶対に譲れないと意思を込めてそう告げた。
ジョンもそれに頷く。
「ふふ。分かったわよ。頼りにしてるわ」
その真っ直ぐな瞳にクラリスも思わず笑みをこぼして了承した。
「よし。じゃあ、行きましょ」
クラリスはそう言うと光の屈折魔法を行使した。クラリスの姿が一気に薄くなる。
「すごい。もうほとんど視えない」
ジョンがその腕前に感心する。
「完全に消えれば影も消えちゃうから今のうちに私の影に。でも見えなくなるだけで影自体はそこにあるから安心して」
「おっけー。《影狼》。
ほい。2人も入ってー」
ケルベロスはクラリスの影に飛び込むと、頭だけを出してスケイルたちを誘った。
「ほえー、すごいなー」
ジョンは影に潜るという体験にしきりに感心しながら影に入っていった。
「……クラリス殿下。あの、この、任務が終わったら……っ!」
2人きりになったスケイルが口をモゴモゴさせながら何かを言いかけたが、クラリスはその口に指を当てて止めた。
「そういうのはね、死亡フラグって言うんだって。ミサが言ってたわ」
「……フラグ、ですか?」
おとなしく指を口に当てられているスケイルにクラリスは優しく微笑んだ。
「だから、言いたいことがあるなら無事に国に帰ってからにしなさいってことよ」
「!」
クラリスはそう言うと、スケイルの口につけていた指を離し、自分の口に当てて同じようにシーっとポーズを取った。
スケイルがそれを見て顔を真っ赤に染める。
「……ほら! 早く入りなさい!」
「は、はいっ!」
それを見て恥ずかしくなったクラリスは慌ててスケイルの頭を押して自分の影に入るように促し、スケイルも焦って影へと潜っていった。
「……もう」
クラリスはつられてすっかり赤くなってしまった頬をパタパタと仰ぐ。
「……ミサ。待っててね」
そしてすぐに切り替えると、完全に自分の姿を消して帝国城へと進んだのだった。
「待ってるよ! うひょお~!!」
「きゃー! きゃー!」
その様子をツユちゃんが創った『窓』から観ていたあたしとツユちゃんは大いに盛り上がってましたとさ。
「クラリスたんに死亡フラグ教えといて良かった! おかげで尊すぎる展開を拝めたよ~!」
「ミサさんぐっじょぶ! ぐっじょぶです~!」
「んでしょー!」
アニメみたいじゃん! 気になる! この先どうなるか気になるー!
あ、でもこの先って、クラリスたんが危険をおかしてここに来るのか。
「やっぱダメじゃん! クラリスたん危ないから来ちゃダメじゃん!」
なんか完全に観覧者気分だったけどあたし当事者だった!
浮かれとる場合じゃない!
「……そうは思っても、観ていることしかできないんですよー」
「……うー、もどかしいねー」
「……そうですねー、ホント」
あたしがジレジレしてると、ツユちゃんはどこか悲しそうだった。
「ま、それでも気になったら手を出しちゃうんですけどねー。悪いクセですよねー。ホントはダメなのに」
「なんの話だい? まあ、気持ちは分かるけど。なんかちょっとでも出来ることないかなって思っちゃうよね」
今の私には寝てることしかできないんだけど。
「そうなんですよー。まあ、考えておきますね」
「?」
「さてさて、じゃあ、他のとこも観てみましょうかねー」
ツユちゃんはさっと切り替えると、『窓』に手をかざした。チャンネルを変えるみたいに他のとこの様子が観れるみたい。
私的にはクラリスたんの続きも気になるしアルちゃんたちのピンチもすごい気になるんだけど。
「んー、そうですねー。次は打って変わって、こっちにしてみますかー」
「ん? ……あ、お兄ちゃん王子」
そこに映し出されたのはウチとこの王国のお兄ちゃん王子だった。王様となんか話してるみたい。
「……え? あれって……」
んで、その部屋に追加で入ってきたのは……。
「ミカエル先生? てか、お父様とお母様も!?」
いやいやどんなメンツだい!?
こりゃこっちも気になるよ~!!