205.バラキエルさん、それちょっとズルいよ!
「まさかアルベルト王国の三大魔獣が入り込んできているとはな。これもあのミサ嬢の力か」
漆黒の翼をはためかせて森に着地したバラキエルは石化した魔導機械兵に手を触れた。
「なるほど。これが盲目の蛇の石化の邪眼。まさかこいつらの反魔法装甲をぶち抜いてくるとはな」
バラキエルは石化した兵の様子を興味深く観察しながら、かざした手の先に魔方陣を展開させた。
「《接続》《解析》魔導AI解析開始」
展開された魔方陣の中で複雑な数値がいくつもバラバラと猛烈なスピードで動いていく。
「解析? 固有魔法を解析なんて、できるはずないのです……」
アルビナスはそう言いつつも嫌な予感を感じずにはいられなかった。
「……ふむ。やはり不可逆か。本人だけはその限りではないとは、何とも理不尽な話だな」
「!」
解析結果を呟くバラキエルの内容にアルビナスは驚く。事実、その通りだからだ。
「大量の魔力消費が必要とはいえ破格すぎる能力。そのための盲目制約か。蛇ならではの、生来の感知能力あっての物種だな」
「……」
解析を進めるバラキエルの魔方陣の横に魔力で作られた時計が現れる。それがまるでカウントダウンのように12時から反時計回りでぐんぐんと進み始めた。
「……さすがに魔獣の、しかも長レベルの固有魔法となると構造が複雑だな。人間相手ならまだしも、これの転写は不可能か。この固有魔法があればミカエルにも匹敵しただろうに。
まあ、遠隔ではなく俺が直接解析しなければならないぐらいだから予想はついたが」
凄まじい速度で回る時計の針は何周も回り、やがて再び12時へと集結していく。
「石化された兵を戻すことは不可能。だが、これで……」
出現した時計の針が12時になるとともに解析は終了し、その場にいた魔導機械兵たちが一瞬、キラリと光った。
「わっ!」
「なんだっ!?」
その一瞬の光にクレアたちは目を細める。
「……」
アルビナスはただ黙ってその様子を見ていた。
「……よし」
バラキエルは魔方陣を閉じるとアルビナスたちの方へと向き直る。
「反則技は好きじゃないんでな。せいぜい正面から渡り合ってくれ」
「あっ!」
バラキエルはそれだけ言うと、ふっとその場から消え去った。
「消えたわよ! まさか、転移魔法!?」
「……」
ルーシアは突然、その場から姿を消したバラキエルに驚いたが、アルビナスはそれよりも確認すべきことがあった。
アルビナスはクレアたちが視界に入らないように第三の目を開いた。
そして、近くにいた魔導機械兵と目を合わせ、かつ他の兵にも石化光線を飛ばした。
「……っ」
が、兵たちはいっこうに石化することはなかった。
「くっ……」
アルビナスは魔力を消費してしまい、慌てて目を閉じた。
「アルビナス!? どうしたの!?」
再び崩れ落ちたアルビナスにルーシアが駆け寄る。
「……石化に対策をされたのです。もうあいつらに、私の石化は効かないのです」
「なにっ!?」
「そんなっ!」
「……ど、どうやって」
「……分からないのです」
驚くクレアたちにアルビナスは首をかしげた。
固有魔法は決して解析ができない。ゆえに固有魔法と呼ばれ、その使い手が限られてきた。
使う者が限られるからこそ、その対策もあまり取られず、現在までその猛威を振るいながらも仕方がないと捉えられていたもの。
バラキエルは科学の解析能力と魔法をリンクさせることで固有魔法の解析を可能にしてみせたのだ。
しかし、その事を知らないアルビナスたちはただ首をかしげるだけだった。
「……すでに石化させた奴らが戻されなかっただけ良しとするのです」
アルビナスは切り替えると、ゆっくりと立ち上がった。
「……もう大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない、とは、言ってられないのです」
心配するクレアにアルビナスは青い顔で応える。
敵の魔導機械兵たちは今度は全員が剣を抜いていた。どうやら総攻撃を仕掛けてアルビナスたちを皆殺しにするつもりのようだ。
「……どうする?」
「どうするもなにも」
「やるしかないわよね」
「ま、そうなるな」
絶体絶命の窮地にカークたちは剣を構え、ルーシアは糸をばらまいた。全力で敵を迎え撃つために。
「……せめて、分かったことを伝えるまでは、なのです」
アルビナスは今までのやり取りで敵の状況をある程度把握していた。自分がそれを連合軍に伝えることが今この場での最重要任務。
アルビナスは限られた魔力で特定の者だけが読める手紙を作成した。
「……ルーシア。これを、なのです」
「え?」
アルビナスはそれをルーシアに渡した。
「私たちが時間を稼ぐのです。樹上を跳べるあなたがこれを連合軍に渡すのです。シリウスだけが読めるようにしてあるのです」
魔力の少ない自分よりも余力があって機動力もあるルーシアの方が適任。
アルビナスはそう判断し、ルーシアに手紙を託した。
「ちょっ!」
「……」
「……」
ルーシアはそれを押し返そうとしたが、青い顔で呼吸を乱したアルビナスの顔を見て状況を察する。
全員が生き残るのは不可能。誰か一人でも手に入れた情報を本隊へ渡すべき。
「……わかったわよ」
「……頼んだのです」
アルビナスの覚悟を汲み取ったルーシアは手紙を懐に入れた。
「頼んだぞ」
「よろしく」
カークとクレアも全てを覚悟してルーシアに笑顔を送る。
「……必ず、シリウスに渡すわ。で、すぐに援軍を連れて戻ってくるから、それまで何をしてでも生き残ってなさい」
ルーシアはその言葉だけを残して、糸を使った大ジャンプで敵の包囲を抜けた。
逃げ出したルーシアを敵兵が追い掛けようとするが、
「させないのです」
アルビナスが魔法を撃ち込んでヘイトを自分に集めた。
「……じゃあ、やるか」
「……はい!」
「はぁ。せっかくなら、私がミサを助けたかったのです……ん?」
ため息をつくアルビナスの頭にカークとクレアが手をポンとのせる。
「悲観的なことは言うな」
「そうそう。助けが来るまで頑張る。それだけ」
「……はぁ。まったく。お似合いなのです」
「な、なにを言ってるんだ!」
「そ、そうだ! わ、私なんかがっ!」
「そ、そんなことも、な、ないが、な!」
「へっ!?」
「あーはいはい。そういうのはあとでいいのです」
アルビナスは真っ赤な顔の2人に呆れながら敵兵に魔法を放つ。
その魔法は弾かれたが、それを皮切りに敵兵たちがいっせいに襲い掛かってきた。
「……あとで、か」
「そうですね」
少しだけ前向きになったアルビナスにカークとクレアは笑みとともに剣を構えた。
「……頭を狙うのです。一番硬いけど、たぶんそこで指令を受けてるのです」
「了解」
「さっすが」
アルビナスの指示を受けて、3人は敵兵を迎え撃った。
「あちゃー。まさかバラキエルさんが直接行っちゃうとは~」
「あん?」
ツユちゃんとお話ししてたら、急に明後日の方向を見ながら独り言言い出したんだけど、あたしが作り出したツユちゃんイメージヤバくない?
「あー、なるほどー。そうなるわけですかー」
ツユちゃんは1人でうんうん頷きながらも、目は虚ろでどこか遠くを見ているみたいだった。
「ツユちゃん? どったの? バグった?」
あたしはいつもバグってるけどね、ってやかましいわ!
「あ、いえいえ。世の中うまいことできてるなぁーと。自分で感心しているところでしたー」
「……え、やっぱバグ?」
あたしの脳内バグ?
「……んー、あ、そっちはそっちで。あーなるほどー」
「……ねえ。なんなん? その自分だけ分かってます感やめてくんない?」
そういう推理ドラマとかあんま好きじゃなかったのよね。
分かってんならさっさと言いなよ! ってなっちゃって。
「ん? あ、すいませーん。なんならミサさんも見ますか?」
「……へい?」
あたしが首をかしげていると、ツユちゃんは何もない白い空間に手をかざした。
「おおうっ!?」
すると、そこの空間がジジッて歪んで、そこにテレビみたいな画面が現れたんだよ。
「えーと、森の続きも気になるけど、まずはお城の方から見てもらおうかなー」
「へ? ……あ!」
んで、その画面に映し出されたのは、
「クラリスたん!!」
我が愛しのクラリスたんでしたとさ。