204.がんばれ!アルちゃん!みんな!
「……! これって……」
「どうしたの? ケルちゃん」
まもなく森を抜けるクラリスたち。ケルベロスが森に起きた異変に気が付く。
「……アルビナスたちが戦闘に入りましたね」
「えっ!?」
スケイルも彼女たちの魔力の動きを感知する。ジョンとクラリスが驚いたように森を振り返る。
「……ホントだ。でも、敵の気配はやっぱり感知できないわ」
クラリスも森に感知魔法を広げてそれを感じ取るが、やはり帝国側の存在を感じ取れずにいた。
「……この匂い。森に紛れてて分かんなかったけど、人と鉄が混ざったみたいな匂いがする。あとは魔力と、なんだろ、リヴァイアサンのとこで王子が使ってた武器と同じような匂い」
土中から出てきたことでケルベロスが帝国の魔導機械兵の匂いを判別する。
「……」
スケイルはケルベロスの発言で帝国の所業を何となく把握する。
「どうしよう。助けに行った方がいいかな」
「……」
「……進むわよ」
「!」
アルビナスたちを助けに戻るべきか迷うジョンにスケイルは進むことを進言しようとしたが、先にそれを告げたのはクラリスだった。
「最悪、共倒れだけは避けないといけないわ。私たちはそれぞれにやるべき任務がある。
こちらがクレアたちを助けに戻ると思って、あちらに戦力を集中させて迎撃してるのかもしれないし、こっちには気付いてないのかもしれない。
もしも後者なら好都合。クレアたちが敵を引き付けてくれているうちに、私たちはお城に侵入するべきよ」
「……」
スケイルはクラリスの顔を見る。その覚悟を決めた目は、帝国のやったことに気付いているのかもしれないとスケイルは思った。
生きた人間を加工する。
それによって、おそらく大幅に強化された帝国兵。そんな敵の相手をアルビナスたちはしている。
クラリスはそれでもなお、前に進むと言ったのだ。
クラリスもやはり王族。戦地に赴くとなったときに、とうに覚悟はできていたのだ。
「そうですね。先に進みましょう」
スケイルはクラリスの覚悟を受けてそれに同意する。
「……」
クラリスは全てを察したであろうスケイルに一度頷くと、森に背を向けて歩き出す。
「……おっけ。分かった」
「もうあの匂いは覚えたから不意は突かれないよ。それでも用心して行こう」
そんな2人を見て、ケルベロスもジョンもクラリスに続いた。
「……」
クラリスは森で戦う4人の無事を祈りながらも、それでも振り返ることはしなかった。
「くっ!」
「硬いっ!」
カークとクレアが剣を振るう。
敵の剣撃をかいくぐり剣で体を薙ぐ。
しかし、それは鋼の体に弾かれてしまう。
4人を囲む100体にも及ぶ魔導機械兵たちは、しかし一斉に彼らに襲い掛かることはせず、数人単位で彼らに挑んでいた。他の兵たちはただ彼らの戦いをその場に立って見つめている。
「魔法も効かないわ!」
ルーシアが水魔法を放つが、兵たちの鋼の魔導体部分に魔法を弾かれていた。
それを見て、アルビナスは兵の生身の部分を狙って風魔法を放つ。
「……なるほど、なのです」
しかし、鋼の魔導体部分から薄手の障壁が発生しているようで、それでコーティングされた生身の部分もまた魔法を弾き返した。
「魔法はほぼ無効化。物理攻撃も外殻が硬くて通らない。
動きや攻撃手段は単調だが、見たところ体力もほぼ無尽蔵。
これは、相手にしてられないな」
各個で敵兵とやりあっていた4人は再び背中合わせに集まって見解を共有する。
「生身に見える部分も硬度は鉄の体の部分と同じ硬さですね」
クレアが剣の状態を確かめながら話す。
「なんか、動きが変よね。人間の形をしてるけど、やっぱり造られたものって感じね」
ルーシアが念糸魔法で向かってくる兵の動きを抑制する。
「……何かひとつでも効果的な攻撃があればいいけど、なのです」
それが人間であったことを唯一知るアルビナスはその厄介さを痛感していた。
人間であったということは魔力を扱えるということ。おそらく魔法を弾くコーティングも、どこかから下されている指令も、魔力を併用した何かで行われている。
単純なアンチマジックというだけではなく、そこに別の力を併用することで常時反魔法障壁を展開しているのだとアルビナスは結論づける。
「……こいつらって、生物なのかしら」
「……ルーシア。どういことなのです?」
ルーシアの糸で絡めとられても剣を振りながら前へと進もうとする帝国兵を見て、ルーシアが呟く。
「あなたは武器って言ったけど、やっぱりそうは思えない。画一的な動きではあるけど、個体ごとに少しずつ戦闘能力に差があるわ」
「それは俺も感じた。剣に慣れた者がほとんどだが、中にはそれを振るうのが初めてのように見える者もいる」
「たしかに……」
「……」
彼らがそのことに気付くのは時間の問題だった。
そうなったとき、訓練されているとはいえカークとクレアがここまで容赦なく剣を振るえるか分からない。
アルビナスは攻撃の通らない厄介な相手という以上に焦りを感じていた。
「……できれば、これは使いたくなかったのですが」
アルビナスの額がピクリと動く。
「……みんな、目を閉じるのです」
「!」
アルビナスの言葉で次の一手を悟った3人はぎゅっと目を閉じた。
そして、アルビナスの額から第三の目が現れる。
「……?」
「!?」
「……っ!!」
アルビナスの第三の目を見た帝国兵たちが次々に石になっていく。
盲目のアルビナスの額にある第三の目は石化の邪眼。その眼を見た者はとたんに石になってしまう。また、それとは別に光線状の見えない照射線を放つことで視界上のものを石化させることもできる。石化光線は石化させるものを選別できるが直接的に邪眼を見てしまうと味方であっても石化させてしまうため、アルビナスはルーシアたちに目をつぶらせたのだった。
「……くっ。石化の進みが遅いのです」
アルビナスは目が合わない者には石化光線を照射して石にしていたが、どちらの場合も帝国兵たちの石化の進行が普通の人間や他の自然物よりも明らかに遅かった。
アルビナスの石化は魔法よりも呪いに近い状態変化系の固有魔法のため、反魔法加工がなされた帝国兵たちにも効果があった。しかし、やはりそれによって石化の進行は遅らされているようだった。
「……はぁはぁ」
4人を取り囲む百体にも及ぶ帝国兵の三分の一ほどを石化させたところで、アルビナスが呼吸を乱し始めた。
ただでさえ石化の邪眼は魔力の消耗が激しい。それを光線も併用しながらこれだけの数を石化させ続けるのは負担が大きいようだ。
「ア、アルビナス。キツそうだけど大丈夫かい?」
目をつぶっているクレアがアルビナスの呼吸を聞いて声をかける。
「……だい、じょうぶ……なのです……」
アルビナスはそれに何とか応えたが、クレアたちにはとても大丈夫なようには感じられなかった。
「アルビナス。もういいわよ。あとは私たちもやるわ」
「……いえ、もう、少し……」
アルビナスには分かっていた。この戦いは観られていると。
帝国兵たちに指示を出している者が対策してくる前に、できるだけ兵を無力化したい。
アルビナスはそんな思いで石化を続け、魔力を使い続けていた。
「……もういい」
「!」
しかし、カークがアルビナスの第三の目の前に自分の手を差し出してきたので、アルビナスはそれを止めざるを得なかった。
ギリギリのところで邪眼の力を消したのでカークの手は石化してはいなかった。
「な、なにをっ! あぶないのです! ……あっ!」
「おっと」
アルビナスは第三の目を閉じてカークに抗議しようと振り返るが、足がもつれて転びそうになった。カークはアルビナスの腕をつかんでそれを助ける。
「フラフラじゃないか。そんな規格外の魔法。魔力の消費が尋常じゃないことぐらい分かる」
カークはアルビナスを優しく立たせると、剣を構え直してアルビナスの前に立った。
「俺たちの目的はここじゃない。今、おまえに倒れられるのは困るんだ」
「……」
それはカークの本心だった。
もともとは敵対していた三大魔獣の一角。
個人的にはそこまで仲間意識を持っているわけではなかった。
なんなら、今回の戦いで敵をできるだけ倒してから力尽きてくれても構わないとさえ考えていた。
「……」
カークはチラリとアルビナスを見やる。
だが、そこにいるのは恐ろしい三大魔獣などではなく、ミサを救うために、そして今は自分たちを助けるために身を粉にして力を振るう小さな少女だった。
そんな姿を見て、しかしやはり魔獣の長だという思いもあるカークはそんな言葉を口にすることでアルビナスを助ける口実とした。
「……なるほどなのです。そうですね」
カークのそんな思いを感じ取ったアルビナスは薄く笑い、地面に両ヒザをついて座った。
「私は少し休むのです。その間、彼らの相手を頼むのです」
「……ああ」
「任せてくれ!」
「やるわよ!」
休むアルビナスを囲むようにしてカークたちは構えた。
「……でもあいつら、よく待っててくれるわね」
その間、帝国兵たちは微動だにしなかった。
アルビナスに石化された兵をじっと観察したまま、その場から動かなかったのだ。
「……これって、今がチャンスなんじゃない?」
まったく動こうとしない帝国兵に今が攻撃のチャンスだとルーシアが手をかざす。
「なるほどな。ようやく正体が分かったぞ」
「!!」
しかし、上空から降ってきた声に遮られて4人は上を見上げた。
「……バラキエル、なのです」
「えっ!?」
「……まさか」
「……魔導天使、か」
そこには漆黒の翼をはためかせたバラキエルが浮かんでいたのだった。




