200.アザゼルさんのお話だね
「急な訪問、申し訳ないな。リヴァイスシー国王」
「いや、話はある程度聞いてるからな。久しぶりだな。アルベルト国王」
アルベルト国王はスノーフォレスト王国を出ると、その足で今度はリヴァイスシー王国に赴いた。
事前に訪問の旨は伝えていたが、リヴァイスシー王国に到着すると国王はすぐに出迎えてくれた。
「連合軍の件だろ? 俺の方も問題ないぞ。すでに民には徴兵令を出した。今はそんなに漁も忙しくないからな。それなりの人数を出せると思うぞ」
リヴァイスシー王国はいわゆる職業軍人がほとんどいない。城を守る兵士がわずかにいるだけだ。この国は戦いの際、一般市民を徴兵する。そのため、定期的に戦闘訓練が開催され、国民は順にそれに参加する義務を負う。
だがしかし、それでは他国に比べて兵の練度が落ちるのではないかと懸念されるが、リヴァイスシー王国には漁師が多い。そして海には魔獣が多く出る。つまり、戦える一般市民が多いのだ。それ以外の者も肉体労働に従事していることが多く。その気になれば国民全員が戦えるリヴァイスシー王国がむしろ最も脅威的とも言えるだろう。
「ありがたい……」
そんな国の協力を得られたことにアルベルト国王は安堵する。
此度の帝国への進軍に際して、国王が最も危惧したのは進軍中の他国からの襲撃だった。帝国以外の国とは協定を結んでいるとはいえ、チャンスと見れば他国がどのような行動に出るか分からない。国王は国を統べる者として、その可能性を唾棄するわけにはいかなかったのだ。
そのため、アルベルト国王は帝国以外の三国と一時的に特別協定を交わした。
それが連合軍の設立と、その間の不可侵の絶対である。
『攻められたくないならその戦力を集めてしまえばいい』
ゼンのその提言を受け、国王はすぐに動いた。
アルベルト王国、マウロ王国、スノーフォレスト王国、そしてリヴァイスシー王国。全四ヶ国からなる連合軍の設立。
期間は帝国との戦闘行動が終了するまで。
また、万が一にも帝国との戦闘中にどこかの国が他国に侵攻しようものなら、四ヶ国の残りの国がすべて敵に回るというもの。
どの国もそんなつもりはないだろうが、あらぬ欺瞞を生まないよう体裁は整えなければならない。それが国であり、それが王の仕事。
アルベルト国王は自らが他国に赴くことで他国に敬意を示した。スノーフォレスト王国の前にはマウロ王国にも足を運んでいた。
三国は王自らがやってきた誠意に応え、協定にサインした。
「まあ問題ないさ。どの国の王もそんな馬鹿なことをしようなんて考えるほど愚かな奴らじゃない」
リヴァイスシー国王は帝国を皮肉るようにそう語ったあと、ふと目線を下げる。
「……だが、俺らの協定で魔導天使は縛れないぞ。ウチのとこの奴の力が借りたいなら自分で何とかしてくれ」
「……分かっている」
リヴァイスシー国王に申し訳なさそうにそう言われ、アルベルト国王は俯いた。
国の要職につきながら、その裁定は基本的に個人の判断による。あくまで王の協力者であり、国の安寧の共同遂行者。それが魔導天使だった。
最も、彼らが国が定める罪を犯せば国は彼らを裁く。だがしかし、魔導天使にはそれを拒否することもできる。それだけの力を持った存在。
王と魔導天使とは信頼関係で成り立っていると言っても過言ではないだろう。
こと、今回の件に至っては魔導天使が絡んでいるとはいえ、スノーフォレスト王国とリヴァイスシー王国にとっては直接的に関係のない話でもある。
魔導天使にとって優先すべきは自国の安寧であり、そこをはみ出した案件に関しては各々の裁量に委ねられる。
「……アザゼル殿は、まだ?」
「……そうだな。サポートはしても、自らその力を使うことはしていない」
「……そうか」
実際、スノーフォレストのサマエルは王太子イノスの懇願によって折れた。
そして、リヴァイスシー王国のアザゼルは……。
「だが、彼の力は絶対に必要だ。彼が参戦するかどうかに、此度の作戦の成否がかかっていると言っても過言ではない」
「……説得するカードは用意してあるのか?」
「少しはな。あとは、彼らに任せるしかない」
「……ふむ。まあ、話の場は用意しよう」
「ありがたい」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
破壊の堕天使アザゼル。
彼はあらゆるものを『壊す』能力を持つ。
その対象は多岐に渡り、建物でも山でも海でも、時には魔法や、本気を出せば概念すら破壊できるのではないかと言われている。
そしてそれは当然、人でさえも……。
「アザゼル! この岩、邪魔だから壊してくれー!」
「おう!」
建国当時、国を作っていくにあたり、アザゼルはその能力を如何なく発揮した。
山を崩し、大地をならし、人が住みやすい土地を作っていった。
「アザゼル! 海洋魔獣だ! 頼む!」
「任せろ!」
当時、まだ人々に魔法が完全に浸透していなかったため、魔獣の討伐は魔導天使が行うことが多かった。
「むん!」
アザゼルはその破壊の能力で魔獣を倒し、人々を守って漁を続けた。
そして、ある日のこと。
「アザゼルー。私も漁に連れてってよー!」
「ダメダメ。漁は危険だからな。アマナも大人になってからだ」
「むー!」
少女はアザゼルに漁への同行を断られて頬を膨らませる。
リヴァイスシー王国は当時から男女関係なく漁に出ていたが、それは体が出来上がる成人(この国では16歳)を迎えてからだった。
「じゃあ、いってくる。たくさん魚獲ってくるからアマナも大人しく待ってろよ」
「むー」
その日も、少女はアザゼルに断られてむくれていた。
「おーい! アザゼル! これ載せるの手伝ってくれー!」
「おう!」
アザゼルは漁に使う道具を運ぶためにその場を離れる。
そして、普段は誰かが必ずそこにいる船が一瞬だけ無人となった。
「……」
一人ぽつんと残ったアマナの視線の先には空の木樽が置かれていた。
「アザゼル! 海洋魔獣が出た!」
「おう!」
その日もまた、漁の最中に現れた魔獣の討伐にアザゼルが出る。
「よっ、と」
アザゼルは手近な空樽をひょいと持ち上げる。アザゼルの破壊の力は直接手で触れないと効果を発揮しない。しかし、その力を伝えたものを放り、ぶつけることで、ぶつかったものにも破壊の効果をもたらすことが出来た。
アザゼルは海洋魔獣が出たら、手近なものをぶつけることで退治しているのだ。
樽は獲った魚を保存するために二重構造になっていた。木造の樽の中に防水布を貼り付けて水が漏れないようにしてあったのだ。
「ふんっ!」
アザゼルは今回も破壊の力の伝播を使って、破壊されていく樽を魔獣に投げつけた。
「きゃっ!」
「なっ!!」
しかし、投げた樽の中から少女の声が聞こえ、場が凍り付く。
やがて、破壊によって崩壊した樽の中から防水布が現れ、それが魔獣にぶつかる。
『ギギャアアァァァーーッ!!』
破壊の力がのった防水布は魔獣にもその力を伝播し、破壊されていく魔獣が断末魔の声をあげる。
「……え? き、きゃあーーーーっ!!」
「ア、アマナっ!!」
そしてすぐに、その破壊の力は防水布の中身にも伝播する。
「……ア、アザゼ……っ」
「そ、そんな……」
そして、魔獣の崩壊とともに樽の中に隠れていたアマナもまた、その存在を海に消した。
事の次第はすぐに王やアマナの両親に伝えられたが、彼らはアザゼルを責めなかった。
アザゼルのそれまでの功績や人柄を考えても事故なのは明らかだったからだ。
だが、アザゼルは自らを責めた。
「……俺が、俺がもっとしっかりアマナを止めていれば。船を無人にしなければ。投げる前に、樽の重さの変化に気が付いていれば……」
悔やめども悔やめども、次から次へと後悔が溢れてくる。
「……そもそも、俺にこんな力がなければ。全てを傷付け、破壊する。そんな力など、いらない……」
そうして自責の念に押し潰され、アザゼルは自らの固有魔法を二度と使うまいと誓った。
それだけが、アマナに対するせめてもの罪滅ぼしになると思ったから。
そう思わなければ、自分を保っていられなかったから。
アザゼルはかつてその力によって天から堕ちた。そして、再びその力によって大切な者を亡くした。
もう二度と同じ悲劇を繰り返さないように、アザゼルは自分を戒めたのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……」
時は再び現在。
アザゼルは一人、城の屋上から爽やかな風が吹く海を眺めていた。リヴァイスシー王国の王城の屋上は見張り台と灯台の役割を兼ねており、そこからは広大な海を見渡すことができた。
「物思いにでも耽っているのですか?」
「……ミカエルか」
そこに、ミカエルが現れて声をかける。
「おまえは、ホントどこにでも現れるよな」
「ちゃんと許可は取ってますよ」
ミカエルは苦笑いを見せるアザゼルの隣に立ち、同じように海を眺めた。
「……静かですね」
しばらく2人は黙って海を見ていた。
穏やかな海は全てを受け入れてくれそうなほどに雄大で、優しかった。
「……話は聞いてるよ。これでも、魔導天使だからな」
「……そうですか」
やがて、アザゼルがポツリと呟く。
ミカエルがちらりとその横顔を見ると、アザゼルはまっすぐに海を見つめていた。
「……」
「……」
その後、再び長い沈黙が2人の間に続いた。
そして、
「……悪い」
「分かりました」
「……いいのか?」
あっさりと引き下がったミカエルにアザゼルは驚いたように顔をあげる。
「……私も、話は聞いてますから」
「……そう、か」
アザゼルが自分の能力を使わなくなった経緯を魔導天使たちは知っていた。
「……大丈夫なのか?」
「まあ、なんとかなるでしょう」
心配そうな顔をするアザゼルにミカエルは肩をすくめた。
「……おまえ、変わったな」
以前のミカエルなら、無理矢理にでも自分に対して能力の行使をさせていたであろうなとアザゼルは感じていた。
「そうですか? まあ、彼女の影響かもしれませんね」
「……ふっ。なるほどな」
アザゼルはミカエルが言う彼女がどちらを指すのか一瞬悩んだが、おそらくミサの方であろうと結論付けた。
「……悪い、な」
「いえ。こちらこそ、無理を言って申し訳ありませんでした」
ミカエルはそれでは、とだけ告げて、転移魔法でその場を去った。
「……」
アザゼルは再び1人で広大な海を眺める。
『アザゼル!』
「……っ」
頭の中で、アマナの笑顔と最期の顔が重なる。
「……俺は、どうしたら……」
アザゼルは1人、風に吹かれながら拳を握りしめるのだった。




