198.熱い展開、あたしゃ好きだよ!今は寝てるけどね!
天に掲げた剣に雷が落ちる。
轟音と閃光に、その場にいた兵の視線がすべてシリウスへと注がれる。
「聞けっ!」
雷鳴を纏った剣を掲げながら、シリウスは兵たちに真っ直ぐ目を向けて声をあげた。
「今作戦の総指揮は我が兄上、ゼン・アルベルト! そして、現場における本大隊の総大将はこの俺、シリウス・アルベルトだ!」
シリウスはまず自分の立場を明確に示した。
王の実子、それも王太子と第二王子が頂点に立つことでこれは王命による出陣であり、自分たちこそが正軍であるということを兵たちに自覚させる意味もある。
同時に王太子である兄の名を自分よりも上だと示すことで、あくまで自分は現場における大将であり、にわかに囁かれるシリウス擁立派を抑制する意味合いもあった。
「……」
アルベルト王国軍の兵たちはそんなシリウスを静かに見つめる。
彼らが欲しい言葉はそんな建前ではなかった。
彼らが求めるのはシリウスの本音。
自分の命をかけても良いと思えるほどの言葉(覚悟)を彼が示せるのか否か。彼らの関心事はそれだけだった。
「……だが」
「……?」
シリウスはそこで、顔を伏せた。兵たちに不安が広がる。
「……俺は、兄上が嫌いだ」
「!」
「いや、違うな。怖い、が正しい」
「……」
「高慢で、人を見下したような眼をしていて、いつも偉そうで、そのくせ民には良い顔して、でも俺が少しでも反抗しようものなら武力と権力の両方で叩きつけられて……」
「……」
「……いつも、父上を独り占めしていて……」
そう語るシリウスはもの悲しそうな顔をしていた。
王太子としての立場を確立させるため。父が兄ばかり寵愛する意味は理解していた。理解はしていたが、母を亡くした幼い彼には、それはひどく酷なことに感じられた。
「……とにかく、裏では暴虐な顔を持つ兄上が王になるなど、おかしいとも思った」
「……!」
兵たちがその発言にざわつく。それは王位継承権を持つシリウスが口にしてはいけない言葉。王太子である兄に背いて自らが王に名乗りをあげようとしていると取られてもおかしくはない発言。場合によっては王太子派の者から攻撃を受けるかもしれない危うい発言だった。
「……だが、やはり王に相応しいのは兄上だ」
「……?」
先ほどから二転三転する発言に兵たちが迷い始める。
指針のぶれる上司ほどやりづらいものはない。
兵たちはシリウスに大将を任せていいものか、疑問に思い始めていた。
「……俺は、兄上はアルベルト王国を嫌いなんだと思っていた。だから、兄上が王になったなら俺は兄上がどんな国を造ろうが前線で国を守ろうと強くなった」
「……」
実際にシリウスの努力と、結果として王国一の剣士となったその姿を見ていた兵たちがその言葉に重みを感じる。
「……前に、一度だけ訓練を視察に来た兄上と話したことがある。
兄上は訓練に参加しないのか、と。
そうしたら兄上は、『おまえが参加しているのだから俺が参加する必要はない』と言ったのだ。
俺は、その時は兄上の言葉の意味が分からなかった……」
「……」
実際、ゼンは視察に来るだけで、兵たちはゼンがまともに訓練している姿を見たことがなかった。シリウス擁立派が現れたのも、現場を軽んじているようにも取れるゼンに不満を抱いたからなのだ。
「……そして、ここに来る少し前、兄上と再び話をした」
シリウスは城の執務室で王に代わって政務を行うゼンと面会していた。
「その時に、兄上はこう言っていた。
『今度は俺が国の内部を見といてやるから、おまえが外で暴れてこい』と。
そこで俺は気付いた。
兄上が王になったアルベルト王国には、常に俺の姿もあるのだ、と。
兄上は俺が現場を見ていてくれるから自分は他国の情勢に目を向けようと努めた。よく遠征に出ていたのはそのためだ。国を守るために手段を選ばないと言われるのも、俺が甘いからだ。兄上はいつも、俺がやらないような自らの手を血で染めるようなことも行ってきた。
俺が国を守るんだと自分の腕を磨くことに躍起になり国内しか見なかったから、兄上は他国を牽制する手段を選ばない王太子になったんだ。
……あのバカ兄は、始めから俺と二人三脚で国を治めていくつもりだったんだ」
そこまで言うと、シリウスは思わず溢れてしまいそうになるものを剣を握る手をぐっと強く握って堪えた。
王もまた、そんな兄の真意を理解していたからこそ、国の頂点が揺らぐことのないように兄を寵愛し、シリウスはあくまでサポート役なのだと周囲にアピールしたのだ。兄の、妹へのそれに何ら劣らない弟への信頼と情を弱さだと思われないように。
「……簡単な話だ。俺も兄上も父上も、この国が好きだ。大切だ。だから守りたい」
「……」
そう語るシリウスの眼に嘘などあるはずもないことは、その場にいた全員が理解していた。
魔獣の討伐でも自分が最前線に立って皆を守っている姿を兵たちは間近で見ていたから。
「そして、その大事な国の民が帝国に拐われた。……まあ、その、俺の、こ、婚約者が、な」
「そこで照れるなよ~!」
「う、うるさい! 不敬だぞ!」
野次を飛ばした男はシリウスが見慣れた兵だった。男は「こえ~」などと言って同僚と顔を見合わせて笑っていた。
真っ赤な顔で怒るシリウスに、いつの間にか周りにも笑顔が浮かんでいく。
「と、とにかく! 俺様はミサを助けたいし、おまえたちも死なせたくない! だから俺様がおまえたちを守ってやるから、おまえたちを俺様を守れ! そしてミサを助けろ!」
「偉そうだぞ~!」
「うるさいな! 偉いんだよ!」
シリウスの正直な言葉は兵たちに十分届いていた。ミサが来てからのシリウスと兵たちはいつもこんな調子だった。
兵たちはシリウスの急な変化に最初は戸惑ったが、シリウスも自分たちと同じなのだと理解することが出来たことで距離がぐっと近付いたのだ。
結局は皆、自分の大切な人を守りたい。ただそれだけなのだ。
守るために剣を振るう。命をかける。
一般兵も王族も同じ。
それを理解しあった彼らの間に、もはや不安はなかった。
「……ミサは、俺にとって、非常に大切な……大切だ。だから、おまえらの力を貸してくれ」
「……」
野次を飛ばす兵とやりあっていたシリウスだが、最後には真剣な顔つきでそう言うと、兵たちに頭を下げた。
場が一気に静まり、静寂が広がる。
掲げていた剣は、いつの間にか下を向いていた。
「……大将が頭も剣も下げてんじゃねーよ」
「……む?」
静寂を破ったのは、よく訓練でシリウスがこてんぱんにしている若い兵士だった。若いと言ってもシリウスよりは年上だが。
「あんたは前を向いて、偉そうに剣を帝国に突き付けて進めって言ってればいいんだよ。そしたら、あとは兄ちゃんたちがやってやるから」
「おまっ! さすがに無礼だぞっ!」
「やべっ!」
シリウスの隣にいる部隊長が怒ると、若い兵士はイタズラを見つかった子供のように頭を引っ込めた。
「……ふっ」
静かに笑ったシリウスは再び剣を掲げる。
空が光り、細く弱い雷が先ほどの若い兵士に落ちる。
「あだっ!」
軽く痺れた兵士が大げさに痛がる。
「俺様は大将だが、飾られた椅子でふんぞり返るつもりはない。
おまえが言うように、剣を帝国に突き付けてやるさ。一番前でな」
シリウスと若い兵士がニヤリと笑って剣を抜く。それに合わせるように、他の全員も剣を抜いて天に掲げた。
「ついてこれるものならついてこい! 俺様の背中を守らせてやる!」
そうして天に伸びた雷に合わせるように、兵たちの雄叫びがアルベルト王国に響いたのだった。
『……』
その後、兵たちにもみくちゃにされて怒るシリウスを見届けながら鷹が城へと戻ってくる。
「……ふむ。俺のフォローは必要なかったか」
ゼンはシリウスの演説がうまくいかなかった時は、鷹を通して自分が兵たちを言いくるめるつもりだった。
「……任せたぞ、シリウス」
そんな心配は無用だった結果に、ゼンはかすかに口角を上げる。
「……俺は俺で、やるべきことをやっておかなければ」
ゼンはそう呟くと鷹に新たな命令を与え、再び窓から飛び立たせた。
「……母上。俺は、俺たちは、この国を守るよ。どんなことをしても」
そう呟くゼンの瞳は金色に輝いていた。




