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194/252

194.なんか、メンツ最強じゃないかい?

「なんでっ!」


「どうしてミサから目を離したのよっ!!」


「……申し訳ないのです」


 ミサがバラキエルに拐われた翌日、学院のミカエルの研究室に一同が集結してミカエルから詳しい説明がなされると、ケルベロスとルーシアはアルビナスに食って掛かった。

 当のアルビナスは申し訳ないとただただ陳謝するばかりだった。


「あんたが! 久しぶりにミサを独占したいって言うからマウロ王国から戻ったあと私たちは一足先にクールベルト家に戻ったのよ!」


 ルーシアの怒りは収まらない。

 マウロ王国からミカエルの転移魔法でアルベルト王国の学院に戻ったあと、そこで待っていたアルビナスと合流し、ケルベロスとルーシアは先にクールベルト家の屋敷に戻っていたのだ。


「……」


 アルビナスにミサを独占したかったという思いがなかったわけではない。

 だが、アルベルト王国が帝国に軍を出さないということを説明するのにケルベロスたちがいない方が説明がスムーズに進むという意味合いの方が強かったのは事実だ。


「……それなのに。……それ、なのに……」


「……申し訳ないのです」


 ルーシアもミカエルから説明を聞いて分かってはいる。だが、それでも何かにぶつけていないとやり場のない怒りに呑まれてしまいそうだったのだ。


「……ミサ、そんな……」


「……クラリス殿下」


 ショックを受けて床に膝をつくクラリスをスケイルがサポートする。


「あんたが一緒にいながら、なんでこうなったんだよ!」


「ジョン! 落ち着け! 相手は殿下だぞ!」


「……」


 一方では、シリウスに掴みかかりそうな勢いのジョンをカークが必死に抑えていた。

 シリウスは下を向いたまま動こうとしなかった。


「……先生。今回は演習、とかではないんだよね?」


 比較的冷静でいるクレアがミカエルに念のために確認をとる。最も、ミカエルたちの様子からそうではないことは分かっているのだろうが。


「……はい。残念ながら、ミサさんは間違いなく帝国に連れ去られました」


「……ミサ」


「……うぅ」


 ミカエルに再度宣言され、ルーシアもジョンも力なく項垂れる。


『……そろそろ落ち着いたかな?』


「!」


「……ゼン王子」


 場が静かになった頃を見計らったかのように、研究室の窓を1羽の鳥がくちばしで叩いた。今回は昼間なのでフクロウではなく鷹のようだった。

 ミカエルが結界を解除しながら窓を開けると鷹は部屋に入ってきて部屋の中央にあるテーブルに着地した。

 鷹が入るとミカエルは窓を閉め、再び結界を展開した。これでこの部屋でのやり取りが外に漏れることはない。


『感傷に浸るのに付き合ってやるほど暇ではない。さっさと話を次に進めるぞ』


「……」


「……わかったわよ」


「……シリウス殿下。無礼な真似を致しました」


「……いや」


 淡々としたゼンの言葉に皆が冷静になっていく。戦闘訓練も受けている彼らは精神的な訓練も受けており、少し冷静にしてやれば感傷に浸るよりもまず自分は何をすべきかを考えられることをゼンは把握していた。


「お兄様。アルベルト王国は、ミサを助けるんですよね?」


 クラリスがすがるような目で兄に訴えかける。


『もちろんだ』


 ゼンはそれに即答したが、大事な妹の頼みでなくともそう答えていた。


『ミサ・フォン・クールベルトはシリウスの婚約者であり、それ以前にアルベルト王国の国民だ。国民に手を出されて黙っているほどアルベルト王国は平和ボケしていない』


「……」


 有無を言わせぬ言葉の圧力に皆が姿勢を正す。


『今回の件はすでにマウロ王国には通達済みだ。スノーフォレスト王国とアルベルト王国との国境付近を通すつもりだったマウロ王国軍は進路を変え、まっすぐアルベルト王国を横断するよう変更してもらった。

 その際、アルベルト王国軍もそこに合流し、一時的な連合軍を結成して帝国に向かう』


「……しかし、そんなあからさまに軍を動かしたら、あちらの手にあるミサたちが危険なのでは?」


 ゼンの説明を聞いたクレアが尋ねる。

 人質がいる状態での進軍は人質を危険に晒すのでは? と懸念しているようだ。


『それはあちらもこちらも承知の上だ。軍勢同士の激突は全面戦争を意味するからな。

 それはあくまで最後の一手であり、こちらにはその準備があると知らしめて帝国を牽制する意味もある』


 ゼンは当然、それを承知している。


『……現在、マウロ王国の影が帝国に侵入している』


「影?」


「隠密部隊の通称です。通常、どの国にも潜入に長けたスパイのような部隊が存在します。彼らのことを軍では影と呼称しているのです」


 首をかしげるジョンにミカエルが答える。


『影たちの第一目的はカイル王子とサリエル、及びミサ嬢の保護。それが叶わないようなら帝国内部の調査。詳細な地図の確保。3人の居場所を知ることができれば御の字、といったところだ。

 すでに俺の部隊の影たちも帝国に向かわせたが、帝国に入った途端に魔法的な繋がりが遮断された。つまり、何らかの手がかりを手に入れても帝国を出なければ我々はそれを知ることはできないということになる』


「……私たちは、何をすれば?」


 クラリスもジョンもルーシアも、すでにミサを救出することに意識を向けていた。

 まだ何とかなる。自分たちで何とかできる。

 ゼンはすぐに彼らを前に向かせることで冷静さを取り戻させたのだ。


『おまえたちにも帝国に入ってもらう』


「……それは、いささか危険なのでは?」


『……ふっ。命じなければ勝手に動いていただろう?』


「……」


 尋ねたスケイル含め、考えを見抜かれていた面々が複雑な表情を見せる。


『余計な動きを勝手にされてイレギュラーを増やされるのは立案上、困るし面倒だ。

 それならそんな奴らの意向ごと計画に組み込んでしまえばいい』


「……」


 そう断言するゼンにスケイルはある種の畏敬の念を覚えた。

 頼もしい、が恐ろしい。

 スケイルがゼンに抱く感情はそういった類いのものだった。


『まず、3つの班に分かれてもらう。

 クラリス、スケイル、ジョン、ケルベロス。おまえらはミサ嬢の保護が第一目的だ。

 次にカーク、クレア、ルーシア。アルビナス。おまえらは帝国内部の調査、特に詳細な地図の確保を第一目的とする』


「……」


 ミカエルはゼンが影たちの失敗を前提に彼らを動かそうとしていることに気付いていた。そして、一度失敗したことで警戒が強まっているはずのところに彼らを送り出そうとしていることに。

 だが、ミカエルはそれを止めなかった。

 軍にもそれなりに手練れはいるが、三大魔獣の正体を知っていて、彼らと連携を取りながら動ける者はいないからだ。

 今回の作戦では三大魔獣の協力は不可欠と言える。それほどに帝国の現在の戦力は未知数。

 かといって、なるべく三大魔獣の正体を広めたくはない。そうなると、結局のところ彼らに任せるのが適任なのだ。


『シリウスとミカエル。おまえらは本隊だ。総司令官は俺だが、現場での最高責任者はシリウスとなる』


「……はい」


 シリウスは神妙に頷く。

 おそらく世界初となる連合軍の指揮を取るという役目に、今さらながら事の重大さを感じているようだった。


「……ゼン王子。言っておきますが、私は帝国の結界には入れませんよ?」


 そんなシリウスの様子を横目に見ながらミカエルがゼンに尋ねる。


『ふん。奴ら、よっぽどおまえを国に入れたくないらしいな。影からの報告でも、おまえ専用の拒絶結界に力を注ぎすぎて自分たちが侵入するのは簡単そうだとあったからな』


「……ずいぶん嫌われたものです」


 ミカエルは皮肉めいて返したが、口惜しい思いを隠せてはいなかった。実際、ミカエルが戦場に投入されれば帝国軍を圧倒することなどワケないからであろう。


『……その件に関しては父上が動いてくださっている』


「……王が?」


『そこまで言えば、おまえも父上が何を考えているか分かるだろう?』


「……ふっ。あの人らしいと言えばらしいですね。到底、不可能と思えるようなことでもやってみせるのがアルベルト王国の国王ですからね」


 ゼンの言いたいことを察したミカエルは力が抜けたようにふっと笑った。


「分かりました。では、私はそのときまで本隊で後方待機しておきます」


『ああ』


 他の者たちは理解していないようだが、2人の間では問題が解決したようだった。


『では、各自細かい指示は班ごとに伝える。まずは急いで準備をしろ。準備が終わり次第、再びここに集合。ミカエルの転移で魔獣の森に跳び、そこから帝国に入ってもらう』


 ゼンの締めの言葉に全員が返事を返し、すぐに部屋を出ていった。


「……」


 そして、研究室にはミカエルと鷹だけが残った。


「……それで? あなたはどうするのですか?」


 ミカエルは残ったゼンにおもむろに話し掛ける。


『それも含めて父上に交渉中だ。アレはなかなかに頑固だからな。

 いささか不本意だが、おまえからも言ってもらえると助かるのだが……』


 国王でもある父親をアレ呼ばわりするゼンは嫌そうにミカエルに頼みごとをした。


「……本当に、他意はないですね?」


『当然だ。俺は国を、民を守れればそれでいい。そう、約束したからな……』


「……」


 即答したゼンの言葉に偽りはないとミカエルは判断した。


「……分かりました。私と、あの方たちにもお願いしましょう。さすがにそれだけ手を回されれば、頑固なアレも首を縦に振るしかないでしょう」


『……おまえも、大概だよな』


「お互い様でしょう?」


『……ふん』


 ニヤリと笑うミカエルを残して鷹は窓から飛び立っていった。






「……サリエルさんあたりが、バカなことを考えなければいいのですが……」


 1人、研究室に残ったミカエルの呟きはまるで帝国の様子を予言しているようだった。




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