191.朝礼の校長先生の話のおかげで立ったまま寝るという技術を身につけたんだ
「……う、うぅん」
ぅえっと?
あたしはなにしてたんだっけ?
あ、そうだそうだ。
たしか、あのバカ王子から逃げるために風になれ! って走って、んで学院の敷地から出たぐらいのとこで帝国の魔導天使だとかっていうバラ消えるマジックさんが現れて……。
「って、あたしまた捕まっとる!」
ようやく覚醒した頭が現実を思い出す。
てか、縛られてるし。
一応、それなりに豪華なベッドに寝かされてるけど手足は普通のロープと魔法のロープで縛られてる。ずいぶんな手の込み様だね。
部屋もかなり広くて豪華だから、拐われた身ではあるけどそれなりに丁重に扱われてるってことかね。
そうだ。
あのとき、帝国の魔導天使にあたしに効かないはずの精神系の魔法で眠らされたんだ。
「……しかもあれは、お兄ちゃん王子の固有魔法」
お兄ちゃん王子の金色の瞳を見ると催眠状態になるって先生が言ってた。
たぶん洗脳とかそういう感じなんだと思う。
てか、なんでそれを帝国の魔導天使が?
固有魔法ってのはその人だけの魔法だから、いくら魔導天使といえども他人の固有魔法は使えないって話だったけど。
てか、そっか。洗脳か。
「……んー、でも、あたしの意思は操られてる感じはしないねぇ」
もしくは自分が操られてるって自覚はないのかな? だとしたら相当怖いけど。
「操られてないから安心するといい。意識を奪って眠らせるのが精一杯だったから」
「!」
寝ているベッドの横から声が聞こえて顔を向ける。
そこにいたのは……、
「……えっと、バラ、バラ……バラバラ消えるあら不思議?」
「……バラキエルだ」
おーう。クールな訂正ありがとうございます。そんな場合じゃないのね。おーけーりょーかいかしこまり。
「バラキエルさんね。
んで? あたしのことを拐ってきてどうするつもりだい?」
あたしのことを見張ってたのか、目覚めるまで待ってたのか。
とにかく目的を知っておかないと身の振り方も決められないよね。
「……未来が視えた」
「はい?」
ぱーどん?
「おまえが、魔導天使と魔獣の長を率いて世界を暗黒に陥れる未来が」
ほわっと?
会話成立しない系かな?
それとも勝手に話し始めて最後にそれが目的だ、みたいに言うタイプ?
だとしたらちゃんと話全部聞いとかなきゃ。
あたしは校長先生の話とかけっこう寝ちゃうタイプなんだけど、頑張れあたし。
「……その未来に私と皇帝はいなかった。帝国以外のすべての魔導天使と魔獣の長、そして各国の王や民が手を取り合い、おまえを担ぎ上げ、おまえがこの世界を闇に堕とすのだ」
んー、あ、そっか。この人の固有魔法は未来予知みたいなことを言ってたね。
じゃー、その占いでそういう良くない未来が見えちゃったってわけか。
え? てかあたし、未来でなんかそんな魔王みたいなことすんの? でもなんでみんなはそれに喜んで手を貸してるわけ?
「あたしって、未来では魔王なのかい?」
「……かつて、この世界は一度闇に堕ちた」
わーい。無視だー。
「それまでの文明は滅び、自然も動物も、人も、何もかもが滅びた。
世界には闇の属性の魔力が溢れ、枯れた大地と闇の魔力だけが残った」
……アカン。あんま過去すぎる話されるとあたしってば眠くなるんよ。
こういうカコバナから語ってくタイプ苦手なんよね。まずは結論からって教わんなかったのかね。あ、それはあっちの世界の話か。
「……神はそんな滅びた世界を一度は見捨てた。だが、もう一度だけチャンスをやることにした」
「神様? この世界には神様的なのがいるのかい?」
初耳すぎるんだけど。てか、異世界あるあるな教会とか、そもそも宗教的なものさえないよね、この世界。
「神は天から5体の使いをこの世界に降ろした」
うん、ガン無視わーい。
「4体の堕天使にチャンスを与えたのだ。この闇の魔力で溢れた堕ちた世界を再興させることができたら、もう一度天へと昇る機会を与えると言って。
そして、お目付け役およびバランス調整役として1体の大天使もそれに同行した」
……うん。おら、もうだいぶおねむだ。
「天使たちはまずは滅んだ大地を蘇らせた。天地創造が得意なリヴァイアサンを喚び出して。
水を、緑を。動物を。
この世界に、再び闇以外の魔力が増えた。
しかし、天使たちは世界に溢れる膨大な闇の魔力の処分に困った。世界の均衡を保つには魔力のバランスが重要だが、闇の魔力は天使の領分ではないから。
そこで彼らは復活した大地にすでに発生していた人間を使うことを思い付いた。
光と闇の両方を持つ人間。
天使たちは人間に魔法を与えた。魔力を消費する力だ」
「……」
ふむ……ふむ。天使さんたち、お仕事、ご苦労様むにゃ……。
「しかし、膨大な量の闇の魔力は時に人の心を惑わす。心を暗きに堕とす可能性がある。
そうなれば、世界は再び滅びてしまうだろう。
ならばと、闇の属性の魔力を扱える者の数を絞った。万が一、闇の魔力を扱う者が再び世界を滅ぼそうとした時に魔法で対抗できるように。
そして、その強力な魔法で人々が争わないように、天使たちは闇の魔力を利用して魔獣を生み出した。堕天使たちにその力はなかったが、監査役の大天使が手を貸したのだ。
人々は魔獣という共通の脅威の存在によって、互いに牽制はしても大きな争いを起こすことはなかった。
そうして人間は魔法を手にし、やがてそこここで国を興した」
「……んが」
「天使たちは魔でもって人々を導く天の使いとして魔導天使を名乗り、王の側近や指南役や相談役として国の中枢に入り込み、人々に魔法を使わせた。世界の魔力のバランスを取るために。
……だが、なかなか闇の魔力を御せる者が現れなかった。たまに素質のある者がいても、その生涯のうちに消費できる闇の魔力はたかが知れていた」
「……むにゃ」
「天使たちは行き詰まった。闇の魔力を使う適性がある人間を自然発生で待つことにしたことを後悔もした。
それを見かねた大天使が神に助力を願った。そして神はこの世界に適性を持つ者が現れないなら違う世界から連れてくればいいと言って、位相の近い世界から役目を終えた適性を持つ魂を持ってきて、この世界の器に入れた。
最初は男と女をひとりずつ。
彼らは混乱していたが、すぐに世界のために動いた」
「……すーすー。むにゃ。腹減りなりー……」
「……しかし、彼らは選ばれなかった。彼らに落ち度があったわけではないのだろうが、とくに東の魔獣の長が選定を拒んだ。
その後、彼らは大天使の保護のもと、国を支える役職について、次を待った」
「……ケルちゃーん。それあたしのお肉ー。むにゃむにゃ」
「……そして、次は現れた。
肉体は年若い女。死んだばかりの肉体。大天使の国に送られてきた肉体に、その魂は定着した。前のふたりは若い魂だったが、今度はそれなりに経験を積んだ魂。
前のふたりが彼女を保護し、大天使のもとでその才を伸ばした。
それがおまえだ。
ミサ・フォン・クールベルト」
「はい! すいません! 起きてます!」
アカン! やっぱり寝てもーた!
「……おまえには、もとより膨大な闇の魔力が宿っていた。転生した時点でこの世界の大量の闇の魔力を吸い取ってくれたのだ」
……えーと、いまどんな感じだい?
あたしがこの世界に来たとこまで話が進んだのかな?
てか、あたしが転生してきたってことを知ってるんだね。もしかして魔導天使はみんな知ってた感じ?
だとしたらミカエル先生ってばすんごい演技派やん。
「おまえならば、この世界の膨大な闇の魔力を発散させ、世界に再びバランスをもたらすだろうと思われた。
そして実際、おまえはその魔力の発散に必要な魔導天使と魔獣の長の選定を受け、順当に選ばれていった。前のふたりが駄目だった東の魔獣の長にさえ認められて」
東のってフェリス様のこと?
そんな直近の情報ももう入手してるのかい?
「そして、残るはこの地だけとなった。
しかし、私はおまえがこの世界を闇に堕とすのを視た。視てしまった。
ならば、私はおまえを選ぶわけにはいかない」
うーむ。私魔王説ね。
バラキエルさんの未来予知ってのはやっぱり当たるのかね。
「ゆえに、私は王太子、いや今の皇帝を選ぶことにした」
「あ、そんな好きに選べるシステムなんだ」
「……しかし、彼は闇の属性ではなかった」
「お、おおう」
なーんか、話が通じてるようで通じてない感じだね。
「なので、私は彼を闇の属性に変えることにした」
「え? そんなことできんの?」
そんなら始めっからそうすりゃいいじゃん。
「てか、あたしが魔王になっちゃうんなら、別にその皇帝って人がなんかその闇の魔力をいっぱい使う人になってもあたしは構わないんだけど」
ようは闇の属性の魔力を減らせばいいんでしょ。
「皇帝を闇の属性に変える儀式には魔導天使と闇の属性を持つ者の命と魔力が必要だ」
「ほわっと?」
いのーちとまりょーく?
「おまえには皇帝が闇の属性になるために犠牲になってもらう」
「んならやだね! 絶対やだ! お断り!
そんなら魔王になんてならずにあたしがやったるわ!」
そんな予知だか予言だか知ったこっちゃないさね! そもそもあたしはこの世界好きだし、そんなことしないし!
てか、魔導天使って捕まってるサリエルさんでしょ!? あたしのせいで道連れとか無理無理!
「……おまえは、なるんだ。私の予知は、必ず当たる」
「知らん! そんな分かんない先のこと言われても知らんわ!」
「……」
あたしが鼻息荒く突き返すと、バラキエルさんは黙って立ち上がってあたしを縛ってるロープを魔法でほどいた。
「……おっ?」
しばらく拘束されてたのか、ちょっと手足に違和感がある。
でもほどいてくれたのは解放してくれたってことかね?
「……来い。皇帝が待っている」
「……はい?」
いや、いきなり切り替えられてもついていけんすよ。
なんだろ。この人はずっと台本に沿って喋ってるような感じがする。
「……ちなみに帝国が誇る料理の数々を用意してある」
「それを早く言わんかい! よっしゃ! すぐいこう!」
「……と、言えばすぐについてくるというのも視えた」
うん。それに関しちゃバッチリ当たっとるわ。
「格好は……これでいいだろう」
「え? うわーお!」
バラキエルさんがあたしを一瞥すると、学院の制服のままだったあたしの服が綺麗なドレスに代わった。赤を基調としたワンピースドレスだ。たしかに会食とかには良さそう。
「……こっちだ」
あたしはさっさと部屋を出て歩きだしたバラキエルさんに慌ててついてく。
皇帝か。
いったいどんな人なんだろ。
「……あのさ」
「……なんだ?」
ぜんぜん関係ないけどそういや……。
「ちなみに、スノーフォレスト王国の魔導天使さんのことはあたしほとんど知らないんだけど、たぶん認められてない気がするよ?」
名前は……忘れたね。
「……あいつは、いい。なんか、そういうやつだ」
「あー、たまにいるよね。そういう人。まあ、いいならいっか」




