185.ばいばいマウロ王国
「ふ~。やれやれ。ようやくキノコ村から脱出だね」
フィーナの暴走に飲み込まれる寸前でミカエル先生の転移魔法が発動。
あたしたちは無事に砂漠に戻ることができた。
「ミサ!」
「ミサだ!」
「あ! ルーちゃんケルちゃん!」
砂漠に転移したらすぐにケルちゃんたちを発見。ふたりがあたしの胸に飛び込んでくる。
「ミサぁー! 良かったぁー!」
「もう! 心配したんだから!」
「うんうん。ごめんよー。ふたりも無事で良かったよー」
心配してくれてたんだねー。
「ミサたちが砂漠の下に落ちてからアナスタシアにあらかじめ話は聞いてたけど、やっぱり心配は心配だったわよ」
「え? あ、そか。ルーちゃんはフェリス様と知り合いだったね」
フェリス様もふたりをここで待たせてるって言ってたし、あたしたちがキノコ村にいる間にふたりはフェリス様に会ってたんだね。
たしかに、そうでもしないとふたりなら力ずくで地面に穴空けてあたしたちのことを探しに来てくれちゃいそうだもんね。
「さて、ではそろそろ城に転移しましょう。
その前に、ミサさん。グラストさんを起こしてもらえますか? そろそろ記憶の方も落ち着いたと思うので」
「あ、はいはい」
ケルちゃんたちとの感動の再会がひと段落すると、ミカエル先生が次の転移魔法の準備をしながらグラストさんを起こすように言ってきた。
ミカエル先生による記憶の改編をしたあとは少しクールダウンの時間が必要みたいで、どうやらそれが終わったみたい。
「おーい。グラストさーん。朝ですよー。起きてー」
全身鎧を着たグラストさんの体を叩いても気付かなそうだったから、あたしはほっぺをぺちぺちと叩いた。少し伸びたおひげがチクチクする。
「おーい。さっさと起きんかーい」
いや、ぜんぜん起きねっすよ、このおっさん。
「おーい! もっしもーし!」
ぺちぺちがだんだんべしべしになる。
「……う、ううーん」
「あ、起きたかね?」
そろそろグーにしようかと思ってた頃、ようやくグラストさんは薄く目を開けた。
「……んー、かかあ? まだ眠いよぉ。一緒に寝よー」
グラストさんは寝ぼけながらあたしの首に手を回そうとしてきた。
「永遠に眠れぃ!」
「ぐおっほぅっ!!」
それがさすがにキモすぎたから、思いきり鼻っ面に拳をめり込ませてやった。後悔はしていない。
「……ぐ、うう……あ、ミ、ミサ、さん?」
「おはようございます、グラストさん」
鼻血を垂らしながらようやくちゃんと起きたグラストさんに満面の笑みで応える。次やったらマジで永遠の眠りだからね♪
「も、もーしわけありません!!」
その後、覚醒したグラストさんによる土下座タイムが開始。
「まー、寝ぼけてたんだし、しょーがないよ」
だからそのナイフをしまおうか、フィーナさん。グラストさんが怯えまくってるよ。
「……ところで、グラストさんは気絶するまでのことは覚えてるかい?」
一応、記憶の確認はしとかないとね。
ミカエル先生がどんな風に辻褄を合わせたのかも気になるしね。
「え、と、なんとなくは……。
たしか、あの地下の空間をさまよっているうちに私があやまって崖から転落してしまい、ミサさんがミカエル様から預かっていた切り札? でミカエル様を喚んで私を助けてくださって。
私はそこで気を失ってしまったのですが、結局、そのあとどうなったのでしょう。
……というか、なぜここにフェリス様が?」
あ、そういう感じになったのね。
そういや、人ってあまりに突発的に緊迫した状況に陥ると、あとでその記憶を自分じゃない誰かが体験したことにしたりもするらしいね。
今回はそれを逆に利用して、グラストさんがそのときの記憶に違和感を覚えても大丈夫なようにしたのかね。
「……そのあと、崖の下にいた長に無事に会えて、カイル殿下の行方を視てもらうことに成功しました。
で、そこから帰るときにフェリス夫人がミサさんの従者に保護されているとのことだったので城に転移する前にここで拾うことにしたのです」
「なるほど。そうでしたか。いや、お役に立てないどころか足を引っ張ってしまって申し訳ない」
「いえいえ」
爽やかな笑顔でさらっと嘘をつく悪魔がここに。
そういうことにするためにここでグラストさんを起こしたわけだね。
まあでも、グラストさんも信じたみたいだからいっか。
「というか! カイル殿下の居場所が分かったのですね!」
「ええ。ですから、まずは城に転移してマウロ国王に取り急ぎ報告をします」
話題がカイルの方に。どうやら無事にグラストさんの記憶は落ち着くところに落ち着いたみたい。
様子を見てたフェリス様もひと安心ってとこだね。
「そうでしたか! では急ぎましょう!」
「ええ。では、さっそく跳びます」
ミカエル先生は言い終わるなり足元に大きな魔方陣を展開する。
あたしたちがそれの上に集まると、すぐに魔法が発動してあたしたちは砂漠から転移したんだ。
「……そうか。
カイルはやはり帝国に……」
お城に転移するとすぐに謁見の間に案内された。
ミカエル先生が事の経緯を王様に報告すると、王様はすぐに帝国の地図を用意させた。
詳細は分からないけど、大まかにお城の内情を記したものがあるらしい。ミカエル先生も同じような内容のものを持ってたみたいでそれと照らし合わせをしてる。
なんでも、神出鬼没のスパイメイドが置いていったらしい。
「……だが、無事に長に会えて固有魔法で調べてもらえて良かった」
「!」
王様がチラリとフェリス様の方を見た。
もしかして、王様はフェリス様の正体を知ってた?
どこまで知ってたか分かんないけど、いろんな事情を加味した上でこんな回りくどい感じにしたのかね?
「……だが、地下か。
この地図にも多少は記載があるが、実際はこれよりも広大なのだろうな」
「ええ。そうでしょうね。
より詳細な地図があればアナスタシアもカイル殿下が捕らえられている牢までの道をつかめると言っていました」
「なるほど」
たぶん、フェリス様の固有魔法は個人の居場所をピンポイントで調べるのと、その人に至るまでの道のりを見通すのの2種類があるんだろうね。
住所検索で衛生カメラから一気にスポットライトを当てるのと、自分のところからドローンを飛ばして視ていくのって感じかな。
前者のはいろいろすっ飛ばして視えるけど対象者のいるとこしか視えなくて、後者のは道筋とかが分かんないとドローンを飛ばせないってとこかね。
ウチとこのお兄ちゃん王子のはドローンの方のみの能力なのかな。
「ふむ。まずは急ぎ、密偵を送ろう。同時に先遣隊も出発させ、それを追うように本隊を動かす。
ミカエル殿。そなたはまずアルベルト国王に報告を。マウロ軍がアルベルト王国を横断する許可をいただきたい」
報告を聞くなり王様はそう命じた。
すぐに動けるように、たぶん始めから用意万端だったんだろうね?。
「……」
「……ミカエル殿?」
王様の言葉に返事を返さない先生に王様が不思議そうな顔をする。
先生は何かを考えたあと、ようやく口を開いた。
「……アルベルト王国とスノーフォレスト王国の国境の役割を果たしている山があります。その麓のアルベルト王国側は谷もあり人目につきにくい。
大きな部隊が秘密裏にそこに通過しても誰も気付かないかもしれません」
「!」
そう呟く先生に、王様も何かを察したみたい。
「……そうか。それで構わない。恩に着る」
「……いえ」
王様は少し残念そうな顔をしたけど、先生に対してお礼を言って頭を下げた。
どうやらアルベルト王国としては、マウロ軍に国内を公然と進ませるわけにはいかないみたい。
帝国との外交関係上の問題なんだと思う。
帝国もアルベルト王国が手を貸してることは百も承知なんだろうけど、体裁は保たないといけないんだろうね。
アルベルト王国としては、やっぱりマウロ王国に手を貸していませんよっていうスタンスでいるつもりみたいだ。
「……ああ。そうだ」
「ん?」
なんとなく気まずい雰囲気が流れてると、ミカエル先生がわざとらしく何かを思い出したような仕草を見せた。
「近頃、魔獣の森の魔獣たちが騒がしくてですね。アルベルト王国も森の西側に軍を派遣して魔獣の対処をしているのですよ」
「……そうか。最近はアルベルト王国の魔獣はおとなしくなったと思っていたが、やはり大変なようだな」
王様は探るように返事を返す。
「そうなんですよ。
ああ。あと、我々はこのあとすぐにアルベルト王国に転移しますが、その際にあやまって赤の他人を魔獣の森に跳ばしてしまわないように気を付けないといけませんな」
「!」
ミカエル先生が少し申し訳なさそうな笑みを見せる。
「……そうか。それは気を付けないといけないな。
おい」
その表情を見た王様は近くにいた家来に耳打ちする。王様からの命を受けた家来がどこかに走っていった。
「……できればアルベルト王国にも手伝ってもらいたかったが、侵攻を受けているわけではない以上、条約に則って貴国が我が国に手を貸す義理はないからな。仕方あるまい」
「……申し訳ありません」
家来が走る姿を見送りながら王様が残念そうな顔をすると、先生もぺこりと頭を下げた。
「……陛下。おまたせしました」
「おわっ! ビクッたぁ!」
先生が頭を上げるとすぐに王様の近くに黒装束の人が4人ほど現れて跪いた。
え? 家来さんいま出てったばっかだよね?
この人たちが密偵さん?
忍者じゃん。シュシュっと参上じゃん!
「ミカエル殿。急がれるのならばここで転移して構わない。そなたらが転移したあと、こちらもこの密偵たちを向かわせよう」
「……わかりました」
あ、そゆこと。
先生が自分たちの転移ついでに、どさくさで密偵さんたちを帝国との国境代わりの魔獣の森まで転移させちゃうよってことね。
直接的に手を貸せない代わりにそれぐらいはするよってことか。帝国との国境に部隊を配置してることも伝わったみたいだし。
王様はこれで気兼ねなくカイルを助ける部隊を出せるってわけだね。
「では、準備をしましょう」
ミカエル先生はそう言うと、自分の周りと密偵さんたちの周りに魔方陣を出現させた。
自分たちの転移に紛れ込ませることで帝国側を誤魔化すつもりなんだろうね。
「……ミサ様」
「ん? あ、フェリス様」
そろそろ転移するよってときに、様子を見守ってたフェリス様が声をかけてきた。
「……手を、貸してくださいませ」
「ん? ほい」
フェリス様に言われて右手を前に出すと、フェリス様はあたしの手のひらに自分の手のひらを重ねた。
「……ん?」
すると、フェリス様から魔力が流れてくるのが分かった。
「……これって、契約?」
リヴァイさんやタマちゃんともしたからすぐに分かった。これは魔獣との契約だ。
「……いいのかい?」
あたしが尋ねると、フェリス様はこくりと静かに頷いた。
「これで、何かあればすぐに念話や召喚が可能になります。今の私では長距離の旅はできません。私の力が必要なときは、どうか私を喚んでくださいませ」
「……!」
フェリス様はそう言い終わると、あたしの手をぎゅっと握った。
「……どうか。どうかカイルを……」
「……」
祈るようなフェリス様の手を、あたしもしっかりと握り返す。
「……大丈夫。カイルのことは絶対あたしが助けるから。だからフェリス様は自分の体を大切にして、信じて待ってて。
帝国の詳しい地図ってのを密偵さんが見つけられたら、あたし経由でフェリス様に送るしさ」
「……ありがとう、ございます」
目を見ながらしっかりと頷くと、フェリス様も瞳を潤ませながら頷いた。
「……では、いきますよ」
その様子を見守っていた先生が声をかけると、フェリス様は王様の横まで下がった。
グラストさんがこっちに敬礼してるけど、それは軽く無視しておく。
「……頼んだぞ」
王様のその言葉を最後に、あたしたちはマウロ王国から転移したのだった。




