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181.勝手に飛んじゃってごめんよ

「お嬢様っ!!」


 フィーナは自ら崖から身を投げたミサのあとを慌てて追う。

 フィーナはミサから下された命令をいとも簡単に反古にしてみせた。


 主からの厳命など構うものかと。

 何よりも主の、ミサの命を守ることが自分にとっての命題だと心に誓っていた。

 一度、堕ちるところまで堕ちた自分を救い上げてくれたクールベルト家。

 その恩に報いるために。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 貧民街で生まれたフィーナは幼い頃から、いわゆる悪事を行って生きてきた。

 そうしなければ生きていけなかった。

 物心ついた頃から親などという存在はいなかったから。


 初めて人を殺したのは8歳のとき。

 その日の稼ぎを奪われ、ついでにフィーナのことを犯そうとしてきた男に抵抗しているうちに、気付いたら男の首に腰に差していたナイフが刺さっていた。

 そうして、男が持っていたものはフィーナのものになった。


 それから、フィーナは暗殺稼業で生計を立てた。

 皆、子供だからと油断してくれたおかげで、仕事はじつに容易かった。


 それから10年ほどがたち、腕利きの暗殺者として重宝されるようになったフィーナに舞い込んできたのは、王の右腕として働くクールベルト家の暗殺だった。

 クールベルトの活躍を快く思わない他の貴族か、あるいはアルベルト王国の勢いを削ごうとする他国の者なのか、依頼主については深くは知らなかった。

 報酬をきちんと支払えば仕事は確実に行う。その際の依頼人の背景には頓着しない。

 フィーナが全額先払いでありながら依頼が途絶えなかったのはそれゆえでもあったのだ。



 しかし、結果は失敗。


 クールベルト家は想定よりも強く、フィーナは易々と敗れ、捕まった。

 死を覚悟したフィーナにミサの父であるクールベルト家当主はこう言い放った。


『今日から、君はクールベルト家付きのメイドだ』


 フィーナがその言葉を聞いて呆気にとられていると、本当に拘束を解かれ、メイド服に着替えさせられた。

 途中で抵抗を試みたがあっさりとねじ伏せられ、メイドとしてのノウハウを叩き込まれた。

 そして、気が付いたときにはクールベルト家はフィーナにとって守るべき大切な主となっていた。


 フィーナがあとから聞いた話では、クールベルト家への暗殺依頼はフェイクで、フィーナの生い立ちをゼン第一王子から聞いたクールベルトがひと芝居打ってみせたらしい。

 ゼンは渋ったが、巷を賑わせていたフィーナをクールベルト家が封殺してくれるならということで実行され、結果、家に従順なメイドにするという、まさにクールベルトの狙いどおりの結果となったのだそうだ。


 その話の最後にクールベルトは、


『いやー、だって食べるために人を殺さないといけないなんて可哀想じゃないか。ご飯が食べられればそんなことをしないと言うならウチで働かせようと思ったんだ。暗殺者なら良い仕事しそうだろう?』


 と笑っていた。

 フィーナはそれで完全にこの人には敵わないと理解し、真っ直ぐな慈悲をくれたこの人守ろうと誓ったのだ。


 そして、血は繋がっていなくとも、そんな彼の娘であり、クールベルト家の人間であるミサ。

 そんな、どこか彼に似たところのあるミサを守ることに、フィーナはいささかの抵抗もなかった。


 たとえ、自分の命を投げ出すことになったとしても。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「……くっ!」


 ミサに遅れること数瞬。

 フィーナは躊躇うことなく崖から身を投げた。

 先ほどのように腕を伸ばしても掴める距離にはいない。

 それならば、せめて彼女の体を包んで少しでもダメージを抑えなければ。

 フィーナはそう考えて両手足を体につけ、まっすぐに真下を向いて落下した。最速で落ちればミサに追い付けるかもしれないと考えて。


「……く、そ」


 しかし、ミサと地面との距離は近かった。

 どんなに頑張って落ちようとしても自分の手は彼女に届きそうになかった。

 しかも、ミサは頭から落ちようとしていた。

 あれではこの高さの崖でも助からない。


「……お嬢様」


 フィーナは小さくそう呟くと、静かに両手を後ろで組んだ。

 主を守れないのなら、せめて共に逝こうと。

 いみじくも主よりも先に、主を守って逝くことができないのならば、せめて主と同じ場所で、主の死に際を見てから逝こう。


 フィーナはそう考えて、真っ直ぐに頭を下にしながらも、顔だけは地面を、ミサを見続けた。


「……せめて、すぐに後を……」


 フィーナがそう呟き、ミサが地面に激突しようとした瞬間、ミサからとてつもない光が放たれた。


「なっ! くっ……!」


 そのあまりにまぶしい光にフィーナは思わず目をつぶった。















「……なっ!」


「お嬢様っ!」


「ちょっ!」


 ミサが自ら崖から身を投げ、フィーナがすぐにそのあとを追った。

 その光景を、フェリスは驚きの表情で見ていた。

 人のために自らの命さえ厭わない。

 そんなことをするのは、カイルだけだと思っていたから。


「!」


 そして、驚きもつかの間、崖下から強烈な光が上がってきた。


「……くっ!」


 フェリスはその膨大な魔力を即座に取り込み本来の魔獣の姿に戻ると、凄まじい速度で飛翔したのだった。















「……う、あ、れ?

 あたし、生きてる?」


 ぎゅっと目をつぶったあと全身にかなりの衝撃を感じたけど、あんまり痛いとかはなかった。

 その代わり、ずいぶん柔らかい何かの上にポフッて落ちたみたいだった。


「……お、お嬢様?」


「あ、フィーナ」


 目を開けると、隣ではフィーナが目をパチクリさせながらこっちを見てた。

 たぶん、あたしもおんなじ顔をしてたと思う。


『まったく。お二人とも何も躊躇うことなく飛び降りるんですから』


「え?」


 そんなあたしたちの下から声が聞こえた。

 この声はさっきの。


「え? フェリス様?」


『そうです』


「と、鳥さんなのかい?」


『まあ、そんなところです』


 あたしたちはどうやら鳥さんの姿になったフェリス様の背中にいるらしい。

 このフワフワもふもふな地面は鳥フェリス様の羽毛なわけね。

 パッと見では空を飛んでるって分からないぐらいにフェリス様の体は大きい。それに、あたしたちのためにあんまり揺れないように飛んでくれてるのが分かる。


「ふ、不死鳥アナスタシア……」


「フィーナ。知ってるのかい?」


『……本当に、博識な方なのですね』


 どうやらフィーナにもフェリス様の声が聞こえてるみたい。フェリス様がそうしようと思えばフィーナにも念話を飛ばせるみたいだからね。


「……戦場に現れるという伝説の鳥。その鳥の加護を受けた者は戦いに必ず勝利するという。そして、それはいつからか目撃しただけで幸運が舞い込むと言われようになっていったそうです」


 フェリス様ってば、そんななんか眉唾っぽい噂話の正体だったってわけかい?


『……べつに、私はただ空を飛んでいただけです。そんな私の姿を、あなた方が勝手に都合の良いように解釈しただけでしょう』


 あー、そういうもんよね。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、みたいな?


『……とはいえ、空から地上を覗くそんな私に届くのは、やはり人間同士で殺し合う醜く汚い愚かな所業だけでした』


 フェリス様は苦しそうにそう語った。

 きっと、本心ではそう思いたくないのに人間の嫌なとこばかりを見てきたんだろうね。


『そして、それは魔獣をも巻き込みつつあった。私はすでにその地の魔獣の長だったので、これ以上の土地と魔獣への被害をなくすために、少しでも良識があって力ある者を王に据え、その地を平定することにしたのです』


 それが、マウロ王国の最初の王様なんだね。


『……ですが、そこまででもう十分すぎるほどに人間の嫌な部分、その本質を見てきた私はそれ以上人間と関わるのをやめ、長としての選定の役割も行わず、山にこもりました。

 いま思うと、あなたの前に来た候補者には悪いことをしました。取り合うこともしませんでしたから』


 ん? 前の候補者?


『……そして、ずいぶん長いこと人と関わることなく山に身を潜めていた私のもとに、カイルが現れたのです』


 おお。現れたね。

 人間不信なフェリス様をたらしのカイルがどうやって懐柔したのか気になるよね。


『……彼は、小さな血だらけの女性を背負っていました』


「え?」


『女性と言ってもカイルと同じぐらいの年でしたが、それよりも、カイルはその女性よりも明らかに大ケガをしていました。

 ですが、気を失った女性をカイルは懸命に背負い、命からがら私のもとまでたどり着いたのです。見ず知らずの、たまたま出会った女性とのことでしたが』


 さすがはカイル。

 腐っても王子だね。

 たらしでも女は大切にする主義、みたいなこと言ってたもんね。


『そして、彼は私に願ったのです。

「俺のことはいいから、彼女だけでも助けてやってくれ」と』


「おおー」


 なんだい。ずいぶん男前じゃないかい。


『だから私はこう言いました。

「おまえの命を差し出せば代わりにその女を助けよう」と』


 あー、まあ定番っちゃ定番だよね。


『そうしたら彼は、

「そんなもので済むなら是非もなく!」とだけ答えたんです』


「……うーむ。なかなか良い男だね」


『……本当に』


 そう言うフェリス様の声は、なんだかとても優しくて、愛しいモノに対する呟きのように聞こえた。


『けれど、そのときの私は人間というものを信用していなかったので、彼に意地悪を言いました。

「あなたの命を差し出せば彼女の命を助けましょう。その代わり彼女は記憶をなくし、姿も変えて、どこか別の地に降り立つことになるでしょう」と』


「ひどい!」


 命をかけて救ったのに、その女の人はそのことさえも覚えてないなんて!


『……そうですね。彼も、ずいぶん悩んでいました』


 そりゃそーよ。


『彼は、命には変えられないが、彼女には申し訳ないことをする、と悩んでいたのです』


「え? そういうことでしょ?」


『!』


「え? なんか違った?」


「お嬢様。彼女は、普通人間なら頑張って命を助けたのにそれじゃあ自分が報われないじゃないかって悩むものだと言いたいんですよ」


「……あ、そなの?」


「……アナスタシア。この人も、たいがいそういう人なので」


『……ふふ。そうみたいですね』


「……なんでそこで分かりあってるのよ」


 なんか心外なんですが?


『……まあ、結局命には変えられないってことで、カイルはそれを承諾しました』


「あれ? でもカイルは生きてるよね?」


『ええ。それは彼を試すつもりで聞いただけなので。自分の命も省みずに女性を助けようとした気持ちに嘘はないようだったので、私はカイルと女性を助けました。

 私は女性とカイルを治したあと、女性に関しては約束通りに姿形を変えて別の地に送りました。まあ、知り合いに託したので無事でしょうが。

 で、カイルに関してはそのまま国に戻るように告げて、再び姿を消そうとしたのです』


 あ、じゃあ、結局その女の人はどっか行っちゃったのか。


『ですが、カイルを私を呼び止めました』


「ほうほう。なんて?」


『……ふふ。

「俺と結婚しないか?」って』


「お、おおう」


 さすがはたらしだね。




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