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180/252

180.そっちがその気なら、こっちだってやってやるよ!

「……よく、わかりましたね」


「フェ、フェリス様っ!? なぜこのようなところに! まさか、ついてきていたのですかっ!? いや、尾行には気をつけていたし、そんなはずはっ!」


 あたしが名前を呼ぶとフェリス様は姿を現した。

 少しだけ膨らんだように見えるお腹を大事そうに抱えながら崖の先、何もない空中に浮かんでた。

 グラストさんは突然現れたフェリス様にすごい驚いてる。

 どうやら、一応ついてきてないか砂漠から後ろを注意してたらしい。

 まあ、魔獣の長であるフェリス様なら騎士団の団長であるグラストさんの注意網をかい潜ることぐらいワケないんだろうけど。

 それよりも、どうやらフェリス様の正体はグラストさんも知らないみたいだ。

 空に浮いてるフェリス様を見ても、まだそれを信じられずにいるみたい。


「……」


「かっ……!」


 フェリス様がグラストさんに軽く視線を向けると、グラストさんは体をビクンと揺らして倒れた。

 どうやら気を失ったみたいだ。

 魔法を使ったからなのか、フェリス様は褐色の肌や黒髪はそのままだったけど、瞳の色は薄紫になってた。


「……国の人間には、私のことを知られるわけにはいきませんので」


「……それは、彼を処分するということでしょうか?」


「えっ!?」


 静かに呟くフェリス様に対し、フィーナはいつの間にか私の前に出てナイフを構えていた。

 ひと睨みで人間を気絶させられるレベルの能力。フィーナが脅威に感じても仕方ないね。

 それよりも、


「処分って、グラストさんのことを殺すってこと?」


「正体を知られたくないのならばそうするでしょう。少なくとも彼女が人間ならざる技を使っているところは見ているわけですから」


「そ、そんな……」


 フェリス様はそんなことをするような人には見えなかったけど、少なくとも今あたしたちの前でこちらを見下ろすその冷たい瞳は、簡単にそんなことをしてしまいそうな怖さがある。


「……そして、他国の人間である私たちもまた、彼女のその姿を見たからには……」


「え?」


 あ、そうか。

 フィーナはあたしが崖から落とされるときに滑り込んできたから、それまでのあたしとフェリス様の会話は知らないのか。そもそも念話だったからあたし以外には届いてないんだろうし。

 それにフェリス様はたぶん、あたしたちのことは殺すつもりはないんだと思う。

 崖から落とされそうにはなったけど、実際下を見るとそんなに高さはない。

 たぶん、変に打ち所が悪くなければ死にはしないんだろうね。

 あたしには魔力もあるし、たぶん普通の人よりそういうときの防御力? はあるんだろうし。

 だとしたら、フェリス様はどうしてこんなことを……。


「……フィーナ。フェリス様はたぶん、あたしたちを殺すつもりはないっぽい。

 でも、あたしをケガさせる気はあるみたい。

 それって、どんな理由が考えられる?」


「!」


 あたしがフィーナの背中に尋ねると、フィーナフェリス様を警戒しながら考えるように少しだけ俯いた。


「……そうですね。

 ダメージを与えることが目的なのか。確実に止めをさそうとしているのか」


 え、それは怖いよ。


「……あとはお嬢様がここでケガをするという事実が欲しいか、あるいは足止めして時間を稼ぎたいか」


 ふむふむ。

 アルベルト王国の人間がマウロ王国でケガをすることで旨味を得る人がいる?

 時間稼ぎは、なんだろ。


「……もしくは」


 フィーナはフェリス様のお腹に視線を移した。


「お嬢様の強力な魔力を利用するために、生命の危機を感じるレベルの窮地に追い込むことで魔力の放出を狙ったか」


「!」


「……どゆこと?」


 あたしにはよく分かんないけど、フェリス様が反応した。

 ってことは、それが目的なのかね?


「……聞いたことがあります。

 魔獣は子を身籠ると、自身の魔力の大半を子供に供給すると。それは本能的なもので自身でコントロールできるようなものではないそうです。

 そして、彼女は常に人化の術を使用し続けています。ただでさえ妊娠で魔力が失われているのにそんなことをすれば、彼女のなかにはほとんど魔力が残らないでしょう。

 ……それこそ、東の魔獣の長の固有魔法など使えるはずもないほどに」


「……恐ろしいほどに優秀なメイドをお持ちなのですね」


 フェリス様が暗い瞳を向ける。

 心なしか顔色が悪い気もする。

 その返答は、フィーナの考えが合ってるってことなんだろうね。


「……つまり、カイルの行方を調べるほどの魔力がないから、あたしの魔力を使って固有魔法を使おうってこと?」


「……おそらくは」


「それならそうと言ってくれれば、あたしの魔力なんていくらでもあげるのに!

 わざわざこんなまどろっこしいことなんてしなくても!」


 ただでさえ時間なくて急いでるんだし、グラストさんだって余計なことを知ることもなかったんだから。


「……それはできないのです」


「なんでさ!」


「あなたの魔力を借りるという行為はあなたの魔力を私のなかに受け入れるということ。

 それはつまり契約と同義。

 それをすると私はあなたを認めたことになり、東の魔獣の長はあなたに恭順を示したことになってしまう。

 私はカイルを選んだ。だから、カイルのためにもそんなことをするわけにはいかないのです」


「……そのために、こんなことを?」


 あたしが尋ねると、フェリス様は再び冷たい視線をこちらに落とした。


「……魔力を借り受けることができないなら、奪えばいい。命の危機に直面するほどの強い衝撃を与えれば、無意識的にあなたの凄まじい魔力はスパークしてあなたを守ろうとするでしょう。

 そうして外に発散された魔力を吸収すれば、それは自然発生した魔力を吸収したことと同義とみなされるのです。

 そうすれば、私は一時的に固有魔法を使える状態にまで回復するはずなのです」


 そこまで言うと、フェリス様は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

 冷徹なフリをしてみても、やっぱりまだ迷いがあるみたいだ。


「……魔力を、外に発散すればいいんだね」


「……え?」


 あたしは崖の先端へと歩いていく。


「お、お嬢様?」


「フィーナ。フィーナは何があってもそこから動かないで。これは絶対の命令だから、必ず守って」


「……お嬢様。いったい何を……」


 フィーナが不安そうな顔をする。

 でも、主であるあたしが厳命すればフィーナはそれに逆らえないはずだ。


「……あなたはいったい……」


「……フェリス様。ちゃんと、カイルを見つけてね」


 それだけ告げると、あたしは崖から身を投げた。


「……なっ!」


「お嬢様っ!!」


 2人の驚く声が遠くなっていく。

 地面がぐん! と近付く。

 ヤバい。めちゃくちゃ怖い。


「……くっ」


 思わず懐に手を伸ばす。

 ミカエル先生からもらった切り札。

 これを使えばたぶん助かる。

 でも、それだと魔力は出てこない。

 自力でそんな大量の魔力を放出できないあたしは、たぶんホントに命の危機に直面しないといけないんだと思う。



「……っ」



 地面が近い。

 

 このままじゃ、頭からぶつかる!


 怖くなって、あたしは思いっきり目をつぶった。




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