178.端っこに着いてはみたものの……
「……ミサっ!?」
「……どうしました? アルビナス」
アルベルト王国の魔獣の森。
ミカエルとともに魔獣たちと帝国が攻めてきた際の準備をしていたアルビナスが異変を察知する。
「……ミサの反応が消えたのです」
「分かるのですか?」
「契約を結んでる者同士はその相手の存在を離れていても感じることができるのです。特にミサは私たちに対して主従じゃなくて無意識に同格として契約してくれてるから……」
「……なるほど」
うつむくアルビナスにミカエルは目を細める。ミサが魔獣に懐かれる要因はこういったところにもあるのだろう。
「ケルベロスたちは?」
「2人は大丈夫なのです。でも、念話には応じないのです。戦闘中なのかも」
2人は実際、触手の魔獣の相手をしていたり、その後のアルテミシアの対応でアルビナスからの念話に気付いていなかった。
「反応が消えた、というのは具体的にはどのような状況が想定されますか?」
「……契約自体は切れてないからまず死んではいないのです。寝ていたりして意識がなくても反応が途絶えたりはしないから、たぶん結界とか、特殊な閉鎖環境に閉じ込められてる可能性が高いのです」
「……なるほど」
「……ミサ」
アルビナスは心配そうにマウロ王国の方角を見つめた。
「……まあ、大丈夫でしょう。ケルベロスとルーシア、それにフィーナさんもついてますから」
「……うん」
「それに、ミサさんには切り札も渡してありますからね」
「え?」
「まあ、本当に緊急事態でなければ使わないように言ってあるので必要はないとは思いますが」
ミカエルはそう言ってイタズラな笑みを浮かべてみせた。
「お腹減った~! 暑い~! 閉塞感が息苦しいー! 疲れたー!」
「早く出たい早く出たい。家に帰ってかかあのメシを食べたい。ああ、どうしよう。皆心配してるかなぁ。ルカとミリアはちゃんとメシ食ってるかな。ああもう疲れた」
「……お嬢様かわいい。お嬢様素敵。お嬢様無敵。お嬢様キレイ」
あかん。もうみんな本音駄々漏れすぎる。
フィーナは相変わらずブレないけど。
思ってることが口に出ちゃう謎の不思議空間なこの地下世界を死屍累々で歩くこと早数時間。
太陽がないから時間の感覚も怪しくなってきたよ。謎の光るキノコのおかげでずっと明るいのは助かるけどさ。
「グラストさん。ルカとミリアって誰?」
酒場のおねーちゃん?
「息子と娘です」
「あ、子供いるんだ! てっきり贔屓にしてるおねーちゃんかと思ったよ!」
うん。もはやオブラートに包まないのにも慣れてきたね!
「……それはジョセフィーヌです」
あ、うん。言っちゃうんだよね。
「お子さんはおいくつなんですか?」
フィーナも話に入ってきた。
黙ってるといろいろ喋っちゃいそうだから、こうして会話してた方がいいかもね。
「ルカが8歳で、ミリアが6歳です。2人ともかかあに似て可愛いんです」
「そっかー。グラストさんに似なくて良かったね!」
「たしかに!」
「うぅ……」
あ、ごめんよ。いや、グラストも素敵なイケオジだよ?
でもさ、やっぱりどうしてもむさい感じあるじゃん?
てか、かかあって奥さんのことだったんだね。あたしゃお母さんのことかと思ってたよ。
でもちょっとグラストさんに対する気持ち悪さは軽減されたね。
「……それにしても、あの触手の魔獣の狙いは何なのでしょう。我々をこんなところに落とすだけ落として何の音沙汰もないですし」
「そうだねー。まあ、もしかしたらケルちゃんたちが倒してくれたのかもだけどねー」
「ああ。上の従者の少女と騎獣ですね。やはりかなりの実力者のようですね」
「そーなんだよー。2人ともすごい強いんだよ! なんてったって魔……」
「お嬢様!」
「っとと!」
「ま?」
あぶないあぶない。
危うく魔獣の長だからねって言いそうになったよ。フィーナが注意してくれなきゃ言ってたね。
どうやらよくよく気を付ければ本音を口に出す前に止めることはできるみたいだね。
まあ、それでも気付いたら言っちゃってるみたいだから難しいけど。
「いや、なんでもないよ」
「そうですか」
「……もしかしたら、触手の魔獣は長に命じられてやったのかもしれませんね」
「え? 長さんに?」
フィーナが足を止めて考えるような仕草を見せた。
「はい。マウロ王国の魔獣は長と王との協定によって無下に人を襲いません。もちろん食糧の確保として襲ってくることもあるので油断はできませんが、今回のようにただ我々を地下に落とすためだけに襲うという行為は協定に反します。
そんなことができるのは協定を結んだ長本人ぐらいでしょう」
「で、でも、言い出しっぺの長さん自体がそんなことしたらダメじゃない?
みんなに示しがつかないよ」
「……ええ。なので、長には何らかの目的があるのかもしれません」
「……目的」
「皆目検討もつきませんな」
「ええ。ですが、それを解明することが脱出への近道にもなるかもしれません。脱出口を探しながら考察していくことにしましょう」
「おっけー」
「承知しました」
「ところでお嬢様かわいいですね。食べてもいいですか?」
「急にやめて!?」
しかも言い方怖いんだけど!
「俺はかかあに殺されるのでやめときます」
うん! そうして!
「お嬢様。私が理性を保てなくなったらすみません」
「これ、本音を言っちゃうだけだよね!?」
それでフィーナが襲ってきたらそれはただのフィーナの意思だよ!?
「……つ、ついたぁ」
そっからまたさんざん歩いて、あたしたちはようやく端っこの壁に到着した。
「……不思議な材質ですね。土でも砂でも岩でもない。有機物のようにさえ感じるけどひんやりと冷たい」
フィーナが壁に触れながら呟く。
たしかに見た感じ岩壁とかって感じじゃない。切れ目とか綻びとかないし、なんか1枚のでっかい壁があるみたいな。
「……地平の先が少し歪曲してますな。しかも左右の曲がり具合が非常に似ている。もしかしたら楕円の形状をしているのかもしれませんな」
グラストさんは右と左を魔法をかけた目で交互に見比べていた。言われるとたしかにそんな気もするけど、魔法とか使ってないあたしにはぜんぜん見えない。
「てことは、あたしたちは円柱状の空洞のなかにいるってことかい?」
「おそらくは……」
ホントなんなんだろうね、この空間は。
砂漠の地下にある謎の大空洞。
「え? てか、ホントに出口あるよね? 落ちてきたとこしか出入り口がないとかだったら完全に詰んでんだけど」
こんなとこで野垂れ死にはごめんだよ。
「そんなのやだよぉ」
あ、これグラストさんね。
「おそらく、それはないでしょう。
水が流れていたということはあの水量が入ってくるだけの道があるはずです。それに空気もちゃんとある。もしも普段は砂で覆われている出入り口しかないのなら私たちはとっくに窒息しているはずです」
「あ、なるほどね~」
「良かった~」
あ、これもグラストさんね。
「それにこれが長の仕業だとするのなら、ここに閉じ込めて殺すなどという面倒なことをしなくても、あの触手の魔獣に砂のなかに埋めさせればすぐに殺せたはず。
わざわざこのような空間に入れたのにはやはり理由があるのでしょう」
「そっかー。それもそうだね」
「だよね~」
グラストさん。なんかギャルっぽくなってきてない?
「あと、これだけ歩いておいて生物に遭遇しないのも気になります。気配さえ感じない。長に命じられて気配を消して潜んでいるのかもしれません」
「やっだぁ~!」
……グラストさん。それはもはやオネエなのよ。
「単純に生き物がいないとかなんじゃないの?」
「その可能性は低いです。たしかに草花がないので微妙なところですが、水もあってそこに泳ぐ魚もいる。太陽を必要としない種ならば天敵が少ないであろうこの場所に根付いてもおかしくありません」
「そっかー。え? てことは、あたしたちが気付いてないだけで遠くから生き物たちがあたしたちのことを見てるかもってこと?」
そう思って周りをキョロキョロしてみるけど、やっぱり何もいるはずもなく。
「……そうかもしれません。ですが、確認できないので断定もできません。
とりあえずは出口を探して歩くことが私たちに出来ることと言えるでしょう」
「ま、結局そうなるよねー」
「……かかあ」
え? グラストさん泣いてないよね?
「まー、話ついでにちょっと休めたし、また頑張って歩こーか」
「どちらに行きましょう。右か左か」
「んー……右!」
「な、なぜですかな?」
「勘!」
「か、勘て……」
こういうのはノリと勢いで決めちゃうのがいいんだよ!
「……そうですね。そうしましょう」
フィーナはふふふと軽く笑ってみせた。
こういうとき、フィーナはいつも否定しないでくれる。
「じゃー! 再びレッツゴー!」
「おー!」
「お、おー……」




