177.地下世界はやっぱりやばいみたい
『どーしよールーシア! ミサたち砂に沈んじゃったよ!』
流砂の外に着地したケルベロスはすでに人のいなくなった流砂の中心を見ながら慌てていた。
「……ちょっと待って」
ルーシアは冷静にケルベロスから降りると、砂の地面に手をついた。
そこから魔力を発信させてその反響具合を見る。
「……大丈夫。砂漠の地下に大きな空洞があるわ。ミサたちはそこに落ちたみたい。空気もあるから、フィーナなら何とかするわ」
ルーシアはそう言うと、地面から手を離して砂をはたきながら、今度は流砂の中心を指差した。
そこではミサたちを引き込んだ触手がまだうねうねと蠢いていた。
「とりあえず、あの触手のやつを倒しておきましょ。地下があいつの貯蔵庫代わりだったら面倒だわ。ミサたちが襲われないように焼いちゃって」
『わかった!』
ルーシアの指示にしたがってケルベロスは大きく息を吸い込んだ。そして、それを吐き出すように大きな炎弾を3発撃ちだした。
それらは、1発は触手に。残りの2発は流砂の中心に向かって飛んでいった。
だが、
『えっ!?』
炎弾は触手に当たる前に横から飛んできた謎の魔法に消し飛ばされてしまった。
「……そこに潜んでたのね」
それを見たルーシアが掌大の毒玉を生成してそこに投げ込んだ。
が、それもまた撃ち放たれた魔法に撃墜されてしまった。
「……もう居場所はバレたわ。私たちに本気で来られたくなかったら姿を見せなさい」
「……わかったわ」
元の姿に戻ろうとするルーシアの言葉に圧されてか、魔法の主は静かに物陰から姿を現した。
フードをすっぽりと被ったその人物はどうやら人間のようだった。そして、すっと触手の魔獣を指差した。
「……その子は人を食べたりしないわ。私の命令に従っただけ。だから殺さないで」
「……ああ。そういうことなのね。分からなかったわ」
ルーシアはそこで何かに気が付いたようだった。
「騙すようなことをして悪かったわ。でも、決して悪いようにはしないから」
「……いったい、何が目的なの?」
「……彼女を、視たいだけ」
「……視る?」
フードの人物はこくりと頷く。
「彼女が私たちにとってどんな存在か、あなたも知っているでしょう?」
「……」
「知っていて、あなたは彼女のそばにいる」
「……」
ルーシアはフードの人物の語りを黙って聞いていた。ケルベロスはよく分かっていないようで、ただ2人の様子を窺っていた。
「私があの人を選んだように、あなたは彼女を選んだ。だから、私は知りたいの。彼女にあの人のことを任せるだけの資質があるのかどうか」
「……資質、ね。私がいる時点でそんなの明白じゃない!」
「……ふふ。あのルーシアが認めたんですものね。
でもね、だからこそ彼女のことが知りたいの。もっと視たいの。
あの人のことは大切だけど、これはそれと同じぐらい大事なこと。
魔獣の長であるあなたなら、私の言うことが分かるでしょう?」
「……そうね」
問い掛けられ、ルーシアはこくりと頷く。
「……本当に、ミサたちに危険はないのね」
「……命の保証はするわ」
「もう。やっぱり危ないことするんじゃない」
「ふふふ。ごめんなさいね」
頬を膨らませるルーシアにフードの人物は上品に笑ってみせた。ルーシアはだいぶフードの人物に気を許しているように見える。
「……まあ、いいわ。今回はあなたのことを信じてあげる」
「……ありがとう」
ため息を吐くルーシアにフードの人物はふんわりと頭を下げた。
「……それにしても、今はそんな姿なのね。アナスタシア……いえ、フェリスと呼んだ方がいいかしら?」
「……アナスタシアでいいわ。今はもう、その名で呼ぶのはあなただけだから」
フードを下ろしたフェリスはそう言って、少し膨らみかけた腹を優しく撫でてみせるのだった。
「お嬢様。もう少しです。頑張ってください。
さあ。私が下から押し上げますから」
「くっ。ほっ!
……てか、フィーナわざとお尻押してるでしょ?」
「うふふふ。ほら。いっちにいっちに」
「揉むなぁ~!!」
「……何してるんですか。ほら。ミサ様掴まってください」
「助けてー!」
先にでっかいキノコの上に乗ってたグラストさんに引き上げてもらう。
「……ちっ」
あたしが無事にキノコの上に登ると、フィーナはひらりと舞うように合流してきた。
え? この人また舌打ちしたよね?
「いやー、にしてもすんごい高いね~」
登ってきたキノコは何十メートルあるのかってぐらいの巨大キノコ。
でも枝? がけっこういっぱい生えてて休憩をはさみながら登ることができたし、てっぺんの傘はそんなに大きく広がってないから登りやすかった。
「……てか、広っ!」
で、改めてそっから周りを見回すと、地下世界は思ったよりも広かった。
てか、地平線まで壁が見えないんだけど。
え? 詰んだ?
「……あっち。端が見えますね」
「ええ。そうですね」
「……いや、なんも見えんよ」
お二人ともどんな視力してんの?
あ、グラストさんはなんかレンズの魔法してるのね。フィーナさんは……メイド魔法っすか?
あたしにはさっぱり見えないけど、どうやら端っこの壁が見えるとこがあるらしい。
「……えっと、他にめぼしいものもないし、もしかしてあそこまで歩くしかないってこと?」
「そうなりますね」
「マジか」
え? なんキロあんの?
「そうですね。まずは端まで行って、そこから内周を回りつつ上への道を探すしかないでしょう」
「うげげー」
「ご安心ください。いざとなれば私がお嬢様を抱きかかえますから。
……そう。そうなってしまえば、たとえ何があっても不可抗力。ふふ。ふふふふ……」
……フィーナさん。心の声が駄々漏れよ。
「はぁー。じゃーまあ、とりあえず降りて歩こっかー」
「はい♪」
「頑張りましょう」
「……はーはー」
「お嬢様。大丈夫ですか?」
「大丈夫、ではないかな。うん。でも大丈夫」
そして、案の定スタミナ切れ。
いや、無理よ。地平線の先まで歩くとか。あたしゃ普通のおばさんだったし、若くなっても普通の女の子なんだよ!
「おば? 若く? お嬢様。いったい何のお話をされているのですか?」
「え? あたし、今の言葉に出てた?」
「え? はい。まあまあな音量で」
「……マジか」
無意識に思ってることを声に出してたみたい。
あぶないあぶない。てか、あたしゃそこまで耄碌しちゃったのかね。
「……暑い。疲れた。暑い。疲れた。腹へった」
「……えーと、グラストさん?」
会話に参加してなかったグラストさんが何やらぶつぶつ呟きだした。
そりゃ、そんな鎧を着っぱなしだとそうでしょうね。
「……ったく。だから俺は嫌だったんだ。王め。俺に押し付けやがって。かわいらしいご令嬢と従者だからって安易に承諾したのが間違いだったんだ。帰ったらかかあに怒られるぞこれ」
「……グラストさん?」
「グラスト様?」
「……え? あ、も、もしかして、今の喋ってましたか?」
「うんもうバリバリ100パーセントで」
「も、申し訳ありません! どうか、どうか今のは忘れてください!」
グラストさんは真っ赤な顔してペコペコ頭を下げだした。
どうやら本音が漏れちゃったみたいだね。
お疲れ、団長さん。
「……これは」
「ん? フィーナ、どったの?」
何やら考え事をしていた様子のフィーナはすっとこっちを向いた。
「……お嬢様」
「はい?」
「私のことは好きですか?」
「え? うん。大好き」
「……ぐふふ」
フィーナさん?
「……いや、失礼。
では、グラスト様は?」
「んー、普通。いや、今のはちょっと気持ち悪かったかな」
「……申し訳ありません」
「あ、ごめん。直接言うつもりは!」
「……では、シリウス殿下のことは?」
「え? バカ王子? ただのバカ」
「……そうですか」
「……でも、」
「え?」
「意外と国のこととかちゃんと考えてて、思ったより悪いやつではない、のかな、とも思う、かな」
「……そ、そうですか」
「え? いま、あたし言ってた?」
「はい」
「そ、そりゃもうバッチリと」
2人してがっつり頷かなくても!
てか、ちらっと考えただけだから! ホントにそんなふうに思ってないから!
「……やはり」
「……え?」
フィーナが周りを見回す。
「……この空間。どうやら思っていることを素直に口に出してしまう作用があるようです。
魔力なのかキノコの胞子なのか。要因は分かりませんが」
「ええっ!?」
「それはやだ!」
……あ、『それはやだ!』って言ったのグラストさんね。
「……これは困りましたね。このままでは私がお嬢様相手に日夜どんな妄想を繰り広げているか、駄々漏れになってしまう」
え? そこ?
てか、むしろちょっと気になるんだけど。




