176.砂漠の下に広がる地下世界ってワクワクしないかい?
「……うーん」
頭がぼんやりする。
えっと、あたしは何をしてたんだっけ?
「お嬢様。起きましたか?」
「んー? フィー……ナ!?」
目を開けると、目の前に再び半裸のフィーナがあたしの上に乗っかってた。
「……ちっ。起きましたか」
え? 舌打ちしてない?
「おはようございますお嬢様」
輝くような素敵な笑顔でおはようフィーナ。
「……えっと、あたしは……いたたたっ」
寝ぼける意識を覚醒させながら体を起こそうとすると、全身がびしびしと痛んだ。
「まだ無理をなさらないでください。私が包みましたし下も柔らかかったとはいえ、それなりの高さから落ちたのです」
「……落ちた? あ、そっか。あたし、地面の中に引きずり込まれて……え? 落ちた?」
どういうことか理解できなくて、フィーナに手伝ってもらいながら体を起こすと、そこには未知の世界が広がってたんだ。
「……え? なにこれ? 死んだ? 天国? 地獄?」
そこは不可思議な世界だった。
いや、あたしからしたらこの世界も十分不可思議なんだけど、いまいるこの場所はそれよりも変なとこだった。
まず空がなくて、頭上のずっと高いところに天井があった。でもそれは人工物とかじゃなくて、砂とか土とかみたいな。たぶん地面なのかなって感じ。
でも、あたしが座ってる地面もやっぱり地面で、でもなんだろ、ふかふかしててさらさらしてて、すんごい柔らかい砂みたいな。
で、極めつけは下の地面から上の地面に向けて生えてる大量のでっかいキノコ。
うん。これはあれだね。
「地下世界だ! 地底人だ! 風の谷のやつだ!」
「お、お嬢様? 落ち着いてください。気持ちは分かりますが混乱しているようですよ」
「あ、ごめんごめん」
混乱っていうか、ちょっとテンション上がっちゃうよね。
砂漠の下に広がる異空間とか燃えるものがあるよ!
「でも、なんでこういうとこってキノコがやたら大量発生してるのかね」
なんか定番だよね。やたら背の高いキノコがこの空洞を支えてる、みたいな。
「……それは太陽の光の恩恵がなくても育つのがキノコ類ぐらいだからでしょう。そして植物という他のライバルがいない状態で好きに自らを成長させることが出来る故、なのかと」
「あ……グラストさんっ! 無事だったんだね!」
グラストさんは手にいろんなキノコを抱えながら戻ってきた。
良かった。あたしゃてっきりあの触手マンに食べられちゃったのかと思ったよ。
「ええ。目的は分かりませんが、どうやらあいつは我々を地中に引きずり込んだだけのようです。私が最初に目を覚ましたので、フィーナさんが起きたあと、ミサさんを任せて周囲をいろいろ探索していました」
グラストさんはそう言って、広げたマントを地面に敷くと持ってたキノコをそこに置いて、耐水性の水袋も取り出した。
「未知の品種が多いですが、とりあえず私が知っている食用キノコがいくつかあったので取ってきました。あとは川もあったので水を汲んできました。
水質はキレイでしたが、一応、一度煮沸させるために火を起こしましょう。キノコも生では食べられないものもありますからね」
うーむ。出来る男だね。
「燃やすものがないですが、その辺のキノコでいいですかね」
フィーナはそう言うと、どこからか取り出したナイフで近くのキノコの枝? を1本切り取った。
「そうですね。軽く燃やしてみて、有毒ガスが発生しないものを薪にしましょう。火は私が魔法でつけます」
「分かりました。では、私は適当にいくつかキノコを狩ってきます」
フィーナはそれだけ言うと消えるように走り去っていった。
グラストさんはフィーナが切ったキノコにさっそく軽く火をつけてみたり、その辺の頑丈そうな手頃の大きさのキノコの傘をぶち折って中をくりぬいて鍋代わりにして水を入れたりしてる。
うーむ。出来る人たちだね。
恐ろしいほど頼りになるよ。
あたしがやることないわこれ。
「ミサさんはこのキノコを半分に裂いといていただけますかな? そのままより火も通りやすくなるでしょう。縦に裂けば手で簡単に裂けるので」
「あ、はいはい」
サボる気満々なのがバレて仕事を与えられた。でも簡単な仕事で良かった。あ、意外と楽しいこれ。
「ふ~! 意外とおいしかったね。さすがフィーナ!」
「お褒めに与り光栄です」
結局、フィーナが川から魚なんかもとってきて、さらにどこからか取り出した調味料を使って鍋や焼きキノコ、焼き魚なんかを作ってくれた。
普通にお腹いっぱい。
やっぱり遠出にはフィーナだね。
「でも、ケルちゃんに持ってもらってた荷物もなくなっちゃったし、どうしよっかね。こっから出れるのかな」
てか、上に残ってる2人も心配なんだよね。あたしたちの方に来ないってことは、あの触手マンはケルちゃんたちと戦ってるのかもだし。
ま、あの2人に勝てるとは思えないから大丈夫だろうけど。グラストさんがいないから遠慮する必要もないしね。
「そうですね。さすがに私も必要最小限のものしか持ってないですし、お嬢様に快適に上にお戻りいただくためになるべく早く脱出したいところですが」
そう言うフィーナはもちろん手ぶらだった。でも、いつもフィーナはどこからかいろんなものを出してくれる。さっきの調味料だって袖のなかから出てきたからね。
たぶんベッドで眠りたいとか言ったらベッド出てくるよこの人。
「……正直、ここのことは私も把握しておりません。というより、マウロ王国においても砂漠の地下にこのような空間が存在していることは認知していませんでした」
「そっかー。グラストさんにも分からないんじゃ自力で出口を探すしかないねー」
「……グラスト様。それは本当ですね?」
「フィーナ?」
「お嬢様を危険な環境下に置いている以上、国のために情報を秘匿したいがために知らないと言っているのだとしたら、私は真実を吐かせるために手段は選びませんよ」
フィーナさん? 笑顔が怖いよ?
「ほ、本当に本当ですよ!
私としても殿下の安否に関わる事態のなかでそのような無益なことをするほど頭が固くはありませんから!」
グラストさんはフィーナに脅されて焦って答えた。
まあ、そうだよね。そもそもあたしたちはマウロ王国に協力してあげてる身だし、イレギュラーで秘密にしてた地下を知られたからって王太子の安否の鍵を握るあたしたちをどうこうするのはおかしな話だもんね。
「……まあ、いいでしょう。一応、あなたが帝国の手の者ではないことはマウロ国王に念入りに確認を取ってあります。そうなると、今回のことはやはりイレギュラーで、マウロ王国にとってもこの場は初めての発見である可能性は高いのでしょう」
フィーナがそう言って殺気を収めるとグラストさんはホッとしたような顔をした。
そっか。グラストさんが帝国の人だったら今の状況は妨害として最高の状況なわけだね。
「その通りです。事が終わればここの捜査に入ることになるでしょう。ですが、今は何よりもカイル殿下の件の解決が先です。
それに、やろうと思えばお二人が意識を失っている間にできたのですから。
しかも、妨害だとしたら妨害されているのは我々マウロ王国の方ですしね」
あー、グラストさん的にはあたしたちを疑ってもいるってことかい?
「……そうですね。失礼な疑念を向けてしまい申し訳ありませんでした」
フィーナさん。心がこもってないのバレバレなんですが。
「いえいえ。まずはこの場からの脱出に向けて、皆で力を合わせていきましょう」
「はい。もちろん」
……お二人とも、笑顔が怖いよ。
え? こんなとこでケンカしないでくれるかい?
よく分かんないから心理戦とかあとにしてくれない?
「とりあえずは移動しましょう。登りやすい背の高いキノコの上から周囲を見渡したいですね」
「そうですな。これだけ火をたいて匂いをまいても魔獣の類いが現れないとなるとあまり地上の生物はいないのかもしれないですし。とはいえ慎重に進むに越したことはないですが」
あ、そんな意味もあったのね。
「ええ。では、まずはあのキノコを目指しましょう。分派している枝が多いので登りやすいでしよう」
「そうですな」
フィーナが指差した背の高いキノコにグラストさんも同意する。
「さ。お嬢様。危ないのでお手を」
「足元にも気を付けてください」
「……あ、はい」
なんだか頼もしすぎる怖い2人に連れられて、おとなしく手を引かれるあたしだったとさ。




