174.ルーちゃんはここから来た人みたいだよ
「……さて。ではルーシア。
詳しく話を聞いてもよろしいでしょうか?」
一通り準備を終え、もう休むからと部屋からメイドさんたちを出したあと、フィーナがルーちゃんに向き直った。
マウロ王国の人がいなくなってようやく長さんのことを聞けるようになったね。
部屋にはフィーナが張った結界が展開されてる。
あたしたちがリヴァイスシー王国に行ってる間にミカエル先生に教わったらしい。
お兄ちゃん王子とかに見聞きされないレベルの結界となるとけっこう難しい魔法らしいけど、結果的にフィーナはそれを修得した。
前回一緒に行けなかったのがよっぽど悔しかったみたい。有用度が上がればそれだけ旅に同行できる可能性が上がるもんね。
「……うん。いいよ」
フィーナに尋ねられてルーちゃんはこくりと頷いた。何やら訳知り顔だね。
ここの魔獣の長さんと知り合いだって言うけど、ルーちゃんはあんまり人と関わりたくないなっていう長さんとどうやって知り合ったのかね。
「では、単刀直入に聞きます。
ルーシア。あなたはもともとこの国の魔獣でしたね?」
「へ?」
「で、かの長のもとにいた」
「……そうよー。どうしてわかったの?」
ルーちゃんは単純にフィーナがなぜ分かったのかを知りたいみたいだった。
「アルビナスに、ルーシアが東の長と知り合いだと言われてからあなたはどこか様子がおかしかった」
あー、言われてみればそうだねー。
「あ、もしかして私ってマウロ王国のスパイなんじゃないかとかって疑われた?」
ルーちゃんは苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに頭をポリポリとかいてみせた。
「ええ。初めはそう思ったりもしました」
あ、そなんだ。
「ですが、やはり今までのやり取りからもあなたがお嬢様を裏切るようなマネをするとは思えず……」
そうだね。ルーちゃんたちがそんなことするわけないよ。
「そこで、考え方を変えました。
あなたの様子がおかしかったのは、『たしかに自分は長と知り合いではあるけど、お嬢様のお役に立てるかどうか自信がなかったから不安だった』のではないかと」
「……ま、正解よ」
「ルーちゃん……」
ルーちゃんは自分の考えを言い当てられて気恥ずかしそうにしてる。
「私はもともとこの地に生まれた魔獣。そもそも蜘蛛の魔獣はこっちの地方に多いしね。
でも当時の私は食べ盛りってのもあって、長が下した人間を安易に襲わないっていう命令が気にくわなかったの」
お、おおう。
食べ盛りって、ようはそのご飯のなかに人間も含まれてるわけだよね。
「だからこの地の長の命令が及ばない土地に移動しようって思って。で、どうせなら余計な命令をされないように長がちゃんと確立されてないとこに行こうって思ってアルベルト王国に来たのよ」
「……それは何年前ですか?」
「うーん。あんまり覚えてないわねー。
でも、そんな覚えてないぐらい前だから、長がかつての長のままかも分かんないし、私が知ってる場所にいるかも分かんない。長の考え方も変わってるかもだし、そもそも私のことを覚えてるかどうかも分かんないのよ。当時はまだ私も幼体だったし。
だから、そんなんで私に任せない! なんて大見得切るわけにもいかなくて、あんまり乗り気にはなれなかったのよね」
「なるほど」
そかそか。
昔のことすぎて自信が持てなかったんだね。
「……でも、さっきまでの話を聞く限り、とりあえず長は代替わりもしてなければ居場所も変わってないことが分かったわ」
つまり、隊長のグラストさんが言ってた長の居場所ってのは合ってるわけだね。
「だから私がいれば長が会ってくれる可能性も多少は上がると思う。でも保証はできないから期待しないでね」
「おっけー」
「分かりました」
「ねーねー。そもそもここの長ってどんなヤツなのー?」
ケルちゃんもう寝たのかと思ってたけど起きてたのね。
あ、ちょうどおやつ食べ終わったとこなのね。
「んー。じつは、私にもよく分からないのよね」
「どゆこと?」
「基本的に人化してたから魔獣のときの姿を知らないのよ。しかもいろんな人間の姿になれるから会うたびに姿が違っててね」
「……人化の術はかなり高度な魔法だと聞いてますが」
「そーなのよ。基本的に一度形を決めたら普通はそれ以外の姿になれないはずなんだけど、ここの長は特別魔法が上手かったみたい」
すごい人なんだね。
「まあ、女性体になってることが多かったし声的にもたぶん女性なんだと思う。でも男性体にもなれるから今がどんな姿なのかは想像もつかないわ」
「そうですか。
名前は分かりますか? 探すにも名前が分かっていた方が声をかけやすいでしょう?」
「えっとね、たしかアナスタシアって言ってたわ。まあこれも本人じゃなくて他の魔獣が話しかけてたのを聞いて分かったんだけど」
アナスタシアさんね。長いね。絶対覚えられない気がするね。でもアナちゃんはなんか響き的に微妙だし頑張って覚えようかね。
「……まあ、私が知ってることはそれぐらいかな。あとは長が私のことを覚えてて出てきてくれればいいなってぐらいね」
「そっか。分かった。ありがとね」
「ん!」
「では、これぐらいにして今日はもう寝ましょう。明日は日の出とともに出発ですからね」
「うーん。私起きれるかなぁ」
「起きれなかったら私が責任を持って起こして差し上げますわ」
……うん。フィーナさん手つきが怪しいんだけど。
「が、頑張って起きよ~」
「……ねえ、ミサ」
その後、あたしを挟んでケルちゃんとルーちゃんと3人で寝ようとしてると、ルーちゃんがこっちを向いて話しかけてきた。
フィーナはたぶんいつでも動けるようにしながらどこかで休んでるんだと思う。
「んー? どしたんだい?」
「……ううん。なんでもない」
あたしが尋ねるとルーちゃんはそれだけ答えて向こうに体を向けてしまった。
「そう? なら早く寝よー」
「うん。おやすみ」
「おやすみー」
そうして、あたしたちは眠りについたんだ。
「……様。お嬢様」
「……ん~、あと5分」
「それはもう3回目です。
……では、仕方ないですね」
「……んー? おわぁっ!」
「……ちっ。
おはようございます! お嬢様!」
目を開けると半裸のフィーナがあたしの上に乗ろうとしてて、慌てて起き上がった。
え? てかいま舌打ちしたよね?
「ご覧ください。見事に晴れました。
山の天気は変わりやすいですし早く準備をしましょう」
フィーナは何事もなかったかのように服を直してカーテンを開けた。
たしかに窓からは昇り始めたばかりの陽光が眩いばかりに入ってきていた。
「おはよう。よく眠れた?」
「ルーちゃんおはよー。うん。ふかふかベッドと2人の温かさでもうぐっすりよ」
ルーちゃんはとっくに起きて準備を済ませてた。
昨日、なんか言いかけてたけどなんだったんだろ。まあ、あんま気にしてなさそうだしいっか。
「ケルちゃんはまだ寝てるけどいーの?」
あたしの横ではケルちゃんがへそ天しながら寝てた。ワンコの習性かね?
「ケルはべつに準備もないし、ご飯の時間になれば勝手に起きるでしょ」
「そっかー。男の子は楽でいーねぇ」
「さ、お嬢様。まずは髪の毛を解かしますからこちらへどうぞ」
「はーい」
こうして、マウロ王国の魔獣の長さんに会うための1日が幕を開けたんだ。




