173.地図は雑なぐらいがちょうどいいらしいよ
「申し遅れました。
私、今回皆様の護衛兼案内役を務めます王宮騎士団団長のグラストと申します」
巨大ミミズ討伐隊の隊長さんは改めて自己紹介してくれた。
騎士団団長って、ようはこの国の騎士たちのトップだよね? アゴヒゲイケオジはそんなすごい人だったんだね。
てか、そんな偉い人が案内とかしてくれるの?
「……まず始めに、我が国の魔獣の長には会えない可能性が非常に高いということをご承知置きいただきたい」
グラストさんはテーブルに地図やら何やらの資料を広げて話し始めた。
「東の魔獣の長ってのは、そんな気難しい人なのかい?」
頑固なじいちゃんなのかね?
「……というより、極端に人と関わるのを避けているのです」
あー、照れやさんなのかね?
「その能力の特性上、感知能力が非常に高く、自分に近付く者の存在はいち早く察知して逃げてしまいます」
その能力とやらでカイルの居場所を探してもらおうとしてるんだもんね。
「一応、遥か昔に長とマウロ王国とは不可侵条約を結んでいて他の魔獣も不要に人を襲ったりはしてきません。
しかし、以前より現王が条約に関して話をしようと持ちかけているのですが、現時点まで応じていただけていなくて……」
条約は有効みたいだけど改訂には応じない、みたいな?
「あれ? てか、魔獣と人って向こう側にそのつもりがないと意志疎通できないんじゃなかったっけ?」
しかも長レベルに高位の魔獣限定で。
「仰る通りです。この条約はマウロ王国建国の際、あちら側が初代の王に提案してきたのです。
『このあたりの魔獣を抑えておいてやるから国を造れ。砂漠に城を建てろ。森を切り開け。
不必要に魔獣を狩らなければこちらも不要におまえたちを狩らない』
と」
「ふーん。なんかよく分かんないけど考えがあったのかね」
「マウロ王国は最初の国です。当時は戦乱極まる状態で、人も魔獣も気の休まる時がなかったと聞きます。
もしかしたらこの地の魔獣の長はそれを憂いて人間と手を組む、あるいは手を貸すことを考えたのかもしれません」
フィーナがそう補足してくれた。
「なるほどねー」
そういや、学院の授業でもマウロ王国が出来るまではそれぞれが一族やら集落やらで縄張り合戦してて、そこに魔獣も加わっててんやわんやだったって言ってた気がするね。
たしか長いようでそんな歴史が長くないんだよね、この世界。
とはいえ千年単位の話だろうけど。
「そうなると、今はある程度世界が安定してるから、もう自分の役目はあんまり意味ないから誰かと関わるのはやめとこうとかって思ってるのかもね」
もともと人と関わりたくないって長が頑張って人に国を造らせてまで静かにしたかったってだけな可能性もあるし。
「そうなのです。ですから、その長に何かを頼もうとすること自体がお門違いであるのかもしれません」
「それでも、それにすがるのが一番の近道ってことだよね」
「……そうですね。それほど、今の帝国の情報を集めるのは難しいようです」
「なるほどねー……」
チラッとルーちゃんの方を見ると澄ました顔で立ってた。
その長さんと知り合いらしいルーちゃんに詳しく話を聞きたいとこだけど、他国の人がいるから今は無理そうだね。
「いったんその話は置いておいて、肝心の長の居場所は分かっているのですか?」
フィーナは収まるところのない話は切り捨てて他の話を進めることにしたみたい。
「大まかには。
こちらの地図をご覧ください」
グラストさんはそう言って大判の地図を見下ろした。
そこにはマウロ国内の大まかな地形が描かれてた。
いや、ホントに大まかだね。
これじゃ何がなんだか分かんないよ。
え? これでみんな分かるの?
「まず、ここがいま我々がいる王都です」
ほう。この肉団子をかじったみたいなのが。
「そして、ここからここまでが砂漠地帯となります」
ふむふむ。このラッパーのサングラスみたいのが。
「そして、東側には海が。西側には森が」
ほうほう。このワンちゃんみたいのが海で、クマさんみたいのがあたしたちが抜けてきた森だね。
「そして、長は砂漠地帯を南に抜けた先にある丘陵地帯に……」
うんうん。この女の子のお胸みたいな……
「って、ぜんぜん分からんわ!」
あかん。思わず突っ込んじゃったよ。
いやいや、こんな子供の落書きか酔っぱらいの悪ふざけかみたいなのが地図なの? え? この国の人たち大丈夫?
学院でアルベルト王国の地図を見たときはもっとちゃんと描かれてたよ。
ん? そういや、アルベルト王国以外の国に関してはけっこうざっくりだったような?
「……お嬢様。自国の詳細な地図は軍事的な機密です。地理的な侵略計画を敵に立てさせる要因となるのです。
そのため、各国は他国の者の自国への立ち入りを厳しく管理しているのです。
本来でしたら概略とはいえ他国の人間に自国の地図を見せるなどあり得ない。それをわざわざ解説付きで見せていただけていることがマウロ王国のアルベルト王国への信頼の証と言えるでしょう」
「……お察しいただけて何よりです」
「ほえー。そうなんだねー」
そっか。人工衛星どころか飛行機もないもんね。気球なんかもないし、この世界では他国の地理を知ることができないんだ。
え? だとしたらお兄ちゃん王子とか北の魔導天使のサルサル(サマエル)さんとかの能力ってズルくないかい?
あ、でも結界とかで防げるからそれでガードしてるのかな?
ま、とにかくこの地図がめちゃくちゃな理由は分かったよ。
「……続けます。
砂漠地帯を南に抜けた先に丘陵地帯があります。そこを進んでいくとどんどん標高が高くなっていき、そこで最も標高が高い山の山頂に長はいると言われています」
「なんだか大変そうだねー。てか、言われていますってことはいるかどうかは分かってないの?」
「そこで長と何代か前の王が話をしたという記録が残っているのです。そして、かつて初代国王が長から条約を持ちかけられたのもその地だったと」
そういうことね。
たしかにそれなら今でもそこにいる可能性は高いってわけだね。
「じゃー、そんな遠いとこに行くなら急がなきゃ」
「その通りです。すぐに準備をして休息を取り、夜明けとともに出発しましょう」
グラストさんがそう言って資料をまとめ始めた。どうやらかなりの強行軍になりそうだね。
まあでも、ケルちゃんたちもいる上に条約とやらがあるなら道中魔獣に襲われたりはなさそうだし、急げば何とかなりそうだね。
「では、私は諸々の手配と準備をしますのでこれで。皆様も必要なものがあればお伝えください。可能な限り用意させましょう」
グラストさんはそう言ってお辞儀をすると部屋のドアを開けた。
「きゃっ!」
「おっと! ……フェ、フェリス様」
そしたら、ちょうどそこにいたフェリス様とぶつかりそうになったみたい。
「……なぜこちらに?」
グラストさんはフェリス様を気遣いながらも嫌な予感を感じてる顔を見せた。
「……あの……私も、私も連れていってください!」
「ダメです」
おーう。即答。
「そ、そんな……」
まあそうだよね。
けっこうな長旅かもだし、王太子の奥さんだし、何よりお腹の中に子供がいるんだしね。
国としても王太子の子供にもしものことがあったら困るだろうしね。
「殿下は我々が必ず探しだします。ですからフェリス様はお部屋でおとなしく静養なさってください」
グラストさんはそれだけ言うと近くの侍女にフェリス様を任せて行ってしまった。
「……あ、あの……!」
「……」
「……いえ」
フェリス様は助けを求めるようにこっちを見たけど、フィーナが視線でそれを拒絶した。
実際、他国のことにあたしたちが意見できないしね。フェリス様はそれを察して残念そうな顔をして部屋を出ていった。
……うん。でもね、あたしは見逃してないよ。
フェリス様の目にはまだ火が灯ってることを
「……ねえフィーナ。あの人たぶんついてくるよ」
「……もしそうなったとしても、私たちにはどうすることも出来ません。グラスト様に口出しすることさえ他国への干渉です。
ただでさえ我々の行為は通常の国家間のやり取りを逸脱しています。これ以上、この国のことに首を突っ込むべきではありません。
もし万が一、あの方が私たちのあとを尾けてきたとしたら、それはそれを事前に防げなかったグラスト様の責任です。
そこに我々が介入する余地はありません」
「……ま、そうなるよね」
本音を言えば無理やりにでもフェリス様を部屋に押し込めときたいとこだけど、ここはグラストさん含めマウロ王国の手腕に期待することにしよう。
ま、そういう期待は裏切られるのが定番なんだけどね。




