17.やはり天使は尊いねえ
「ミサ!
待って!」
「……クラリス」
あたしが授業をほっぽって広大な校庭を歩いていると、クラリスが追いかけてきた。
「あんた、授業は大丈夫なのかい?」
「今日はもう終わりだって」
「……そうなんだね」
それで、あたしを追い掛けてきてくれたんだね。
「…………」
「…………」
「……あのね」
「うん?」
お互いに何となく沈黙を続けたあと、クラリスがぽつりと口を開く。
「お兄様を、あまり悪く思わないでほしいの」
「…………」
「記憶がないミサからしたら、動物をいじめてるように見えたんだろうね、きっと。
私も、ミサに言われるまで何も思わなかったから」
「どういうことだい?」
「あのね。
魔物は人を襲って食べる、とても怖い存在。
それが、基本的に人の魔物に対する共通認識なの。
魔物が出没すると、危険な害獣として軍や騎士団が討伐に出るものなのよ」
そうだったんだね。
「でも、だからって、あんな風にいたぶるのは良くないよ」
人に害をなす生き物を駆除しなくちゃいけないのは、あたしにだって分かる。
でも、それは必要だからやらないといけないことであって、決して楽しんでいいものじゃないはずだよ。
「うん。
あれはお兄様がやりすぎてたとは思う。
でも、決して手加減ができる相手でもなかったの」
「ケルちゃんは、そんなにすごい子だったのかい?」
「ケルベロスが出現したら、討伐するのに軍の部隊が3個は必要だって、スケイルが言っていたわ。
そんな魔物を封じ込めてたミカエル先生が異常なの」
それは、よっぽどだね。
というか、それを1人で圧倒してた王子って、実はけっこうすごいのかい?
「だから、いくら王国最強のお兄様でも、決して楽に勝てる相手じゃなかった。
ミサにいいところを見せようと張り切っちゃってはいたけど、反撃させないために圧倒する必要はあったんだよ」
「……そうだったんだね」
ていうか、さらっと王国最強とか言ってたけど、アレがこの国で一番強いのかい?
え?この国大丈夫?
「だから、あんまりお兄様のことを、ひどいヤツだって、思わないであげてほしいな」
「…………」
「お兄様はね。
ああ見えて、とっても国思いなんだよ」
あれで!?
「お兄様が物心ついた頃は、まだ情勢が不安定で、いつまた各国が戦火に見舞われるか分からない状況だったの。
だからお兄様は幼い頃から、国の王子として、国を強くしていくことを考えていたらしいわ」
「あの入学式は、とてもそうは思えなかったけど」
完全にただのクズにしか見えなかったけどね。
「あれは、まあ、こじれちゃったって言うか、その」
クラリスは痛いとこを突かれたかのように困った顔をした。
うんうん、困った顔も相変わらず可愛いね。
あ、今はそんな状況じゃないよね。
「お兄様は、皆に強くなってほしいのよ」
「強く?」
「お兄様はたぶん、誰かが自分の圧政を打ち破ってくれるのを待ってたんだと思う」
ホントかね?
あの王子にそんな高尚な思いがあったとは思えないけど。
「ま、まあ、ホントにそういう具体的な構想があったかは分からないけど」
あたしがものすごく疑った顔をしてたからなのか、クラリスが焦ってフォローを入れてきた。
「前にね、スケイルが言ったことがあったんだって。
こんなことを続けていたら、民からの信用をなくすのでは?って」
おお!さすがは常識枠スケさんだね。
「そしたら、お兄様は、
それならそれで構わないって。
俺様を倒せるぐらいの気概を持って立ち向かってくるんだな。
俺様はそれをさらに上回るぞ!
って言ってたんだって」
う~む。
なんだか、ちょっとカッコよく感じちゃうね。
あのバカさ加減がなければ、なんだかすごい王子様なんだけどねえ。
「で、自分が一番強くなって、他国からの脅威になれば、この国も安泰だろうって言って、昔っから頑張って鍛練を続けてのよ」
「……そっか。
まあ、発想はお子様だけど、国と民を大事に思ってるのは分かったよ」
「ホント!?
やった!」
う~む。
ぴょんぴょん飛び跳ねて髪を揺らすクラリス、尊い。
「じゃあ、お兄様が話し掛けてきても、ちゃんと応じてあげてね!」
「いや、それはどうだろう」
「え~!そんな~!!」
「いや、だって、ウザいじゃないかい」
「まあ、それは分かるけど」
妹。分かるのかい!
「……でも、ミサがお姉ちゃんになったら嬉しいのになぁ」
「え?何か言ったかい?」
「ん~ん!なんでもない!」
そうかい?
まあ、クラリスが可愛いからいっかね。
「あ!
そうそう!
ミカエル先生がまた研究室に来るようにって言ってたよ!」
「ぅげっ!」
一難去ってまた一難だね。