167.出発しんこーう!
「おしりが痛いっ!」
「ミサ。それ前も言ってたよ~」
「え? そうだっけ?」
「ええ。そうですね」
いや、だって、痛いもんは痛いんだよ。
フィーナも御者席にいながら言わなくても。
よくみんな平気な顔して馬車に乗っていられるね。
あたしが一番おしりのお肉はありそうなのに。
こうなりゃ、今度あたしが快適に乗れる馬車を開発するしかないね! 前世の知識で! そんなのないけど!
いや、ないよそんなん。なんで小説とかだとみんなそんなん出来るわけ? ただの一般おばさんだったあたしにゃ料理はできても包丁は作れないし、洗濯はできても洗濯機は作れないし、掃除はできても掃除機なんて作れりゃしないんだよね。
前世の知識で異世界チートとか、姪っ子の好きな作品によく出てきたけど、こちとら事務とかスーパーのレジ打ちとかしかやってこなかったんでね。
「……」
チート、か。
言われてみれば、あたしの能力? も存外そのチートってやつだよね。
稀少な闇属性で、さらにはこの世界で唯一魔獣と普通に話せて、魔獣を使役することができて。ついでにあたしが魔力をこめて作った食べ物はすんごい効能のポーションになって。
「……」
「ミサ? どーしたのよ?」
「ん? ああ、いや、あたしのこの力って、いったいなんであたしのになったのかなって」
「お嬢様?」
「……あたしなんかにこんな大それた力を渡されても、正直うまく使える自信もないし。実際、ここまで何とかやってこれたのも、みんなが良い人でいろいろ助けてくれたからなわけだし」
それなりに無茶なことをしてきた自覚はそれなりにあるわけよ。でもそれは、みんなとなら何とかなるでしょってのがあったからで。
それに、べつにあたしの能力がすごいからで、あたし自身はべつに全然すごくないんだよね。
「んー、よく分かんないけど、ミサがミサだから、その力はミサのものになったんだと思うー」
「ケルちゃん……」
「そうですね。そうやって思えるからこそ、その能力はお嬢様のもとに来たんだと思いますよ」
「そーよ! それに、私たちはその能力を得たのがミサで良かったわ!」
そう言って、ルーちゃんが腕にしがみついてくる。
「フィーナ、ルーちゃんも……みんなありがとね」
あたしのこの力で何が出来るか、これから何が起こるのかは分からないけど、あたしはあたしの正義を貫くまで!
守りたいものを守れる力があるんなら、それを全力で活かさなきゃね!
「……にしても、すんごい平和に進んでるわね~」
マウロ王国との国境を抜けて、森のなかをひたすら東に進んでる。
相変わらずおしりは痛いけど、もうだいぶ慣れたよ。
「国境を抜けたら魔獣とか野盗とかがでてくるかもとか言ってたけど、ぜんぜんそんなの出てこなそうだね」
一応は馬車が通れるぐらいの道は補整されてるけど、それでも周りは普通に森に囲まれてる。
いつ魔獣なんかが出てきてもおかしくないんだけど、なんだか虫と鳥の声しかなくて、すんごいのんびり進めちゃってるんだよね。
「まー、私とケルがいるからね。それなりに強いヤツなら本能的に避けると思うわ」
「そっか」
アルベルト王国の魔獣の主であるケルちゃんとルーちゃんが乗ってる馬車を襲うような魔獣はいないってわけね。
「それに、フィーナが進行方向にさっきからとんでもない殺気を撒き散らしながら進んでるから、よっぽどのバカじゃなきゃ人間も襲ってきたりはしないはずよ」
「そ、そうなんだ」
「ふふふ。お嬢様を襲おうとする輩に容赦なんていらないですわ。そんな野蛮な輩は今夜の夕飯にしてしまいますわ」
「に、人間はやめてね」
「ふふふ、お嬢様を襲っていいのは私だけ……ふふ、ふふふふふ」
……なんて?
うん。あたしは何も聞かなかった。そういうことにしよう。
「森抜けた~! てか、今度はすごい砂漠だー!」
その後もとくにトラブルなく森を進み、ようやく開けたところに出たと思ったら、今度は一面の砂漠地帯が広がってた。
「マウロ王国は国土の多くが砂漠ですからね。ここから一番近い都市までは砂漠地帯を進むことになります」
「ほえ~。そーなんだー」
「とりあえず馬車じゃ砂漠を進めないので、あそこで馬を預けましょう」
そう言ってフィーナが指をさした先にはいくつかの建物が立ってた。
アルベルト王国とマウロ王国は交易を頻繁に行ってるから、商人たちが行き来しやすいように国営の休憩所を兼ねた厩が設置されてるらしい。
あたしたちはそこでちょっと休憩してから出発することにした。
「いらっしゃいませ」
馬車を預けるための受付に行くと、褐色の肌の若くて綺麗な女の人がにこやかに対応してくれた。
マウロ王国の人は黒髪黒目で褐色の肌の人が多い。この人はマウロ王国の人なんだろね。
アルベルト王国の人は金髪碧眼の多くて、他の受付にはそういう人もいるから、ここは両国が共同で運営してるんだろうね。
「アルベルト王国侯爵家クールベルトの者です。書状はこちらに」
「拝見いたします」
フィーナはどこからか取り出した書状を受付のお姉さんに渡す。
あれには公務で王都に行くこととか、あたしたちの身分証明とか、いろいろを証明することが書いてあるみたい。
ちゃんと王様のサインと印もあるから、その効力はすごいみたいよ。
「……たしかに。お返しいたします」
中身を確認し終わると、お姉さんは書状をフィーナに返して、いくつか書類を書き出した。
今回は公務だから、いろいろの代金は王様に請求されるみたい。だから、いまここでは何とか代を支払ったりしなくていいらしい。
「それでは、馬車は皆さまがお戻りになられるまで責任を持って預からせていただきます。
砂漠を進むための騎獣の貸し出しはいかがいたしますか?」
書類を書き終わったお姉さんが顔を上げて尋ねてくる。
どうやら砂漠を越えることのできるラクダ的な動物を貸し出してるみたい。
「いえ、騎獣はこちらで用意があるので大丈夫です」
「……承知いたしました」
にこやかに答えたフィーナに、お姉さんはちょっとだけ驚いたような顔を見せた。
普通、アルベルト王国から馬車と一緒に砂漠越え用の騎獣を連れてくる人はいない。その分、手間もお金もかかるからね。
エサ代だってバカにならないし。
だから、だいたい商人なんかはここで騎獣を借りて王都を目指すらしい。
国営ってのもあって、それなりに安く貸してくれるみたいだし。まあ、万が一損失しちゃったらとんでもない損害賠償が請求されるらしいけど。
だから、貸し出しを断るのは珍しいみたい。だけどお姉さんはすぐににこやかな表情を見せて頷いてみせた。その辺はやっぱプロなんだね。
「最近、王都への道中でサンドワームの目撃情報がありましたので、くれぐれもご注意ください。軍が討伐に当たってますが、なかなか発見できないようなので」
「わかりました。情報提供ありがとうございます」
これで受付は終わりみたいで、あたしたちは受付を離れ、隣のフードコートみたいな休憩所に行くことにした。
いくつもお店があって、マウロ王国とアルベルト王国両方の美味しそうな料理が選べて人気の休憩所らしい。
けっこう人がいたけど、空いてる席を見つけて腰を降ろす。
とりあえず全部のお店からひとつずつ料理を頼んだ。
周囲がざわついたけど慣れたもんだね。
「ところで、サンドワームってなに?」
受付のお姉さんがバリバリにフラグ立ててったけど。
「砂漠に生息する巨大なミミズです」
「ミミズかぁ~」
この世界にもミミズがいる。
たぶん、ホントはミミズって名前じゃないんだろうけど、あたしの頭のなかではそう変換されてる。
とはいえ、アルベルト王国にいるミミズはいわゆる前の世界にいた普通のミミズとおんなじの。
「ちなみに、巨大ってどんぐらいおっきいの?」
「だいたい8メートルから10メートル。最大で50メートルのサンドワームが確認されています」
「うわーお」
ファンタジーな砂漠には付き物なヤツだけど、いや、そんなん気持ち悪くない?
「てか、そんなでっかいのがいて街とか国とかは大丈夫なのかい? 襲われたらひと呑みにされちゃいそうだけど」
「基本的に街には忌避結界が張られているので、魔獣や害獣の類いは近付いてきません。それにサンドワームは肉食ではないし、基本的にはおとなしい生き物なので特に問題はないかと」
「そーなんだ。でもそれならわざわざ注意を促す必要もないんじゃないの?」
「おとなしいとはいえ大きさが大きさです。あちらは移動しているだけでも気付かずにこちらを潰してしまうこともあります」
「あーなるほどねー」
「まあ、とはいえ、私たちには無用な心配でしょう。知能が低いとはいえ魔獣です。こちらの騎獣の気配に気付かないなどということはないでしょうから」
「そういや、用意があるって言ってたけど、あたしたちは何に乗って砂漠を進むんだい?」
そんなん連れてきてないけど。
「はーい! 僕だよー!」
「あ」
ケルちゃんが元気に手を挙げる。
そっか。ケルちゃんが魔獣の姿になって乗せてくれるわけね。
たしかにそれならそのでっかいミミズも避けて通りそうだね。
「とはいえ、騎獣の姿になるところを見られるわけにはいかないので、ここを出たらいったん森に入り、人目のないところで戻ってもらってから進むことにしましょう」
「おっけー」
前の世界でも砂漠なんて行ったことなかったから楽しみだね!




