163.いざ救出劇へ!ってわけにはいかないみたいで……
「……まず、ご存じのようにマウロ王国は王太子が他国に赴く際は必ず魔導天使が同行しなければならないという慣習があります。
そして、サリエルさんを呼ぼうとした日もちょうど他国を来訪中だったようで、場が落ち着くまでは来られないというので夜まで待つことになりました」
「……その他国というのが帝国だったわけか」
「……おそらく」
ミカエル先生はサリエルさんに来てもらったときのことをお兄ちゃん王子に話す。
そういや、あのときのサリエルさん、なんか忙しそうだったね。
「そういや、なんでマウロ王国はそんな慣習? みたいのがあるの?」
魔導天使の同行が必要とか、すごい過保護な気がするけど。
「あの国は歴史のある国ですからね。まだ各国間の条約も結ばれていない時期はいろいろと大変なこともあったのです。
かつて、一度国の王太子が他国を来訪中に暗殺されたことがあり、その影響でマウロ王国内が大きく乱れたことも。
それから、あの国では王太子の他国への訪問時には魔導天使が同行するようになったのです」
「なーるほどねー」
今みたいにちゃんとした国っていう括りが出来上がってなかった時代、最初に国として設立したマウロ王国がいろいろ奔走したってのは授業で聞いたよ。
結果的にはマウロ王国の形態を真似してそれぞれの国ができて、いろいろ争ったりもしたけど一応は国境を決めてちゃんとした国としてそれぞれでやり取りするようになったみたいだね。
「話を続けますね。
それで、その日はジョン君やクレアさんを帰したあと、ミサさんたちには放課後私の研究室に集まってもらい、夜にサリエルさんが来るまで待つことにしました」
「……」
ミカエル先生はさりげなくジョンたちのことを口にした。
お兄ちゃん王子に洗脳? 的なことをされてるから帰したんだぞみたいな意味合いで言ったみたいだけど、お兄ちゃん王子はぜんぜん気にしてない感じだった。
「……で、夜になるとサリエルさんから連絡が来ました」
あ、なんか魔導天使同士は通信の魔導具みたいので連絡が取れるみたいだよ。
携帯みたいなもんかね。
王族の人たちもいくつか持ってるみたい。
とはいえ、公爵家であるウチでさえ見ないんだから、相応レアなものみたいだね。
あたしはアルちゃんたちと念話できるからそこまで不便ではないけど。
「とりあえずは落ち着いたけど手短かに、とのことだったので、私があらかじめ渡しておいた転移の魔導具でこちらに呼び、サリエルさんにミサさんの記憶を読んでもらったのです。
そのときの詳細はそちらの書類にある通りですね」
お兄ちゃん王子が手に持つ書類のなかにサリエルさんのサインと印があるものがある。
そこにはサリエルさんがあたしの記憶を読んだ内容が書かれてる。
もちろん、内容は辻褄が合うように適当に作られたものだけど。
この世界には魔硬筆っていう魔導具があって、使用者が魔力を込めてその筆で書くと、それはその人が直筆で書いたって証明になるらしい。
公的な文書とか、王族の大事な書類やサインには必須のもので、それが書かれた文章プラスサインと印ってのはその人が責任を持って自分が書いたことの証になるんだって。
「……ふん」
お兄ちゃん王子はそれを軽く確認すると、脇にポイと置いた。
たぶん、その内容がホントじゃないってことを勘づいてるんだと思う。
「……そして、書類の作成が終わると彼はすぐに帰還を望みました」
そーなのよ。なんかすごい急いでる感じで、先生に早く転移してくれてって頼んでたよね。
「そのとき、おまえはサリエルをどこに飛ばしたのか分からないのか?」
「……今回はサリエルさんが相手で転移場所のイメージアップは彼に任せていたので、私は彼がどこに転移したのか把握していません」
「……そうか」
先生が人を転移させるときは基本的に先生が知ってる場所、行ったことのある場所に転移させるから、その場所のイメージを先生がして、そこにその人を飛ばすらしい。
そのイメージってのがけっこう難しいみたい。
でも、今回はサリエルさんだし、一応は互いに干渉しすぎないようにってことでサリエルさんがどこから来てどこに戻るのかは探らないようにしてたみたい。
カイルと一緒に他国にいるってことは国家間での話にもなってくるからね。
今回はそれが裏目に出ちゃったわけだけど。
「……ですが、彼が転移してすぐ、少しだけカイル王子との会話が私に流れてきました。もしかしたら、サリエルさんがあえて通信の魔導具を使って私にそれを聞かせようとしたのかもしれません」
「……ほう」
え? それは初耳だよ。
「その会話で2人はこんな話をしていました。
『サリエル。用事は終わったか』
『はい。お待たせしました』
『いや、かまわない。今を逃せば当分連絡できないだろうからな』
『……では、やはり?』
『……ああ。間違いない』
『……そうですか……殿下』
『……わかってる。多いな』
『今ならミカエルさんに助けを求められるかもしれませんよ』
『……いや、アルベルト王国に迷惑はかけられない。俺たちだけでやろう』
『……わかりました』
……そこで、2人の会話は終わりました」
「……多い、か。何者かに包囲された、と考えるのは考えすぎだろうか」
「……いえ、今にして思えば、あるいは」
お兄ちゃん王子はアゴに手を当てて考えてるみたい。
少なくとも、先生に助けを求めた方がいいかもしれない、アルベルト王国に迷惑がかかるかもしれないような事態にカイルたちが巻き込まれてるのは間違いなさそうだね。
「……ミカエルに会話を聞かせたのは、サリエルなりに万が一を憂いてか」
「……おそらくは」
「その通信の魔導具やサリエルに渡していたという転移の魔導具をもとに2人の現在位置をたどれないのか?」
「……先ほどから確認はしてますが、転移の魔導具は使い捨てですし、どうやら帝国に張られた結界に探知を阻害する効果があるようで、2人の魔力すらうまく探れないのです」
「……それが逆に、2人が帝国にいる証明にもなるか」
「ええ、そうですね。あるいは……」
「……2人がもうこの世にいない、か」
「……ええ」
「そ、そんな……」
とにかく、2人が大変なんだね!
「どうにかしなきゃ! 2人のこと助けにいかなきゃ!」
「……」
「……」
「……え?」
なんで2人とも黙ってんの?
「……とりあえず、王のもとに行きましょうか」
「……そうだな。マウロ国王からの直々の連絡だ。まずは父上の判断を仰ごう」
そう言って2人は部屋を出ていった。
あたしたちも慌ててあとを追う。
シリウスとクラリスもなんだか難しい顔してる。
「ね、ねえ。なんでみんな難しい顔してるの? 早く2人を助けにいく用意しなきゃでしょ?」
「……これは国家間の話なのです。友好国としての詳しい条約は知らないのですが、下手したらマウロ王国と帝国との戦争にアルベルト王国が介入するかどうかという話になるのです。たぶん、2人を救出に、少なくとも状況を偵察に行くかどうかさえ一概には決められないと思うのです」
「……そ、そんな」
たしかにカイルたちは違う国の人だけど、助けが必要な人もすぐに助けてあげられないのかい?
「……そんなの、おかしいよ」
「……ミサ」
「そんなのおかしい!」
「ミサさん!?」
「お、おい!」
だから、王様のとこについて、みんなでグダグダ言ってるとこでそう言い放ったんだ。
「困ってる人に手を差しのべてあげられないならなんのための友好国なんだい! そんな条約なら、そんなん捨てちゃいなよ!」
今こうしてグダグダ言い合ってる間も、カイルたちは大変な目に遭ってるかもしれないのに!
「……ミサ・フォン・クールベルト」
驚いた顔でこっちを見てた王様はすぐに落ち着いた様子であたしに語りかけた。
「……それは、我が国も帝国との戦争に加われと言っているのか?」
「……え? いや、そういうわけじゃ……」
「我が国の兵を派遣し、戦わせ、死なせ、あるいは帝国からの侵略を兵たちに命懸けで退けさせ、死なせ、あるいは国境付近にいる民の命を危険に晒し、それでもなお、君は他国の王太子の安否を確認するために動けと、そう言うのか?」
「……そ、そんなつもりは」
「……そんなつもりはなくとも、君が言っていることはそんなことに繋がるんだ。マウロ国王からの協力要請はあくまで手伝ってほしいというお願いだ。条約による強制力もない。我々としてはそのリスクを侵してまで他国の王太子のために動くべきかどうか、十分に吟味しなければならないのだ」
「……」
「……ミサ・フォン・クールベルト。そもそも一介の貴族令嬢である君に発言権はない。成り行きでこうなったが、本来ならばこの場にいることさえ許されない立場だということを自覚するといい」
「……」
お兄ちゃん王子にそう言われ、あたしは何も言えなくなった。
「……はぁ。クラリス。彼女と外に出ていなさい」
「……はい。行こ、ミサ」
「……うん」
お兄ちゃん王子に言われて、クラリスは申し訳なさそうにあたしの袖を引いた。
「……では、せめて斥候を向かわせるのはどうだろう」
「……いや、しかしそれだと……」
王様たちはもうあたしのことなんか忘れたみたいに話し合いを続けてた。
あたしはクラリスとアルちゃんたちと一緒に部屋を出ていくことしかできなかった。