16.また、ヤツがやらかすんだよ……
翌日。
戦術学の授業の教室に行くと、ミカエル先生しかいなかったので、昨日お父様が言っていた記憶操作云々の話を聞いてみることにした。
「んむっ!?」
が、そのことを言おうとしたら、バッ!と口を手でふさがれてしまった。
先生っ!顔が近いよっ!
「その話はここではしないように。
あとで、私の研究室に来なさい」
「ふ、ふぁい」
耳元でそう囁かれ、あたしはふにゃふにゃしながらも、何とか返事を返した。
「ミサ、顔が赤いぞ?
大丈夫か?」
「だ、だいじょぶダイジョブ!
モーマンタイね!」
「もー?」
そのあと入ってきたクレアにツッコまれたけど、きっとうまく誤魔化せたよ、きっと。
「あれ?
クレア、ほっぺたどうしたんだい?」
落ち着いてから改めてクレアを見ると、クレアの頬には絆創膏代わりのテープが貼られていた。
「え、ああ。
これは実践武術で、カーク先輩に手解きを受けてる時に木剣がかすってね」
クレアは照れくさそうにテープが貼ってある頬をかいてみせた。
「ほほう。
クレアの美しい顔にキズをつけたと?」
カクさん。
顔は女の命だよ。
しかも、私の推しのクレアの。
次に会うのが楽しみだねえ。
「い、いや、私の未熟さのせいさ!
カーク先輩は悪くないんだ!」
……ほほう?
「カーク先輩はすごいよ。
あの若さで、学生の身でありながら騎士団に所属し、王子の側近を任じられた。
いずれは国防大臣か大隊長だろう。
本当に、尊敬するよ」
……ほほほう?
クレアさん、そういう感じですか。
クールなあなたの頬が染まった姿もまた良きよ。
「……ミサくん?
私の話を聞かない組に、クレアくんを入れないでもらえますか?」
「「ひっ!すいませ~ん!!」」
その後の実践魔法の時間。
「えー、それでは、今日は特別パフォーマンスを見せてくれる方をお呼びしてます。
しっかりと見て、勉強するように」
「特別パフォーマンス?」
なんだいそれ?
なんか大道芸でもやるのかね。
「クラリス?
どうしたんだい?嫌な顔して」
「…………」
いつも笑顔のかわいいクラリスが、珍しく苦虫を噛み潰したような顔をしてる。
「はっはっはっはっはー!!
俺様、参上!!」
「えー、特別講師のシリウスくんです」
わーお。
「ミサ・フォン・クールベルト!
今日は俺様の華麗なる美技に酔うがいい!」
……なんか、そんな決めゼリフ言うキャラいたね。
びしって指差してきて、それはカッコいいつもりかね。
人を指差すんじゃないよ。
「本日は実戦形式でシリウス王子の戦闘を実際に見てもらい、みなさんの参考にしてもらいたいと思います」
ミカエル先生はそう言うと、懐から黒い真ん丸な水晶みたいのを取り出した。
「これには魔物が封印されています。
演習用なので、王子しか攻撃対象にはなっていませんが、余波に巻き込まれないように離れて見てください」
ミカエル先生に言われて、あたしたちは王子を囲うように円形に散らばって離れた。
「では、始めましょう。
シリウス王子、準備はいいですね?」
「うむ!
いつでも来い!」
……あんた、ミカエル先生にも偉そうなんだね。
それはすごいと思うよ。
「では」
王子が腰に差した剣を抜いて構えたのを確認すると、先生は水晶を上に放り投げた。
水晶にヒビが入り、空中でパァンッ!と弾け飛ぶ。
「うわぁーー!」
「ほ、ホントに魔物だっ!」
すると、割れた水晶の中から1体の大きな狼が現れた。
その狼はホントに大きくて、足だけでもあたしより大きかった。
おまけに頭が3つ。
うん、これ、ケルベロスだね。
あのミカエル先生、地獄の番犬を召喚しちゃったよ。
……うん、先生がこっちを見てる気がするけど、きっと気のせいだね。
そのケルベロス……長いからケルちゃんでいいかね。
ケルちゃんは3つの口からよだれをだらだら垂らして、物欲しそうに王子のことを見てる。
「王子ー!
頑張ってくださーい!」
「危ないですよ!
逃げてくださーい!」
「ケルちゃーん!
頭からいっちゃえー!」
え?最後のはもちろんあたしだよ。
みんな、そんな引かないどくれよ。
ただの冗談じゃないか。
あ、王子にそんなこと言ってることに引いてるんだって?
ならいっか。
「では……いけ!」
先生が命じると、ケルちゃんが王子目掛けて突進していった。
王子は肩に剣を担いだまま、悠然と笑ったままだった。
そして、ケルちゃんが王子を飲み込もうと大口を開けた瞬間、
《バーストフレア》
「ギャウンッ!」
ケルちゃんの口元が爆発し、その勢いでケルちゃんは大きく後ろに吹き飛ばされた。
「お、おい!
今の!上級魔法だぞ!」
「しかも、いま詠唱してなくないか?」
観戦してる生徒たちがざわついている。
どうやら、今の魔法はだいぶすごいらしい。
「どうした犬ぅっ!
まだまだこれからだぞっ!」
王子はそう叫ぶと、だんっ!と大きく踏み出し、ケルちゃんに一気に近付いた。
「ギャンッ!」
そして、ケルちゃんの頭の1つに生えている耳を剣で吹き飛ばした。
「まだまだぁ!」
《ライトニングボルト》!!
「ギャッ!」
王子が剣を空に掲げると、空から一筋の雷が落ちてきて、ケルちゃんに直撃した。
よろめくケルちゃんに王子は再び接近し、剣で次々にケルちゃんを切りつけた。
「きゅうぅぅぅん」
ケルちゃんは火傷に切り傷まで負って、すでに戦意を喪失していた。
「とどめだっ!」
そして、王子が高々とジャンプをして、持っていた剣を大きく振りかぶり、ケルちゃんの頭に剣を振り下ろした。
「ちょっと待ちなっ!」
「なっ!」
でも、ケルちゃんと王子の間にあたしが割って入ったことで、王子はあたしの直前で剣を止めた。
「ミ、ミサ・フォン・クールベルト!
なぜ邪魔をする!
危ないじゃないか!」
王子はあたふたしながら剣を鞘に納めた。
「こんな弱い者いじめして何が楽しいんだい!」
「よ、弱い者って、相手は魔物だぞ」
「だからなんだってんだい!
この子はもう戦う気がなかったんだよ!
それなのに殺そうとまでして!
どっちが魔物だか分かりゃしないよ!」
あたしがそう言ってケルちゃんを撫でてやると、ケルちゃんはくぅぅーんと鳴きながらすり寄ってきた。
「う!そ、それは、」
王子はしどろもどろしながら右往左往していた。
「だいたい先生も先生だよ!
あんなちっちゃい玉の中に閉じ込めて、出したと思ったら無理やり戦わせて!
ひどいと思わないのかい!」
「……魔物が人間に懐くことなどないはずなのですが……」
先生はあたしの言っていることは聞いていないようで、ケルちゃんに頬擦りされているあたしに驚いている様子だった。
ケルちゃん。ちょっと頬擦り痛いから加減してくれるかい?
「お、俺様は……」
「ふん!」
王子が何か言い出そうとしたけど、あたしは聞きたくなくて踵を返した。
ケルちゃんはあたしについてこようとしたけど、
「魔物を連れ歩くわけにもいかないでしょう。
ケガの治療も必要です。
この魔導水晶の中は拡張空間になっているので、快適で居心地も良いです。
魔力が充溢しているからケガの治癒も早い。
まあ、犬小屋とでも思ってください。
その子には一旦戻ってもらいましょう」
ミカエル先生にそう言われたので、あたしが促すと、ケルちゃんは大人しく水晶に吸い込まれていった。
「な、殴らないのかっ!」
王子があたしの去り際に何か言ってきた。
「殴る価値もないよ、今のあんたには……」
あたしのその呟きが王子に届いたかどうかなんて知らないし、どうでも良かった。




