154.え?あたしが落ち着ける時っていつ来るの?
「やぁ~っと戻ってきたか~! 俺様はもう心配で待ちくたび……じゃない! とにかく大変が大変なのだ! つまり、えと。とにかく、大変なんだ!!」
「あー、うん。よくわかんないし気持ち悪いからちょっと下がってくれるかい?」
ミカエル先生の転移魔法でアルベルト王国に帰った途端、これよ。
先生が言ってたように大変は大変なんだろうけど、ちょっと落ち着け。
「っと。ここは学院だね」
先生の転移魔法で着いたのは学院の、先生の研究室だった。
なんだか、そんなに久しぶりでもないのに懐かしい感じがするね。
「それで? 先生の話を詳しく聞かせてくれるかい?」
「……ええ。皆さん。とりあえず、どうぞおかけください」
先生に話を振ると、ソファーに座ってしっかり話を聞くことになった。
先生が人数分のお茶を淹れてくれる。
ジョンとカクさんは帰還の報告のために出ていった。ジョンは学院長に、カクさんは王様に報告するみたい。
だから、今ここにはあたしと先生以外にはクラリス、バカ王子、アルちゃんケルちゃんがいることになるね。
「……さて、結論から申し上げると、非常にマズい状況です」
「いや、それ結論じゃないから」
先生にしては珍しいボケだね。
「っと。これは失礼」
先生がメガネをくいっと直す。
どうやら先生も情報を精査しきれてないみたいだ。
「順を追って話しましょう。
まず、皆さんがリヴァイスシー王国に出発してすぐ、シリウス王子が兄であるゼン王子から呼び出しを受けました」
お兄ちゃん王子ってのはあの凱旋パレードで愛想振り撒いてたイケメンだね。
「そして、シリウス王子の婚約者であるミサさんと婚約したいと申し出たのです」
「いやいや、さっきも聞いたけど、なんで? なんでお兄ちゃん王子は急にそんなこと言い出したわけ?」
ウチはたしかにそれなりに位の高い貴族らしいけど、王族に近い家柄は他にもあるし、わざわざ弟の婚約者をぶん取ろうとする意味がわからんよ!
「……ゼン王子は、ミサさんのことを疑っています」
「疑ってる?」
なにを?
「ミサさんが、帝国のスパイなのではないか、と」
「はあぁぁっ!? すっぱい? スパイてあれかい? ミッションがインポッシブル的な?」
「……言っている意味はよくわかりませんが、概ねそのようなものだと」
なぜにあたしがスパイさんに?
え? あたしにそんなこと出来ると思う?
「……いや、もしスパイをさせるなら、ミサさんだけは選びませんね」
……先生。わざわざ人の考えてることを読んでまで言わなくても。
他のみんなもうんうんじゃないんだよ。
「……兄上は、それを口実にミサのことを調べるつもりだ」
「調べる?」
いつになく真剣な王子が呟く。
「表向きは婚約者として自分のそばに置き、裏では帝国のスパイとして調べ、その本命は……」
「ミサの能力を探るのね」
「……クラリス」
王子もコクって頷いてるってことはそうなのね。
「あたしの能力ってつまり、」
「属性や、それ以外のすべて、でしょうね」
「うーん……」
あたしは表向きは風属性ってことになってる。
目に見えないものを扱うって性質上、それが一番ボロが出にくいからってことで。
一応、闇属性はすべての属性の魔法を扱えるから、あたしはとくに風の魔法をメインに勉強してきたし、ミカエル先生たち以外には風属性以外の魔法は見せてない。
「まあ、属性についてはついででしょう。闇属性は希少ですが、私を含め、世界にいないわけではない。ポーション作成も重大ですが、これに関してはまだ情報をつかんでいないはずです。
なので、問題は魔獣との親和性と、魔獣言語の理解でしょう」
やっぱりそうなるよね。
「魔獣は世界における人類の脅威。そして時には、その対処のために安易に各国が戦争行為に出られなかったという背景もあります。つまり、魔獣は人類にとっての敵でありながら、世界を破壊しかねない戦争を抑止するための存在でもあるのです。
戦争で互いに疲弊したところを魔獣に襲われたら国が滅びますからね」
そこで先生がチラッとアルちゃんを見ると、アルちゃんはこくりと頷いた。
「その通りなのです。戦争は森を、自然を焼く。私たちはそんなことは許さない」
そう断言するアルちゃんに、ミカエル先生もこくりと頷き返す。
「そう。それに、魔獣の長には知性があります。なので、彼らが出てくるのは戦争をしている国々が疲弊しきったあとでしょう。互いに兵を、武力を消耗し、国力が弱ったところで魔獣の群れが両国を襲う」
「……スタンピード」
「ええ。そして、あとに残るのは魔獣に食い荒らされた惨状だけです」
「なるほどね~。帝国とかがやたらイキってるのにおっきな戦争がなかなか起きないのはそういうことがあるからなんだね」
てっきり威勢だけの坊っちゃん帝国なのかと思ってたよ。
「そうです。ですがミサさん次第で、それらは一気にすべてがひっくり返ります」
「あたし?」
先生が再びアルちゃんたちをチラッと見る。
「魔獣の長と言葉を交わし、使役する。それが何を意味するか、もう分かりますね?」
「えっと、つまり、その戦争を抑止してた魔獣さんたちに暴れさせないようにすることが出来るってことかい?」
「ええ。それだけではありません。魔獣自体を、兵器として使うことも出来る、ということです」
「へ、兵器だなんて! そんなことしないよ!」
そんな物騒な!
「……ふむ」
「へ?」
先生は少し考えたような姿を見せると、ふっとその場から姿を消した。
「きゃ……っ!」
「クラリス!?」
そして、クラリスの背後に現れた先生はクラリスの首もとにナイフを当てていた。
「せ、先生! なにをっ!?」
あたしはあたふたして驚いてるのに、他のみんなはやけに冷静だよ。
「……ミサさん。魔獣たちに帝国を襲わせなさい。でないと、クラリスさんを殺します」
「え? え? いや、ちょっ……」
「……と、例えばこんなやり方もあります」
「へ?」
先生はそう言うと、クラリスの首もとからナイフをどけて、元の場所に戻った。
「お、脅かさないどくれよ」
クラリスはびっくりしてるみたいだけど、他のみんなみたいになんか考えてるみたいだった。
「今のは一例ですが、もしゼン王子が同じ方法を取ったとき、ミサさん。あなたはどうしますか?」
「ど、どうするって……」
そんなの、どうすることも……。
「兄上なら、やりかねないな」
「……うん」
王子とクラリスが深刻な顔で頷く。
どうやらお兄ちゃん王子はそういう人らしい。
「そんな……」
「……つまり、彼にミサさんの能力を調べられるわけにはいかない、ということです」
「で、でも、お兄ちゃん王子はそのことは知らないんだよね?」
先生が記憶をどうこうしたり、いろいろ手を回したりして内緒になってるはずだよ。
「……そのはず、ですが、少なくとも疑惑を持っているからこそ、今回このような提案をしてきたのでしょう。
彼は国を守るためなら手段を選ばない。
そのためならば、ときに弟の婚約者を奪い、ときに妹の命を人質に取ることもするでしょう」
「そ、そんな……」
「「……」」
クラリスたちがうつむいてる。
どうやら心当たりがあるみたいだ。
「ですが、まだ疑惑の段階を出ていません。彼は確証を得られていないのでしょう。だからこそ、自身の婚約者にするなどと言う回りくどいやり方に出た。時間をかけて、自分の手元でゆっくり調べるつもりなのでしょう。いざとなれば、如何様にもできるように……」
「……」
「……だが、兄上はチャンスをくれた」
「……チャンス?」
「ミサが帝国のスパイだと疑われているのはミサに過去の記憶がないからだ。それが偽りではないことを証明しろと兄上は言ってきた。
つまり、兄上が納得できるだけの理由を提出することが出来れば、ミサは俺様の婚約者のまま、ということになる」
「……記憶」
そっか。
あたしには、クールベルト家に拾われるまでの記憶がない、ってことになってる。
だから、お兄ちゃん王子はじつはあたしが帝国のスパイで、記憶がないって嘘をついてるんじゃないかって思ってるわけだね。
……でも、
「……神の不在証明、だね」
ないことを証明するのは難しい。
「……それは、ミサさんがいた国の例えでしょうか」
「え? あ、う、うん。そうだね」
「ふむ。言い得て妙ですね。その目で確認できないことを証明するはできない。つまり、記憶のないミサさんに過去の自分を証明する術はない」
「……」
ホントは、ある。
だって、記憶を失ってなんてないから。
あたしは前世で死んで、その記憶を持ったまま、あの姿であの場所に現れたんだから。
……でも、それは……。
「……本当はサリエルさんならミサさんの記憶を引き出せるのでしょうが、彼はいま国から出られませんからね」
え? あ、そなの?
「……ミサ」
「クラリス?」
手詰まりかと思ってると、そこまで黙ってたクラリスが口を開いた。
「……あたしは、ミサが帝国のスパイなんかじゃないことを知ってる」
あ、そだね。クラリスとアルちゃんたちには、あたしの前世のことは話したんだった。
「クラリス。どういうことだ?」
「……ミサ。ここまできたら、2人にもホントのことを話した方がいいと思う。その上で、みんなでどうしたらいいか考えた方が、きっと……」
「……クラリス」
「……私も、その方がいいと思うのです」
「じゃあ、僕もー!」
「アルちゃん、ケルちゃん……」
……。
「……いったい、どういうことですか?」
首をかしげる先生と王子。
……そうだね。この人たちには、なんだかんだいろいろ助けてもらった。
この2人なら、クラリスたちみたいに信じられる。
ううん。
もし裏切られても、ここにいるみんななら、あたしは後悔しない。
今なら、そう思えるよ。
「……わかったよ」
「……ミサさん?」
「ミサ?」
「2人とも。驚かないで聞いてくれるかい? あたしはね……」




