150.あ~疲れた。ゆっくり休みたいね。え?お刺身あるの?わーい!
「……ありがとう嬢ちゃん。もう大丈夫だ」
「わかりました。あちらは無事に終わったようですし、アザゼルさんはゆっくり休んでください」
まだ顔色の良くないアザゼルをクラリスは気遣った。
「……そうだな。どうやら何とかしてもらったようだ」
「?」
アザゼルは海ではない方に目を向けながらそう言ったが、クラリスにはよく分からなかった。
「……いや、いい。とりあえずは皆と合流しよう。皆を運ぶ魔力は残ってないが、自分で泳いで戻るだろう。浜辺で待つとしよう」
「あ、はい」
そう言って歩き出すアザゼルにクラリスは手を貸し、2人はともに浜辺に歩き出した。
「ちょっとハイドー。あたしもそれ乗せてよ。もう疲れたよ、あたしゃ」
「あ、うん。掴まって」
「おいしょ、っと」
ハイドに手伝ってもらいながら海からボートの上に乗る。
体力も魔力もかなり消耗してるみたいで、海から上がると、どっと疲れがわき出てきた。
他のみんなは自力で泳いで浜辺まで戻るみたい。
みんなもずっと戦ってて大変だったはずなのに、やっぱり海人はすごいね!
「ミサ様。本当にありがとうございました。おかげで、リヴァイスシー王国は救われました」
「やだよ。あたしだけじゃない。みんなの頑張りがあったからだよ」
深く頭を下げるヒナちゃんに照れながら答える。
「いや、本当にミサたちには感謝してる。アルベルト王国の方々がいなければ、今ごろ我が国は滅んでいたよ。本当に、ありがとう」
「う、うん。お役に立てたなら良かったよ」
そう言って頭を下げるハイドは、なんだか国を治める人の顔をしてるような気がしたよ。
「ミサ。大丈夫なのです?」
「あ、アルちゃんケルちゃん」
ハイドが運転するボートでゆっくり浜辺に向かってると、アルちゃんたちと合流できた。
2人は海面を滑るように移動してる。
「ん。ちょっと疲れたけど大丈夫だよ!」
「そっか。それなら良かったのです」
あたしがぐっと力こぶを作ってあげると、アルちゃんはほっとした様子だった。
「それにしても、その水の上を移動する魔法便利だね。服も濡れてないし。今度あたしにも教えてよ」
「……たぶん無理なのです。けっこう高度な魔法なのです。10年ぐらいものすごい頑張れば、もしかしたら、だけど……」
「あ、そなんだ。じゃ、じゃあ、やめとこうかな」
アルちゃんが、「おまえには絶対無理だ」って顔してる。うん。オブラートに包んでくれてありがとね。
『ミサ。さっき、リヴァイアサンと契約してたのです?』
『え? あ、うん。そうみたい。なんか、あたしの魔力をお祭りのときにまた食べさせてほしいって。その代わり困ったときは助けてくれるんだって』
あたしたちと並走しながらアルちゃんが念話を送ってくる。
ハイドたちには聞かせたくない話ってことだね。
ケルちゃんはその間、ハイドたちと他愛のない話をしてくれてる。
『……なるほど。まあ、アレは自分の腹が満たせればそれでいいってタイプみたいだから、そのままにしておいていいと思うのです。
それにしても、一目見ただけで一方的に契約を成立させるとか、だてに世界の創世神を名乗ってないのです』
『あ、やっぱそれってすごいことなの?』
なんか気付いたら契約してたけど。
『普通、契約は高度な儀式や魔法、あるいはよっぽどの信頼関係がないと成立しないのです。最低限、両者の合意は不可欠。それを一方的に締結させるなんて、存在者として完全に上位なのです』
『ふ、ふーん』
ちょっとよく分かんないけど、リヴァイさんはすごいんだね。
『まあ、そんなすごい人が仲間になってくれたんなら良かったね!』
『……』
『アルちゃん?』
『ミサ。今のミサはたぶん1人で一国を滅ぼせるぐらいの存在なのです。それを少しは自覚した方がいいのです』
『……え?』
『もし、その力が他の人に、特に権力者にバレたら、形振り構わずミサを取りに来るのです。だから、絶対にいま事情を知ってる人以外には言ったらダメなのです』
『わ、分かったよ』
考えてみると、あたしが今まで出会った人たちはホントに良い人たちばっかだったんだね。
あのバカ王子だって、あたしをもっと良いように利用すれば、下手すりゃ王様にだってなれるんだろうし。でも、アレにはその気はなくて、国を守りたいって気持ちしかなくて。
他のみんなも、友達だからってことであたしのことを内緒にしてくれて。いろいろ付き合ってくれて。
『……ホント、みんなには感謝しかないね』
『……分かればいいのです』
『うん。アルちゃんも、いつもありがとね』
『……うん。私はミサが好きだからやってるからいいのです』
「あたしも大好きだよー!」
「ちょっ! 急に危ないのです!」
「わぁっ!」
「ミサ危ないっ!」
「あ、ごめんよ」
とにかく、一段落したら改めてみんなにお礼でも言おうかね。
「……あの2人は、見た目通りの年齢ではないようだな。水上滑走など、我が国ではアザゼルぐらいしか出来ないぞ」
ゆっくり海を泳ぐ王が隣を泳ぐカークに話しかける。
視線の先にはミサたちに並走するアルビナスとケルベロスの姿があった。
「……彼らは王族の護衛として同行している者です。申し訳ありませんが、私にはそれしかお答えすることが出来ません」
「……そうか。いや、手を貸してくれた者に無粋な邪推だったな」
「いえ……」
王がそれからアルビナスたちのことを聞くことはなかった。
どの国にも秘密にしておきたいことはある。
おそらくは、この国にとってハイドの発明品がそうであるように。
互いに余計な詮索は無用。
信用しているからこそ触れない。
その絶妙なバランスによって各国は友好的な関係を築けていると言えるだろう。
「いや、ホントーに助かった! 心から感謝を! ありがとう!!」
浜辺に戻って、みんなで焚き火にあたりながら体を乾かしてると、騎士団の人たちに指示を出し終えた王様があたしたちのとこにやってきた。
焚き火、っていうかキャンプファイアーみたいなおっきさだけど。
王様は何度も何度も頭を下げて、みんなの手を順番に握ってぶんぶんしてきた。
王様の隣にはアザゼルさんと、ハイドとヒナちゃん。
……ハイドとヒナちゃんがこっそり手を繋いでるのには、きっと王様以外の人はみんな気付いてると思う。
そういう感じなのね。おっけー了解かしこまりです。
「避難していた者たちはいま騎士団が呼び戻している。
結果的には多少のケガ人は出たが死者も家屋の倒壊もなし。おまけに長年の懸念であったリヴァイアサンの問題が解決し、加護となって返ってきたのだ。
万々歳だろう!」
ま、そうだね。
あたし的にも心強い味方ができたことだし、ハイドの引きこもりも解消されたみたいだし、良かったんじゃないかね。
「ん? そういえば、ツユのヤツはどこ行った?」
王様がキョロキョロして探してる。
そういや、あたしをハイドんとこに送ってからどこ行ったのかね?
「はいな、ここですー」
「おわっと!」
ツユちゃんはあたしの影から急ににゅって出てきた。
いや、心臓に悪い!
「どこで油を売っていた。おまえが参戦していればこれほど苦労しなかったかもしれんぞ!」
どうやらツユちゃんは凄腕らしい。
まあ、こんなふうに影から影に移動できるんだからそうだよね。
「私もけっこう大変だったんですよー。ミサさんをハイド殿下のとこに送ったり、ミサさんが泳いでるときに魔獣に襲われないように遠隔で退治したりー」
「あ、そだったんだね」
ツユちゃんはぷんぷんして大変だったアピールをしてる。
どうりで海の魔獣さんに襲われなかったわけだ。それは助かったよ。
「そ、そうだったのか。いや、すまない。助かったよ」
ぷんぷんツユちゃんに王様もたじたじだね。実際、ツユちゃんのサポートがなければあんなうまくはいかなかったかもね。
「……ツユ。少し来い」
「なんですかー? アザゼルさーん」
およ?
なんか険しい顔のアザゼルさんがツユちゃんの手を引いてっちゃったよ。
よし。ここはこっそり修得した闇魔法《地獄耳》(あたし命名)で。
『今回はリヴァイアサンが解決してくれたから深くは追求しない。だが、国にとって不利益になるようなことを企てるようなら俺は容赦なく突き詰め、断罪するぞ』
『わかってますよー。こわーい魔導天使さんにバレない程度に悪巧みしていきますー』
『……ちっ』
「おーい! 話は終わったか? これから皆で宴をするぞ! 2人とも手伝え!」
「いま行く!」
『……言っておくが、王はおまえの行動に感付いてるからな。その上で側に置いておいてくれる厚意を無下にはするなよ』
『……ふふふ。ホントに、お優しい王様で逆に困ってしまいますね』
『……おまえは有能だから使ってるが、尻尾を出せばすぐに切るってことを忘れるな』
『はーい』
……うん。
なんか、いろいろあるんだね。
うん。あたしは何も聞かなかった。
そうしよう。
きっと、足を突っ込むとろくなことにならない気がするよ。
え? お刺身あるの?
わーい!




