15.こじらせメイドのフィーナだよ
「いや、無理よこれ!」
あたしは家に帰ったあと、誰も入らないように申し付けてから、自分の部屋でミカエル先生から出された課題魔法の練習をしていた。
ところが、他の属性魔法はわりとすんなり初級魔法を発動できたのに、闇属性の魔法だけはうんともすんとも言わなかったのさ。
《黒玉》
《黒玉》
《黒玉》
「ぶらぁーっくぼーっくす!」
……ダメだこりゃ。
埒が明かんわ。
「お嬢様。
お食事の時間でございます」
あたしが不貞腐れてると、部屋のドアがノックされた。
あたしは慌てて闇の魔力を消す。
「あ、はーい!」
返事をするとドアが開き、メイドのフィーナが部屋に入ってくる。
「なんだか叫び声が聞こえておりましたが、魔法の練習ですか?
外まで聞こえてましたよ」
「ありゃま」
夢中になってて、いつの間にか声がデッカくなっちゃってたみたいだね。
フィーナはあたしがこの家に引き取られた時から面倒を見てくれている、あたし専属のメイドだよ。
あたし専属のメイド!
なんだいそれ!
知ってるかい?
この世界では、朝起きたら自動で着替えやら身支度やらをしてくれんだよ。
それどころか、お風呂でさえ自動だよ。
あ、メイドさんという名の自動ね。
最初はお風呂で全身洗われるのは恥ずかしかったし断ったんだけど、フィーナは問答無用だったから、さすがにもう慣れたよ。
これが貴族ってやつなんだね。
生まれた時からこんな甘やかされてたら、そりゃあ、あんな王子が育つよね。
あたしもあんな風にならないように気を付けなくちゃね。
「お嬢様。
まずは着替えを致しましょう」
「あ、そうだったね」
学院から帰って、そのまま部屋で魔法の練習してたから制服のままだった。
あたしが両腕を軽く開くと、フィーナが制服を脱がしてくれる。
「…………」
いつも思うんだけど、この時のフィーナは破壊力抜群なのよ。
仕事の邪魔にならないように結い上げられた黒髪はサラサラだし、伏し目がちになるから、長い睫毛もよく分かる。
おまけに前屈みになるから、メイド服から覗く控えめな胸元に、女のあたしでも目がいっちゃうんだよ。
「……本日も、お嬢様はお美しいですね」
……フィーナ。
パンツ一丁のあたしを見ながら言わないでくれるかい?
なんでいつも、こんときだけ仕事が遅くなるんだい?
「……ああ。このために生きてる」
……うん。お互いこじらせてるね。
その後、ようやくワンピースタイプの服を着せてもらい、あたしは家族の待つ部屋に向かった。
「それでは、いただこう」
お父様がそう言ってお祈りをする。
それに、お母様とお兄様も続く。
あたしは「いただきますとごちそうさま」しかしてこなかったから、初めはそれに違和感しかなかったけど、さすがにもう慣れたよ。
あたしも同じように胸の前で指を組んで、いただきますを5回ぐらい繰り返す。
お祈りの時間がちょうどそれぐらいなんだよね。
今日のメニューは牡羊のソテーにパンとサラダとスープ。
完全におフランス料理だよ。
しかも、めちゃくちゃ美味しいんだよね。
あ、ちなみに家では人並みの量しか食べないよ。
別に大量に食べられるってだけで、燃費的には通常量でいけるからね。
さすがに、あたしの食費で財政を圧迫させるわけにはいかないからねえ。
「ミサ。
学校の方はどうだい?」
お父様があたしに尋ねる。
普通、貴族の家では家族そろってご飯を食べることはあまりないみたいだ。
だいたい側室とかもいて、血縁関係が複雑だったりするからね。
でも、クールベルト家は正室であるお母様しかいないし、子供もお兄様とあたししかいないから、特に難しいことを考える必要もなく、毎日のように一家団欒を楽しんでる。
前の世界では、普通の一般家庭で育って、結婚してからも旦那と普通に生活してた身としては助かるよ。
変な後継ぎ闘争に巻き込まれたくはないし、せっかくならわいわいご飯食べたいからね。
「んー、そうだね。
勉強の方はまあまあかな。
運動は、もう少しかね」
学校では選択科目の武術系以外にも、体育のような授業がある。
あたしの最大の障害。
ジョンやクレアは言わずもがな。
クラリスもああ見えて意外と体力あるから、あたしは1人だけいつも置いてきぼりなんだよ。
「そうか。
ミサは運動嫌いだからな」
「まったく、少しは体力もつけないとダメですよ」
「へーい」
「返事は、はい!」
「は~い」
「まったく」
そんなやり取りを笑いながら見ていたお兄様が、思い出したように口を開く。
「そういえば、選択科目では実践魔法を選んだんだよな?
属性はなんだったんだい?」
う~む。
イケメンだね。
「あ、言ってなかったっけ?
闇属性らしいよ」
あたしがそう言うと、フォークがお皿に落ちる音が部屋に響き渡った。
3本分。
「え?
いや、聞き間違えかな?
ミサ。もう一度言ってくれるかな?」
ロベルトお兄様が首を振りながら、苦笑いを浮かべている。
「ん?
だから、闇属性だってば。
ミカエル先生と同じの」
「そ、そんなバカなっ!」
「いやいや、ありえない。ありえないわよ」
「…………」
皆のリアクションがすごいよ。
お父様に至っては黙り込んじゃったよ。
フィーナ、何とかして……あ、フィーナも思考停止してるね。
「え~と、なんか、ごめんよ」
あたしはとりあえず可愛らしく謝っといた。
いつもなら、これで何とか乗り切れるから。
「……ミサ」
「あ、はい」
……今回はどうやら乗り切れないみたいだよ。
お父様が真剣な表情でこちらを見ている。
「それを知っているのは何人ぐらいだね?」
「え、と、ミカエル先生と、スケさんと、あとは実践魔法を選択してる生徒たちだね」
「……そんなにいるのかっ!」
えっ?
何かまずかったかい?
「……いや、ミカエル先生と言ったね。
それなら、何とかなさっているかもしれない」
「あなた。きっと、うまく処理してくれているはずよ」
「ああ。そうであることを祈ろう」
「ちょ、ちょっと。
さっきからどうしたんだい?」
あたしが事態の深刻さを飲み込めずにいると、ロベルトお兄様がこめかみから汗を流しながら説明してくれた。
「ミサ。
いいかい?
闇属性持ちは世界でも数人しか存在していない。
この国でもミカエル先生だけだ。
そして、闇魔法は総じて危険であり、強力なんだ。
安易にミサが闇属性であることを他人に漏らせば、ミサの力を狙って、良からぬことを考える輩がミサを襲いにくるだろう」
「そ、そんな」
そんな大変なことだったんだね。
「で、でも、ミカエル先生はそんなこと一言も」
「……ミカエル先生は、闇魔法の練習はどんな環境下でやれと言っていたかね?」
「え、と、1人でやるか、ミカエル先生かクラリスがいる時だけにしなさいって言ってたね」
「……そうか。
クラリス姫は光属性なんだね」
「そうだよ」
「さすがに王族には隠せないと踏んだのか」
「ね、ねえ、ちょっと。
話が見えないんだけど」
あたしがそう言うと、お父様はようやくああとこちらを見て、説明してくれた。
「おそらく、先生は記憶操作の魔法を使って、ミサの属性が闇属性だと言う記憶を、生徒たちから消してあるはずだ」
「き、記憶操作って」
そんな物騒なことしてるのかい、さすがはミカエル先生。
「まあ、本当はいけないんだが、事情が事情だから仕方あるまい。
ミサも、自分の属性のことは安易に話してはいけないよ。
先生の言うことをよく聞いて、先生の指定した属性を名乗りなさい」
「は、はい」
なんだか大事だね。
「ミサ。
これはあなたの人生に関わることです。
今回ばかりは、ちゃんと言うことを聞くんですよ」
お母様。
大丈夫。今回だけはちゃんとするよ。
今回だけは。
「あとは、いずれ王から呼び出しがかかるかもしれないが、まあ、それはいいか」
いや、それは良くないんじゃないかな?
お父様?
最後にさらっと爆弾置いてかないどくれよ。
「フィーナ。
妻とロベルトにも強く言って聞かせたが、君も先ほど聞いたことは絶対に他言無用だ。
分かってるな?」
食事後、ミサの父はフィーナを執務室に呼び出していた。
今は部屋に2人だけだった。
「もちろんでございます、旦那様。
恩あるクールベルト家に不利益となるようなことは致しません」
フィーナはさも当然と言わんばかりに即答してみせた。
「ふむ。
おまえのことだからそう言うとは思ったが、念のためにな」
ミサの父はその返答を当然のように受け、頷いた。
フィーナのことを信頼していることが窺える。
「そもそも、私がお嬢様のためにならないことをするわけがありません!
私はお嬢様と出会ったあの日から、この生涯をかけてお嬢様にお仕えすると誓ったのです!
たとえ、クールベルト家が潰えたとしても、私はお嬢様にお仕えするのです!」
フィーナは目をキラキラさせながら、どこか遠くを見つめていた。
「……あー、娘への忠誠心は嬉しいが、ほどほどにな」
だいぶこじらせているフィーナに、ミサの父は苦笑するしかなかった。




