14.課題魔法は大変そうだよ
「我が研究室へようこそ」
授業後、ミカエル先生の研究室を訪ねると、先生は紅茶を淹れてくれた。
あたしはクラリスと並んでソファーに腰を下ろす。
「さて、2人をここに招いたのは、光と闇の属性と、その魔法について説明するためです。
極めて稀少、かつ強力なこの2つの属性を持つ生徒には、その使い方を誤らないよう、こちらで特別に講習を行うようにしているのです」
あ、ちゃんとした理由があったんだね。
先生の話を聞いてなかったあたしたちに対して、ホントに嫌がらせするためだと思ってたよ。
「まず、クラリスくん」
「あ、はい!」
「光属性は魔を払い、人の心の闇を浄化する力です。
人を傷付ける力ではなく、人を救う聖なる力。
だからこそ、光は敬われるのです」
なんだかすごいこと言ってるみたいだけど、前の世界なら完全にヤバい勧誘だね。
って、ツッコむのはやめとこうかね。
「そんな力を持つ君に与える課題魔法はこれです」
先生はそう言うと、左手を前に出して、手のひらを上に向けた。
《聖光》
「きゃっ!」
「ぶわっ!」
上に向けた手のひらから、輝く光の玉が現れたよ。
すごいまぶしい。
それにしても、驚く声ひとつとっても、ここまで女子力に差が出るもんなんだね。
たしかに、ちょっと気を付けようと思ったよ。
先生がその光の玉をつぶすように手を握ると、光もシュンと消えていった。
「この光は人の悪しき心を照らす力があります。
どうです?
なんだか、少し心が晴れやかな気がしませんか?」
え?
「はい。
なんだか、すっきりした気分です」
え、クラリスさん?
あ、空気読め的な?
「あ、あー、そーだねー。
なんだか、心がすっとしたよー」
相変わらず下手な演技だね、あたし。
子供時分に、主役をやりたいっていうあたしを、みんなが全力で止めた理由が分かったよ。
先生まで一緒になって止めるから、あん時ゃ、そりゃもうショックだったね。
悪かったね、みんな。
「……あ、闇属性持ちには効果が薄いので、無理して合わせないでいいですよ」
……先生。
笑いをこらえながら言わないでもらえますか?
わざとだよね?
え?
絶対わざとだよね?
「他の方はだいたい5日ぐらい期間を与えていますが、光魔法は使い始めが最も難しいので、8日間与えましょう。
それまでに、先ほどと同等の光量の《聖光》を成功させてください」
「わ、わかりました」
クラリスが困った顔をしてる。
困った顔もかわいいね、じゃなくて、そんなに難しい魔法なんだね。
頑張るんだよ。
「さて、次はミサくんですが……課題の前に確認しておきたいことがあります」
「へ?あ、はい」
なんざんしょ?
「《ファイア》をもう一度見せてもらえますか?」
「あ、はいはいって、ん?
あたし、先生に魔法見せたことあったっけ?」
ちゃんと使ったのは、王子を撃退した時だけだったと思うけどね。
「ああ。
私は学園全体に結界を張ってますからね。
結界内で使われた魔法が誰のどんな魔法かを感知できるんですよ。
私は生活指導も兼ねてますからね。
だから、私の課題魔法で誤魔化しは効かないのですよ」
なるほど。
すごいねえ、魔法って。
え?クラリス。そんなことできるのはミカエル先生ぐらいだって?
そうなのかい。
そりゃあ、とんでも先生だね。
「えと、《ファイア》だったね。
ほいっと」
《ファイア》
あたしの指先に点った小さな炎を見て、先生は首を傾げた。
「ふむ。
これを見てもらえますか?」
《ファイア》
先生があたしと同じ魔法を使うと、同じように指先に小さな炎が点る。
「あれ?」
でも、その炎は黒かった。
あたしの炎は普通のオレンジ色の炎だ。
「このように、本来、闇属性の持ち主は、他の属性の魔法を使うと、その色が黒に染まります」
先生はそう言うと、人差し指に炎を灯しながら、中指から順番に指を立てていく。
《アクア》
《ウィンド》
《サンダー》
先生の呪文に伴って、それぞれの指にそれぞれの魔法が現れる。
そのどれもが黒に染まっていた。
「それが闇属性持ちの特徴なんだね。
あれ?でも、それならなんであたしのは?」
あたしがそう言うと、先生はそれに合わせるように頷いた。
「そう。
そこが謎なのです。
そもそも闇属性の数が少なすぎて何とも言い難いのですが、少なくとも、今まで闇属性で、闇に染まらない魔法を使う者はいなかった」
それは、どうしたらいいんだい?
あたしは不良品なのかね。
それは、なんかヤダね。
「ふむ。
まずは、純粋な闇魔法を発動するところなら始めましょうかね」
あ、そうだね。
なるべく、簡単なのからお願いしたいよ。
「本当はいま私がやったものをやってもらおうと思ったのですが、残念です」
いや、それきっとものすごい難しいでしょ!
クラリスの顔色を見てたら分かるよ。
危ない危ない。
「闇魔法の初歩はこれです」
《黒玉》
先生が魔法を使うと、先生の指先に丸い小さな黒い玉が現れた。
「え、なんか、怖い……」
「え?」
クラリスがその黒い玉を見た途端、自分で自分を抱きしめて震え始めた。
え?抱きしめてあげようか?
ダメ?ちぇっ。
「これは光魔法とは真逆の作用を与えます。
つまり、人の心を不安に貶めるのです」
「なんか、嫌な魔法だね」
前の世界では、一番嫌いだった要素だよ。
「その認識は正しいです。
使い方を誤れば、簡単に人の心を破壊する。
それが闇魔法です。
だからこそ、使い手にはきちんとした良識が求められる。
その認識を持てているからこそ、貴女に闇が与えられたのかもしれません」
「なるほどねえ。
たしかに、そういう力を自分勝手に使う輩をあたしは許さないからね」
あたしがそう言うと、先生はあたしの頭にぽんと手を置いた。
「それでいい。
その信念を、曲げてはなりませんよ」
そして、優しく微笑んだ。
普段の氷の微笑みからは想像できないぐらい優しい笑み。
え、なにそれ。
そんな笑み、ずるいよ。
「あ、は、はい」
照れちゃって、ちょっとどもっちゃったよ。
「この魔法を練習する時は必ず1人で行うか、私かクラリスくんがいるところで行うこと。
クラリスくんと練習する時は、クラリスくんは絶えず《聖光》を発動しておくこと。
いいですね」
「はい」
「わかりました」
先生の真面目な表情に、あたしたちは神妙に頷いて応えた。




