138.あたしは鳥になる。なったんだよ
「デ、デカいっ!」
「まだ水平線だぞっ! ありゃあ、鯨よりデカいぞっ!」
集めた国民たちが口々に騒ぎ出す。
水平線から空を割るように伸びた長い巨体は否応なしに人々の恐怖を煽る。
「……ちっ。相変わらず無駄にデカい図体しやがって」
「……!」
王はアザゼルの呟きに違和感を覚えたが、今は遥か遠くに現れた脅威の対処をしなければと頭を切り替えた。
「……ひ、ひぃっ!」
魔法が使える国民の1人が大きくうねるリヴァイアサンに恐怖し、思わず攻撃魔法を放とうとする。
「あ、おい!」
アザゼルが慌ててそれを止めようとするが、すんでのところで間に合わず、手に持つ杖から小さな火の玉が放たれた。
「う、撃てっ!」
「俺もやるぞっ!」
「おいっ! おまえら落ち着けっ!」
アザゼルの制止も聞かず、魔法を使える人々が次々と魔法を放っていく。
「どうせあそこまでは届かん。それに火魔法は効果が薄いだろう」
王はその姿を達観した様子で眺める。
リヴァイスシー王国の人々は釣り上げた魚を処理するための火魔法や風魔法が得意で、しかも威力の弱いものがほとんどだった。
そんな彼らの魔法ならば、いまだ水平線にいるリヴァイアサンには届かないだろうという王の見立ては正しかった。
しかし……、
「……なんだ? 魔法が、伸びて……」
王がいつまで経っても消えない魔法に違和感を覚える。
「……いや、あれは、ヤツに吸い込まれている?」
アザゼルが言うように、人々が放った魔法は消えることなく、本来であれば外れているはずの魔法までリヴァイアサンのもとへと飛んでいた。
そして、やがてそれらの魔法はリヴァイアサンの蒼銀に輝く鱗に触れると、フッとその姿を消した。
「……き、消えた?」
人々が首をかしげていると、リヴァイアサンの首がこちらに向いたのだった。
「ヤバい! 気付かれっ……うわっ!」
「ひぃっ!」
そして、リヴァイアサンは吼えた。
その咆哮は衝撃で波が起こるほどに強力で、人々を震え上がらせたのだった。
「攻撃したらダメなのです!」
「な、なんだ君は?」
そしてそこに、常夏の海には不似合いな真っ白な振り袖を纏ったアルビナスが現れたのだった。
「アルちゃ~ん! 速いよぉ~!」
「ああ、ミサの連れか」
「あ、王様」
ようやくアルちゃんに追い付くと、そこにはさっきお城の窓から見えた勢揃いのみんながいた。
「それより、攻撃をしてはダメ、とは?」
アルちゃんがあたしの連れだと分かると、王様はしゃがんでアルちゃんに尋ねた。
ホントはアルちゃんの方がだいぶ年上だけど、子供に対してちゃんと接しようとしてるのが分かるね。
「リヴァイアサンは敵性攻撃を吸収するのです。魔力があいつの主な食事。だから、特に魔法での攻撃はダメなのです」
「……そうか。君がクラリス姫が言っていたリヴァイアサンの情報を知る者か」
王様はアルちゃんが言ってることをあっさりと信じてくれたみたい。
こんなちっちゃい子が言ってるのに、ホントのことを言ってるって分かるのかね?
「……それで? 敵性攻撃が出来ないなら、どうやってヤツを倒せばいい?」
「……」
王様からの問いにアルちゃんはしばらく黙ったあと、まっすぐに王様を見上げた。
「あいつは倒せないのです。すぐに民を連れて避難した方がいいのです。食事をしてしばらくすればまた眠りにつくのです」
「……なに?」
王様がアルちゃんの解答に眉間にシワを寄せてる。
ここまで用意して、国を捨てるなんて難しいよね、やっぱり。
「……それは出来ない。俺たちにとってこの国は生まれ故郷であり全てだ。俺たちはこの国を守る。何があっても」
「……」
王様の後ろにいる人たちも頷いてる。
勝てないと分かってても、国のために命をかけて戦うってことかい?
それで戦って負けて、残された子供と老人たちはどうすればいいんだい。
「……ねぇ!」
「……わかったのです。やるだけやってみるのです」
「……へ?」
「……なに?」
あたしが声をあげようとしたら、アルちゃんがコクって頷いてそう言ったんだ。
え? でも、リヴァイさんには勝てないんでしょ?
「ミサ! 速いよぉ!」
「クラリス姉ちゃん重いよぉ」
「ひどぉいっ!」
そこに、ケルちゃんに背負われたクラリスが現れた。遠くの方に頑張って走ってるハイドとヒナちゃんも見える。
「クラリス。私たちは後方からの攻撃なのです?」
アルちゃんはクラリスたちが来たことに気が付くと、くるりと振り返ってそう尋ねた。
アルちゃんはそのやり取りのときはいなかったはずなのに、状況を把握してるみたいだね。
「え? あ、うん。そうだよ。王が場所を用意してくれるって」
クラリスがそう言って王様の方を見ると、王様はこくりと頷いた。
「……ありがたい。あの高台はどうだろうか。ここからは見えない位置にあるが、裏道を通ればすぐに兵を向かわせられる」
王様は軽く頭を下げたあと、浜辺から少し離れたところにある小高い丘を指差した。
たしかにここから丘の上を見ることはできないからちょうど良さそうだね。
「……あそこでいいのです。まず私たちがいろいろやってみるのです。それでもダメそうなら、あとはもうみんなでやるしかないのです」
「……わかった。恩に着る」
アルちゃんがそう言うと、王様は改めて頭を下げた。
「でも、あんなデッカいのに、みんなはこんなとこから攻撃できるの? 剣とか、当たる前に潰されちゃいそうだけど」
「ま、やり方はいろいろあるのさ」
あたしが尋ねると、アザゼルさんがウインクしてみせた。
おっさんのウインクだけど、アザゼルさんはイケメンだから許されるね。
「……じゃあ、時間もないのでさっさと行くのです。ミサは私にしっかり掴まるのです」
「え? あ、うん」
アルちゃんにしっかり掴まるとかご褒美だからいいけど。
「じゃあ、行くのです。ケル。クラリスをよろしくなのです」
「おっけー」
「え? なにを……え? ひゃあぁぁぁーーっ!!」
アルちゃんはあたしが掴まったのを確認すると、ものすごいジャンプした。
そりゃもう、ものすんごいジャンプ。
ひとっ跳びで目標の丘まで行けちゃいそうな感じだね。
「はは……飛んでる。あたし、飛んでるよ」
「ひゃー! と、飛んでる~!!」
クラリス。一緒だね。あたしたち、鳥になってるよ。あはははは。




