134.リヴァイさんだって
「ほえ~。また魔獣の長さんが大変なんだね」
起きて、朝支度をメイドさんたちにしてもらいながら、扉の外にいるジョンからだいたいの話を聞いた。
なんでも、眠ってたこの地の長さんがもうすぐ目覚めちゃうとかで、国全体でその対応をするとかなんとか。
そんなタイミングで来ちゃうとか、あたしたちはやっぱり巻き込まれ体質なのかね。
「それで、支度が終わったらまた謁見の間に来てほしいって王が言っているようだから、終わったら一緒に来てくれ」
「あ、そなんだ。わかった~」
王様もいろいろ準備で忙しいだろうに、わざわざなんだろね?
まあ、何か力になれることなら手伝うんだけどね。
「皆、たびたび足を運ばせてすまない」
その後、謁見の間に着くなり王様はあたしたちに頭を下げた。
それまで忙しそうにアレコレと指示を出してたのに、あたしたちが来たのが分かったらわざわざ手を止めて対応してくれてる。
「いえ、とんでもないことでございます。お忙しいなかお時間を割いてくださり、ありがとうございます」
それに対してクラリスが応える。
昨日はバタバタしてたからあれだったけど、あたしたちのなかで一番位が高いのはクラリスだから、普通はクラリスが対応するみたい。
「うむ。もう話は聞いているかと思うが、この地に眠る魔獣の長が今にも復活しそうだという情報が入った。長は強力だ。
我々は国全体でその対処にあたる。すでに老人と子供は国境付近に避難を始めている」
「……それでは、万一の時はアルベルト王国で避難民の受け入れをするよう父上に伝えておきましょう」
「……話が早くて助かる」
クラリスは王様からそれだけ聞くと、すぐにそう提案した。
「我が国からも援軍を向かわせましょうか? 今から手配するとなると間に合うかどうか分かりませんが」
「いや、それには及ばない。早朝に確認したところ、それほど猶予もなさそうだ。避難民の急時の保護だけでも十分ありがたい」
「そうですか……」
王様の返答を聞くとクラリスはアゴに手を当てて考えるような仕草をしてる。
あたしにはよく分かんないけど、きっといろいろ難しいことを考えてるんだろうね。
「……あとは、我々の処遇ですね。避難民たちと合流して先導し、アルベルト王国とのやり取りを遅滞なく行えるようにしましょうか」
あ、そか。
あたしたちはあくまでお客さんだもんね。
来賓にケガさせたりしたら国際問題になりかねないから、海から離れたとこに避難しといた方がいいのかもね。
「……うむ。それなのだが」
ん?
なんか王様は考えがあるのかね?
「……我々に、手を貸してはもらえないだろうか」
「え?」
クラリスが驚いた顔してる。うん、かわいい。
どうやら意外な返答だったみたいだね。
あたしとしては初めからそのつもりだったから構わないんだけど。
ん? でもなんか、カクさんも微妙な顔してるね。
嫌がってるのかな?
「……個人的には構いませんが、それで何かあった時に困るのはそちらではないかと」
クラリスは最大限の配慮をして答えてるような気がするね。
万が一にも王族であるクラリスにケガさせようものなら、たしかに賠償金どころか、下手したら戦争かもしれないもんね。
「……それは重々承知の上だ。だが、海に生きる我らリヴァイスシー王国の民の魔法は海の魔獣の長には効きづらいのだ。
かつて、長を倒した時も旅の来訪者の力を借りたらしい。
つまり、我々だけでは長を倒すことが出来んのだ」
そこまで言うと、王様は再び頭を下げた。
「頼む! 皆のことは我々が必ず守る! かすり傷ひとつつけさせはせん! どうか、どうか我々に力を貸してくれ!」
「……」
クラリスはアゴに手を当てたまま深く考えてるみたいだった。
「……」
あたしはぜんぜんオッケーだよ! とか言っちゃいそうだったけど、さすがに我慢した。
王族同士のやり取りに軽々しく口を出さない方がいいんだろうなって思ったんだ。
あたしだって学習するんだよ。
「……ミサ。どう思う?」
「へ? あたし!?」
少しして顔を上げたクラリスはあたしの方を向いて意見を求めてきた。
え? なんであたし?
いくらアレの婚約者とはいえ、今は普通の令嬢でしかないんだけど。
まあ、でも、振られたからには思ったことを言っていいのかね。
「そりゃ、あたしはぜんぜん手伝うよ? でも、なんか国同士のいろいろがあるのかなって思って黙ってたんだけど」
「……そうだよね。やっぱり助けたいよね」
え? 後半聞いてました?
クラリスは決意を固めたように再び王様に顔を向けた。
「……わかりました。どれだけお力になれるか分かりませんが、微力を尽くしたいと思います」
「おおっ! 助かる! ありがとう!」
ぺこりとお辞儀をするクラリスに王様は立ち上がって喜んだ。
まあ、よく分かんないけど、とりあえずやるってことだね!
よっしゃ! 頑張るよ!
「……それで、具体的にはどのような作戦で?」
場所を変えて、今度は広めの会議室みたいなとこに集まった。
軍部のお偉いさんみたいな人とか、アザゼルさんもいる。
ハイドはいないみたいだね。
ヒナちゃんが皆にお茶を配ったりお世話をしたりしてる。
ツユちゃんは他のとこかね?
で、今度はクラリスに変わってカクさんが話を聞いていくみたい。
ウチとこの王国の騎士団として、戦闘面ではカクさんがあたしたちのリーダーだからね。
「……ふむ。まずは対象となる長についての情報を教えよう」
王様はそう言うと何枚かの紙をテーブルに並べた。
古い絵を模写したものみたいだね。
なんか、にょろにょろした蛇みたいのが海から顔を出してる。
え? てか、その端っこの方のちっこいのって人間?
え? めちゃくちゃおっきくない?
「これが海の魔獣の長。リヴァイアサンと呼ばれていて、当時は神格化され、信仰の対象になっていたようだ。
実際、水神として崇められるだけの力を持っていると思われる。現在では研究の結果、太古に滅んだとされる龍種の生き残りではないかとされている」
あー。なんか前の世界で聞いたことある!
蛇みたいな竜みたいな海に住んでるやつ!
てか、名前一緒なの?
あれかね。翻訳的なのがどうなってるか分かんないけど、あたしの知ってる一番近いニュアンスのに変換されてるのかね? よく分かんないけど。
「ちなみに、リヴァイスシー王国の名前の由来にもなっている。この国の建国の頃からいたとされている古い魔獣だ」
この国ってたしかカイルんとこのマウロ王国の次に古いんじゃなかったっけ?
その国が出来た頃からって何年前?
まあ、ケルちゃんたちだって、ああ見えて百年以上生きてるんだし、魔獣さんは長生きだから普通なのかな?
「……ん? カクさん顔色悪いよ?」
王様の話を聞いてたら、カクさんが顔を青くしてた。
どったの? トイレ? 昨日の貝が当たった?
「……勝てない」
「へ?」
「リヴァイアサンはこの世界の創造神の一柱とも言われる存在だ。人間は彼らに勝てない。
クラリス様。ここは我々も避難するべきです」
「え?」
カクさんに言われてクラリスが驚いた顔をする。
真面目なカクさんがクラリスの決定に異を唱えるのは珍しいんだろうね。
「……そうだろうな。無理を言っているのは分かっている。今からでも避難してもらっても構わない」
王様は残念そうな、申し訳なさそうな顔をしてる。
「……ん~。でも、王様たちは残って戦うんでしょ?」
「ああ、もちろんだ。国を捨てることはできない」
王様の言葉に周りの人たちも頷く。
皆の決意は固いみたいだ。
「それなら、今さらあたしたちも逃げたり出来ないよ。乗りかかった船だしね」
あ、そんなことわざあんのかな?
でも、海の国だしちょうどよくない?
「そうよ。ここまで来たらやるだけやりましょう」
「……助かる」
「……分かりました」
あたしとクラリスに言われてカクさんもしぶしぶ納得したみたい。
王様に何度も頭を下げさせるのも忍びないしね。
「そういや、そのリヴァイさんにはこの国の魔法が効きにくいんだっけ?」
「……ミサ。リヴァイアサンね。近所のおじさんじゃないんだから」
あ、そうそう。
クラリス、ツッコミ慣れてきたね。
「うむ。特に水系の魔法はほぼ無効化される。それ以外の魔法に関しても、そもそも魔力を吸収する特性があるために全般的に魔法抵抗力が高いものと思われる」
「つまり、魔法じゃなくて物理で戦わないとってことね」
「そうなるな」
こんな山よりでっかい竜相手に槍持って戦えと?
いや、無理じゃない?
「……バ」
「ん?」
「あ、いや、なんでもないよ」
バリスタとかカタパルトみたいのはないの? って聞こうとしたけど、この世界にそもそも攻城兵器があるのかどうか知らなかったね。
うかつに前の世界の兵器を話に出さない方がいいよね。
どっちにしろ、いちから造るのは時間的に無理だろうし、あたしは作り方なんて知らないしね。
「でも、こんなでっかいのどうやって攻撃するの? 剣も届かないよ?」
ケルちゃん。ごもっとも。
何か考えがあるのかね?
「……うむ。それに関してはいろいろ用意はしている」
あ、そなんだね。
「……だが、その鍵となる武器は果たして間に合うかどうか」
「鍵? なんか特殊な武器を造ってるの?」
「……ハイドが、自分の開発した武器を改良すればダメージを与えられるかもしれないと言っていてな。いま部屋に込もって開発に専念しているのだ」
「そうなんだ」
結局、昨日はちゃんと話し合えずに解散になったけど、あのあと無事に話し合えたってことなのかね?
「だが、そればかりに頼ってもいられない。我らで用意できるだけの武器は用意している。
君たちに関しては遠距離から魔法で攻撃を加えてほしい。わずかなダメージだとしてもやらないよりはいいだろう」
「おっけー」
ま、あたしはあんまり魔法は得意じゃないんだけど。
あ、そだ。
「そんときさ、あたしたちだけで遠いところからやらせてよ」
「!」
「そういうわけにはいかない。きちんと護衛をつける。命に代えても君たちを守ろう」
いや、そういうことじゃないんだけど。ありがたいはありがたいんだけどね。
「……王様」
あたしが困ってると、クラリスがあたしの意を汲み取って出てきてくれた。
「我々にも他国の方に見せたくない力というものがあるのです。我々の力を貸すのなら、そのあたりは配慮していただけると助かります」
さっすがクラリス! あたしの嫁!
内助の功だね! 末永くよろしく!
「……なるほど。たしかにその通りだ。では、君たちの希望通りにしよう。
そうだな。現場が見えない位置からいつでも駆け付けられる場所に兵を待機させるとしよう。それならいいだろう?」
「ええ。ご配慮いただき感謝いたします」
クラリスさん、素敵な笑顔っす。
これでケルちゃんとルーちゃんも本気出せるね。あたしはあんま役に立たないけど、2人はアルベルト王国の魔獣の長なわけだし、いい感じになりそうだよね。
「……」
「……」
ん? なんか2人とも顔が暗いけど、どったの?
お腹いたいの? 貝かい?
「……あとは、ハイドの方がうまくいけばいいんだが」
王様まで、心配そうな顔だね。
まあ、昨日まで引きこもってた息子にいきなりそんな重大任務を与えたら心配にもなるよね。
「……そうだ! ねーねー。ハイドのやつ。あたしにも手伝わせてよ」
「「「「「え?」」」」」
いや、なんで皆して「おまえがか?」みたいな顔すんの?
軍部の人。はじめましてだよね?




