133.また長さんが大変みたいだよ。あと、ジョンも大変みたいだよ
「……それで? 話というのはなんだ?」
深夜、王の私室に侵入したハイドをソファーに座らせ、王は自身も対面に座し、飲み物を口にした。
「……え、えっと、その」
ハイドは久しぶりに対面した眼前の父親に萎縮しているようだった。
「……そう緊張するな。今まで俺はおまえに対して王子として接してきたが、これからは父親としてもおまえと相対していきたいと思っている」
「……え?」
ハイドは父の言葉に驚いて顔を上げる。
すると、そこには優しくも、申し訳なさそうにしている父親の顔があった。
「……わ、わかった」
それを見て緊張がほぐれたハイドは持参していた資料をテーブルに広げた。
そこには王国に伝わる古い伝承や海に関することが書かれていた。
「……こ、これには、昔この国にはとてつもなく強力な魔獣の長がいて、それのせいで国が滅びかけたってある。そいつはかつての国王と魔導天使、そして旅の来訪者たちが協力して長を倒したって書いてあるけど、えっと……」
ハイドはそう言いながら、ガサガサと他の資料を上に出した。
「ここ。これには、魔獣の長はいまだ深い深い海の底で眠りにつくってある。
それに……」
「……」
ハイドはまた別の資料を引っ張り出している。
王はそんなハイドの姿をじっくりと眺めていた。
「これには、海に魔法を与えてはならない。国を滅びに導くだろうって書いてあるんだ」
「……ふむ。それで?」
「えっと、えっと……」
ハイドは慌てながらも懸命に言葉を紡ごうとしていた。
「つまり、かつて国を滅ぼしかけた魔獣の長はまだ生きていて、おそらく海の底で眠りについてる、あるいは封印されてる。で、海に魔法、つまり魔力を流すと、それが眠っている長に流れてしまい、長が目覚めてしまう危険性がある。
だから国は海への魔法の使用を禁止しているんじゃないの?」
「……」
ハイドの言葉を王は腕を組み、考えるように聞いていた。
「それで、あとこの資料を見て欲しいんだ」
「……これは、海洋調査の資料か?」
ハイドが提示した資料は海の資質調査の資料だった。
海水の温度や塩分濃度、魚の分布に至るまで、事細かに情報が記載されていた。
「これの、この部分。海中魔力の分布濃度のところを見て欲しくて」
「……こ、これは!?」
ハイドが指をさした部分の数値を見て王は驚きの表情を浮かべる。
「な、波打ち際からの魔力がすべて1ヶ所に流れてるんだ。それも、水平線の先の、とてつもなく深いところに。魔力の探査魔法は国の決まりに抵触しないように海面上を走らせるから深度はそこまで正確じゃないけど、明らかに魔力がそこを目指してる、ううん、そこに吸収されてるように思えるんだ」
「……」
「で、その数値だけを拾って年単位で見てみると、こうなるんだ」
ハイドはそう言って、自分で作成した統計資料を王に見せた。
「……増えている」
その数値は年を経るごとに増加していた。
毎年の海に流れる魔力量をほとんど変わらないが、その魔力の流れた先の魔力量はどんどん累積していた。
普通、魔力は自然状態で蓄積することはなく、使われなければ自然に還るのだが、これは明らかに意図的にそこに魔力が溜められていた。
「……こ、これ、とんでもない量だよ。そろそろ臨界点に到達するんじゃない?」
「……それはつまり、長が復活する、ということか」
「……」
王の呟きに、ハイドはこくりと頷く。
「……だ、そうだ。アザゼル」
「やれやれ、復活すんの早いんだよ」
「えっ!?」
王が突然名前を呼ぶと、魔導天使のアザゼルがいつの間にか王の後ろに立っていた。
苦虫を噛み潰したような顔で頭をボリボリとかいている。
「至急、国民に通達を。子供は避難させろ。面倒は老人に任せればいいだろう。女は、きっと逃げろと言っても戦うだろうな」
「違げぇねぇ。了解っと」
アザゼルはハッと笑うと、またその場からフッと姿を消した。
「……し、知ってたの?」
あまりに迅速な対応にハイドはぽかんとした顔をしていた。
「長のことに関しては知っていた。だが、復活の時期はもう少し先と思っていたのだ。国民には余計な不安を抱えさせまいと秘密にしていたが」
そこまで言うと、王はバッ! と頭を下げた。
「ち、父上!?」
「ありがとう。おまえのおかげで対策が取れる。このまま何も知らぬ状態で長の封印が解けていれば大変なことになっていた」
「……え、えと、その、い、いや」
初めて人に、しかも王であり父である人物に感謝され、ハイドは何ともむずがゆい気分だった。
「……おまえに、頼みたいことがある」
「え?」
「それは……」
「え、ええっ!?」
王はハイドに用件を伝えた。
ハイドは驚いていたが、
「……わ、わかった」
少し嬉しそうにしながら資料をまとめると、さっそく作業に取りかかろうと部屋を出ていったのだった。
「……」
王は1人になった部屋でソファーにもたれるように天を仰いだ。
「……旅の来訪者、か。因果なものだ」
王はそう呟くと、ソファーから立ち上がって動き始めたのだった。
「……にんにく!! ……んあ?」
なんだ夢かぁ。
でっかいお肉を焼くことになって、まずは大量のにんにくを熱々の鉄板に投入する瞬間だったのに。
「……ん?」
目が覚めると、なんだかお城のなかが騒がしかった。
あのあと、たっぷり魚介料理を楽しんだあたしたちはツユちゃんに部屋に案内されて、すぐにベッドに溶けるように寝ちゃったんだよね。
「ミサ! みんな起きろ!」
あたしが寝ぼけ眼をこすってると、ジョンがすごい勢いで部屋に入ってきた。
ジョンとケルちゃんとカクさんの男勢は隣の部屋で寝てたんだっけ。
「起きてるよ~。それより朝から騒がしいね」
「ん~?」
「なぁに~?」
ジョンの騒がしさに寝ていたクラリスとルーちゃんも起きたみたい。
2人の寝顔はマジ天使。うん。
「大変なんだ! 王様が全国民に勅命を出して! それで、その、大変なんだ! とりあえず大変なんだ!」
うん、とりあえず落ち着こうか。
なにが大変なのか分かんないよ。
「てか、まず……」
「ん?」
「出てけ~!!」
「わぁ~!!」
クラリスが慌てて喋っているジョンに向けて枕をぶん投げた。
ジョンがさらに慌てて部屋を出ていく。
え? そこまでする?
「ミサ! 前! はだけてる!」
「ん? おわっ!」
クラリスがあたしの方を指差すから自分の胸元を見ると、見事にパジャマの前が開いてた。
あ。って言っても全開じゃないよ?
真ん中だけ「I」の字に空いてる感じね。
ちょっとこのパジャマ胸が窮屈なんだよね。
「このバカっ!」
「いってぇ~!!」
外でジョンがカクさんにどつかれてる音がする。
どんまい、ジョン。




