132.親子って難しいよね
「……なるほどな。漁を楽にするための道具か」
「う、うん……」
筋肉祭りから解放されたハイド王子は自分の作った道具たちを王様たちに見せた。
さっきあたしたちに見せてくれた捕獲器や銛やスタンガン。他にもいろいろと。
そのどれもが皆の漁を補助したりするものだったんだ。
「……だから、海にも出ずに、ずっと部屋のなかにこもっていたのか?」
「……そ、それは」
王様にじろりと見つめられてハイドはたじろいでた。
いつもは陽気な王様だけど、こうやって気合い入れるとけっこう恐い筋肉ダルマだよね。
「……あのさぁ! 王様!」
「ミサ、待ってくれ。もう少し……」
「へ? あ、う、うん」
あたしが口をはさもうとしたらハイドに止められちゃった。
まだ自分で話したいみたいだ。
「……父上。僕は、海が恐い」
「……海が恐い?」
「べつに泳げないわけじゃないし、そういうことじゃない。
あの底知れぬ恐怖。皆を、民を呑み込んでしまいそうなあの広大さ。
僕にはまるで、海がとても大きな何かの口に見えるんだ。大きな口を開けて獲物が入ってくるのを待ってる……。
そこに、皆は恐れずに船に乗って入っていく。
……僕は、それが堪らなく恐いんだ」
「……」
なるほどね~。
海洋恐怖症的な?
前の世界にも海に絶対入りたがらない友達がいたね~。
「……おまえの言いたいことは分かった。
だが、それを言い訳に部屋に引きこもっていていいわけでもない。それは分かるな?」
「……う、うん」
王様はハイドの話を自分の中にしっかりと落とし込んでから口を開いた。
言われたハイドも申し訳なさそうにこくりと頷いてる。
「おまえはこの国の王子だ。いずれは俺の跡を継いで王となる身だ。王たるものやるべきことがなくなることはない。
おまえが引きこもって道具を作ったりしてる間も、本来は王となるべく学んでいかなければならない時間なんだ。
そして、それらはすべて民の血税から賄われる。おまえが部屋にこもっている間も運ばれてくる食事や着替えた衣類。あるいはおまえの世話をしてくれるメイドたちへの給金に至るまで、俺たちは民の納めた税によって生かされている。
ならばこそ、俺たちはそれを国を治めることで返さなければならない。
おまえの言い分は分かった。
だが、王として俺はそれを良しとは言わない。
……何か、言いたいことはあるか?」
「……ないよ」
王様にはっきりと言われて、ハイドは完全に俯いちゃった。
たしかに正論過ぎてぐうの音も出ないね。
……でも、なんて言うかさぁ。
「……今日は部屋に戻って休め。いろいろと考えたいだろう。明日、また話をしよう」
「……分かった」
「あ! 王子!」
「殿下!」
ハイドはこくりと頷くと、さっさと謁見の間から出ていっちゃった。
ヒナちゃんが慌ててそのあとを追う。
「そうだ、ハイド。その雷魔法を再現しようとした道具。海には使ってないな」
「……!」
げ。スタンガンのことだよね。
使ったよ。王子様、おもっくそ使いましたよ。
「……使ってない。僕には、使うために外に出る勇気もなかったから」
「……!」
「……そうか。ならいい」
っぶね~。
思わず声に出しちゃうとこだったよ。
ハイドがとっさに嘘ついてくれて助かったね。
でも、そこまで頑なに使用を禁止するのはなんでなんだろね。
あの時、べつに何も起こんなかったけどね。
ハイドは王様の返事を聞くと、今度こそ部屋から出ていった。
これはあとでケアが必要かね。
今はヒナちゃんに任せるとしようかね。
あたしはそれよりも……。
「……いや、客人の前でとんだ失礼を……」
「王様!」
「うぉうっ!」
照れ笑いする王様に急に声をかけたら王様は筋肉を揺らしながらびっくりした。
「ハイドはね。皆が心配だったんだよ!
海に出ていったまんま帰ってこなかったらどうしよう。死んじゃったらどうしよう。
そんなふうに考えて。
それに何より、王様たちのことが心配だったんだ!」
「!」
「王様もアザゼルさんもすぐ漁に出ちゃうんでしょ?
ハイドからしたら命を落とす危険がいっぱいな海に大事な人たちが行くことが嫌だったんだ。でも、非力な自分ではどうにもできない。
だから、せめて皆の漁が少しでも楽になればと思って、あんなにいっぱいの道具を発明してみせたんだよ。
ハイドは別に皆のおかげで暮らせてることを忘れて引きこもってたわけじゃない。
ちゃんと分かってたからこそ、そんな皆にいなくなってほしくなかったから、自分も何かの助けになりたいと思って道具開発をしてたんだ。
王様の言うことは分かるし、正論だよ。
でもね。
王様である前に、もう少しハイドの父親として息子の言葉を聞いてあげてもいいと思うよ」
あたしには子供はいなかったけど、あたしの両親はあたしの話をよく聞いてくれた。
あたしの気持ちも理解しようと努めてくれた。
親ってのはきっと、そういうもんだと思うんだ。
「……そうか」
王様は最初はびっくりしてたけど、あたしの言葉をちゃんと噛み締めてるみたいだった。
「王である前に、父親として、か」
王様は少し考えたあと、あたしに向かってバッ! と頭を下げた。
「お、王様っ!?」
いや、王様がそんな頭下げないどくれ!
「ありがとう。君のおかげで自分の愚かさに気付いたよ。俺は王を継がせるために、ハイドを王子としてしか見ていなかった。
だから、あいつがやっていたことをたいした理由も聞かずに棄却した。
だが、王としてではなく、父として、息子の話にもっと耳を傾けてやるべきだったのだな」
「……うん、そうだね」
ちょっとしゅんとしちゃった王様の肩にアザゼルさんがポンと手を置く。
この2人は王と魔導天使ってより、親友同士って感じなんだね。
「……今夜は俺もよく考えるとする。そして明日、息子と改めて話をしよう。
1人の父親として」
「うん。それがいいと思うよ!」
あたしがにかっと笑うと、王様もようやく元の良い笑顔に戻った。
「君たちもありがとう。息子の捜索で疲れたろう。
食事の用意ができている。たっぷり食べてゆっくり休んでくれ」
「わーい! ごは~ん!!」
「もうお腹ペコペコよ~」
ケルちゃんとルーちゃんが飛び跳ねて喜んでる。
どうやら、ジョンたちもお腹すいてるみたいだね。
あたしは……あ、ハイドのとこで食べたんだった。
てか、ケルちゃんも食べたでしょ。ま、あたしも食べるけど。
「……」
「……ん? クラリスどったの?」
なんか難しい顔しちゃって。お腹でも痛いの? 擦ろっか?
「……ううん、なんでもない」
声をかけると、クラリスはなんだか無理やりな笑顔を作ってるような気がした。
なんだろ。何かあったのかね。
その日の夜。
皆が寝静まった城内で1人姿を消して歩く影がひとつ。
「……」
それは王の寝室の前で立ち止まると、音を立てないように慎重に扉を開け、中へと侵入した。
「……」
侵入したそれはキョロキョロと周りを見回して、何かを探しているようだった。
「……動くな」
「ひっ!」
そんな彼の首に背後から剣を当てたのは王だった。
「俺の寝込みに侵入しようとはいい度胸だな。だが、そんな素人の気配を俺が察せないわけがないだろう?
アザゼルも急行するまでもないと判断するレベルだ。
戦闘のせの字も知らんようなヤツが夜中に何の用だ」
「……ひぃっ!」
王は侵入者にとびきりの殺気をぶつけながら問う。
侵入者は恐怖で固まってしまったようだった。
「……え、えと、あの」
「ん? その声は……」
王は見知ったその声に殺気を納め、剣を納めると部屋の灯りを点けた。
「……ハイド? どうしたこんな夜更けに?」
侵入者であった息子に王はぽかんとした顔を見せた。
「……え、えと、あの、父上にちょっと話があって。そ、その、それの確証を得るための資料を、先に探そうと思って……」
「話?」
王がハイドをよく見ると、両手にさまざまな資料を抱えていた。
「……!」
そして、王はその資料のなかに気になる単語を見つけた。
「……詳しく話してみろ」
「……う、うん」
王は上着を羽織ると近くのソファーにハイドを誘い、2人は話をしていくのだった。




