130.おばちゃんにお任せあれ!
「ミ、ミサ~。暗いよ~」
「ホントだね~。足元ちょっと濡れてるみたいだから滑らないようにね、ケルちゃん」
謎の地下への扉の中は下に続く階段だった。
手すりはあるんだけど、段が水かなんかで濡れてて、油断したら滑って転んじゃいそうで怖かった。
おまけに扉が閉まると真っ暗で、手すりにつかまりながら手探りでおそるおそる進まないと降りれないんだよね。
で、ケルちゃんはなぜかそんなあたしの後ろにしがみついて慎重についてきてた。
「ん? ケルちゃんって夜とかでも視えるんじゃなかったっけ?」
狼だし、真っ暗な森で過ごしてたんだから、べつに平気なんじゃ。
「いや、そうなんだけどさぁ。森は星もあったし皆もいたし。
で、でも、ここは暗いし狭いし、何があるか分かんないじゃ~ん」
「あー、まあ、そだね」
どうやらケルちゃんは暗闇というよりはこの閉鎖された空間と、何があるか分からない今の状態が怖いらしい。
きっと耳としっぽが出てたら、どっちもしゅーんってなってて可愛いんだろうね。
ホントは夜目が利くケルちゃんに先導してほしかったけど、ちょっと無理そうだね。
「そ、そういうミサはずいぶん平気そうだね」
「ん? ん~、そうだね。暗いとこはそんなにダメじゃないかな」
昔っからお化け屋敷とかもぜんぜん平気で、子供の頃はよくお化けさんに絡んで迷惑かけたもんだよ。
「それに、なんだろ。ちょっとずつ目が慣れてきた気がするよ」
「え?」
階段は灯りがまったくない真っ暗闇だったけど、しばらくするとぼんやりとモノの輪郭がつかめてきた。
これならもう少しすれば普通に歩けるようになりそうだよ。
「さ、さすがにこんなまったく光がないところで人間が闇に目が慣れることなんてないんじゃない?」
「え? ないの?」
「あ、そか。ミサは闇属性だもんね。闇に対する抵抗とか耐性みたいのが強いのかも。アルビナスも、ミサは魔獣への親和性が高いから魔獣に近い形質? を持っている可能性があるって言ってたし」
「そーなの?」
なんかよく分かんないけど、暗いとこでも目が見えるってのは便利だね。
で、しばらくするとホントにはっきり視えるようになった。
なんだろ。赤外線カメラの映像を見てる感じ?
「えーと」
その状態で改めて周りを見てみると、足元の階段は石造りだったけど、けっこうでこぼこしてて造りが荒かった。なんか、素人が造ったって感じ。
手すりも、長い木の枝を削って並べた感じだね。
上を見上げてみると、地面を削って無理やり固めたみたいな感じだった。トンネルみたいな滑らかな感じじゃなくて、もぐらみたいのがちょっとずつ削りながら進んでった感じ?
え? この先にもぐらさんがいるの?
「ミ、ミサ。なんかまた扉だよ」
「あ、ホントだね」
ケルちゃんがあたしの後ろから先を指差す。
そこには入ってきたのと同じ鉄製の扉があった。ただし、今度は横向き。ようは普通の扉だ。
どうやら下までたどり着いたみたいだ。
降りてきたのは1階分ぐらいかな?
ホントに地下室って感じなのかね?
「……ミサ。なんか、潮の匂いがする」
「え? あ、ホントだね」
ケルちゃんが鼻をひくひくさせながらそう言ったので、あたしも同じように嗅いでみたら確かに海の匂いがした。
「え? 開けたら海の中で水がどばーっ! って出てくるとかないよね?」
「や、やめてよ~」
ケルちゃんは怖がってまたあたしの後ろに隠れる。うん、かわいい。
ホントはそんなだったら水圧で扉が開かないことは分かってるけど、ケルちゃんがかわいくてちょっといじわるしちゃったよ、ごめんよ。
「だいじょーぶだいじょーぶ。こんな扉じゃそんなたくさんのお水に耐えられないから、そんなことないよ」
「ホ、ホントに~?」
あたしが頭を撫でながらそう言ってやると、ソロソロとあたしの後ろから顔を出してきた。
「っと。着いたね」
そうこうしているうちに階段が終わり、扉の前に着いた。
扉は外開きみたいで、階段からすぐに扉になってた。
「じゃ、開けるよ~」
「え!? もう!?」
あたしがさっさと扉を開けようとすると、ケルちゃんがびっくりしてた。
そういや、学生時代に誕生日のサプライズプレゼントとかで、箱の中身はなんだろなでプレゼントの中身を当てるゲームやったときも、ガンガンいって速攻当てて雰囲気ぶち壊したことがあったっけ。
もうちょい盛り上げた方がいいのかね。
よっし。
「さ、さあ。この扉の奥には王家の重大な秘密があるよ。これが暴かれれば王家もあたしたちもただじゃすまないかも。
ごくり……。
……準備はいいかい? ケルちゃん」
なんならCMはさもっか?
「……ミサ。演技が下手すぎるよ。もういいよ、さっさと開けてよ」
「え? あ、はい。すんません」
……解せぬ。
そうして、あたしは重い扉をさっさと開けたんだ。
「……ふう。ここまで来れば大丈夫だろ」
地下室に避難してきたハイドはようやくほっと胸を撫で下ろした。
持ってきていた水を口に含む。
「……」
ハイドは水を飲みながら、先ほどのクラリスの言葉が頭をよぎる。
『嫌いなのよ。民の納めた税のおかげで生活できてるくせに甘えたこと言ってるの』
「……そんなの、分かってるよ」
「ひゃー! まぶしいねー!」
「外だー!」
「ぶはっ!」
そこに突然ミサとケルベロスが現れて、ハイドは飲んでいた水を吹き出してしまうのだった。
「ひゃー! まぶしいねー!」
扉を開けると水が襲ってくることはなくて、明るい太陽の光が差し込んできてるのが分かった。
もう夕方になってきてるね。
どうやらここは浅めの洞窟みたいになってる入り江みたいだ。
けっこう広いドーム状の空間。
少し先には水面があって、そこから海に繋がってる。足元は普通の岩肌だね。
もともとあった洞窟を掘り進めて、お城の床までトンネルを繋げたのかね?
なんか、ケガした人魚を皆に内緒でここでお世話してあげてます、みたいな感じの場所だね。
え? 伝わる?
「外だー!」
ケルちゃんも閉鎖空間から出れて嬉しそう。
怖がってるケルちゃんもかわいいけど、やっぱり笑顔のケルちゃんが一番だよね。
「ぶはっ!」
「ん?」
あたしとケルちゃんが日の光に感動してると、ちょっと先で盛大に水を吹き出してる人がいた。
あれは……。
「あー! おーじ発見!」
「あー! メイド王子!」
「ミサ。ハイドだよ」
「あ、そかそか」
水をぷしゃー! してたのは探してた王子様だった。
「ごほっごほっ!」
「ああ、大丈夫かい?」
水が変なとこに入っちゃったのか、ハイド王子は苦しそうに咳き込んじゃってた。
「ほらほら。落ち着いて、ゆっくり呼吸しな」
あたしは王子に駆け寄って背中をさすってあげた。
「ハーッ、ハーッ……」
しばらくすると、王子はだいぶ落ち着いたみたいで、ゆっくりと体を起こした。
「……あ、ありがと」
顔を上げると、王子は気まずそうにお礼を言ってきた。
「いえいえ、あたしたちも驚かせちゃったからね。悪かったね」
てか、原因の十割があたしたちだしね。
「……君は、なんか怖くないね」
「へ?」
ハイド王子はちょっと猫背で、目だけを上に向けてこっちを覗くように見てきた。
ボサボサで伸び放題の前髪がほとんど目を隠しててあんまよく分かんなかったけど。
「まー、あたしはほら、人畜無害で有名だからさ! なんていうの、ほら。女神的な?」
「ミサ、それ自分で言うの?」
「……ああ、君はバカなんだね」
え? ひどくない?
「……でも」
ハイド王子はそう言うと、ふっとかすかに微笑んだ。
「それぐらいの方が、むしろ好ましいのかもしれないね」
「……?」
なんだか陰のある王子だね。
ただの引きこもりってわけでもなさそう。
なんか理由があるのかな。
「……ん?」
そのとき、視界の端で何かが動いたのが分かった。
「あ! あれは!」
あたしは懐かしいものを見つけてそれが置いてある水辺に駆け寄った。
「……それ、分かるの?」
王子も後ろについてくる。
置いてあったのは設置式の魚の捕獲器だった。
1回なかに入ると出れなくなるやつ。
懐かしいね~。子供の頃に造ったよ。
「分かるよ~。返しがついてて、1回入ると魚が出てこれなくなるんだろ?
あ、ほら! 魚入ってるよ!」
「!」
その捕獲器のなかにはおっきな魚が1匹入ってた。
よく見ると、ここにはけっこう魚が泳いでる。魚たちの集合場所になってるみたい。
「……それ、僕が造ったんだ。この世界にはまだないもののはずなんだけど……」
「……え? あ、そなの?」
え? こんなんもないの? この世界。
船でがんがん漁とかやってんじゃん。
「……この国は昔から男も女も漁に出たり、銛を持って素潜りで魚を取ってきたから、こういう設置型の、いわゆる罠みたいなものを使う文化がないんだ」
「あ、そなんだ」
たしかに、あのムキムキで強そうな人たちはこんなん必要としなそうだよね。
「……君は、一目見ただけで構造まで理解したんだね。思ったよりバカじゃないみたいだ」
「ま、まあねー」
知ってるじゃなくて分かるって言って良かった。ホントは見たことも造ったこともあるんだけど、この世界にないオリジナルだったわけだ。
あぶないあぶない。
「てか、この世界にはないオリジナルを自分で造ったの!? すごいじゃん!」
「……そ、そう?」
「そうだよ! 発明じゃん! それにこれを設置しとけば、その間に他のことも出来るし、皆の役に立ちそう!」
「こ、こんなのもあるんだ……」
ハイド王子はそう言って1本の銛を持ってきた。
刃がついてる方とは逆、柄の端っこにゴム状のヒモがついてる。
「これはあれだね。これを伸ばしながら一緒に銛を持って、海のなかでもゴムの反動で威力を出すやつ」
「……こ、これも分かるんだ」
王子は驚いた様子だった。
どうやらこれもこの世界にはないみたいだね。
あっちの世界では銛漁では欠かせない部品だったけど。そういや、この形態の銛っていつごろ出来たのかね?
てか、この世界の人たち、普通の槍みたいな銛で素潜り漁をしてんの?
めっちゃ力でごり押しだね。
そりゃムキムキにもなるよ。
「……初めて理解してくれる人に会ったよ」
ハイド王子はなんだか嬉しそうだった。
初めてってことは、今までこういう発明品はあんまり理解されなかったのかね。
まあ、たしかに、この国の人たちは言っちゃ悪いけど脳筋系な感じだし、罠とかあんまり使わなそうだもんね。
「そうだ。これも見てよ」
「んー?」
王子はちょっとだけ楽しそうに腰に差してたスタンガンを取り出した。
「これは雷魔法を魔法を使わずに再現したものなんだけどね。そもそも雷ってのは自然界に存在するものなわけで。存在している以上人類がそれを魔法によらず再現することは高確率で可能なんだよね。火を起こしたりするのと同じで。で、雷の発生原理を解き明かせばそれを人為的に発生させるのは不可能ではないと思うんだ。で、ほら。冬とかによくコートがバチバチなるだろう? あれもやっぱり雷の一種だと思うんだ。つまり、乾燥した状態で物体と物体を擦り合わせることで人為的に雷を発生させることは出来るわけで、それを元に構造的に相性の良い金属同士を組み合わせて、金属の棒に金属を巻き付ける形で暫定的に機構だけ組んだんだけど、肝心の魔力に代わる動力源がまだわからなくて、これは今はまだ魔法と魔力を術式にこめて、魔方陣を依り代に発動してるんだけど、いずれは魔力も使わずに雷を再現できるようにしたいんだよね」
「……お、おお」
なんかすごい勢いで喋りだしたね。
自分の得意な分野では饒舌になるタイプなんだね。
「そかそか。それでカクさんたちを痺れさせたわけだねー」
「……あ」
あたしの言葉で王子はそのときのことを思い出したのか、急にしゅんとし始めた。
盛り上がったり落ち込んだり忙しい子だね。
なんか、タイプは違うけどちょっとヒナちゃんみたいだね。
「……ごめんよ」
王子は曲がった背中をさらに曲げて頭を下げた。
今になって、やりすぎたと思って反省したみたいだ。
「まあ、いきなりムキムキ2人に取り押さえられたらテンパるよね。正当防衛ってやつじゃないかい? それに、謝るならあたしじゃなくて、あとで2人に謝んなよ。あたしも一緒に行ってあげるからさ」
「……うん」
あたしがそう言うと、王子はこくりと頷いた。
ちょっと変わったとこはあるけど、素直で良い子じゃないかい。
「……でも、なんで引きこもってたりしたんだい? すごい発明なんだし、べつにおおっぴらにやってもいいじゃないか」
そんな隠す必要なんてないだろうに。
わざわざこんな所を用意したりして。
え? てか、これ王子が1人で掘ったの? すごすぎない?
「……すごい発明か。そんなふうに言ってくれるのは君だけだよ」
「え? そなの?」
王子はなんだか悲しそうな顔をしてる。
「……この国の人たちはほら、あんな感じだろ?」
あんな感じ。
ムキムキで、はっはっはっ! って感じ?
うん、なんか分かるよ。
「だから、なんていうか、こういう卑怯な罠みたいなのは受け入れられないんだ。
漁っていうのは力と力の、命と命のぶつかり合いだって言って」
あー、言ってそー。
「……でも、僕は怖い。海が怖いし、それで負けて、皆がいなくなってしまうのが怖い。
だから、せめてそんな危ないことをする機会が少しでも減ればと思ったんだけど……」
「そっかー」
たぶん、そんなの臆病だ! とか言われたのかね。
海の男って、気持ちの良いやつが多いけど、無駄に変なプライド持ってるのが多いからねぇ。
男ってのは皆バカだからね。
「……ん~。よし! ここはあたしに任せときなさい!」
「……へ?」
「……ミサ。さすがに僕でも嫌な予感がするよ」
ケルちゃん、なんか言った?




