128.天才発明家なんだね。え?てか、またそういうのいるのかい?
「は、離せぇ~っ!」
うぅ~む。
上半身裸のムキムキな男2人に取り押さえられるひょろひょろ系男子。
なんだかとってもイケないものを見ている気がするよ。
「いやいや、その筋肉2人から抜け出すのは無理よ」
なんか、あたし悪の親玉みたいだね。
まあでも、こうでもしなきゃゆっくり話もできなそうだもんねぇ。
「……くっ! 意外と力が強いっ!」
「魔力で身体強化しているな。見た目通りじゃない。気を抜くなよ、ジョン」
カクさんとジョンが2人がかりで大変そうにしてる。けっこう細身なのに、やっぱりあの王様の血筋なんだね。
「……うぅ~」
ハイド王子は相変わらずジタバタともがいてたけど、とりあえず落ち着いて話そうと思ったから、王子の前にストンと腰を下ろした。
「ねぇ。ハイド王子。あたしはミサ。ミサ・フォン・クールベルト。
アルベルト王国の人間なんだけど、この国の王様に頼まれてあんたと話をしに来たんだ」
「……」
あたしが話し始めるとハイド王子はピタッと暴れるのをやめて、こちらをじーっと見つめてきた。
話を聞いてくれるのかね?
「ねえ。いつまでもこんな狭い部屋に閉じこもってちゃつまんないじゃないかい。ここから出て、あたしと一緒に遊ばないかい?」
そう言ってあたしは手を差し出した。
王様としては王子に後継者としていろいろやってもらいたいんだろうけど、まずは部屋から出てもらうこと。それが大事。
それには外は怖くない。楽しいところなんだって思ってもらわなくちゃ。
「……」
「お、王子? 聞いてるかい?」
王子はあたしの話なんてまるで聞いてないみたいにあたしのことをじっと見つめていた。
ん? 違うね。
視線がだいぶ下?
どこをずっと見て……。
「ミサ! スカート! 下着見えてるよ!」
「……へ?」
王子の視線の先を追うように首をかしげたクラリスに指摘されてあたしは下に目線を移した。
「……あ」
そしたら、しゃがんだことであたしの下着がバッチリ見えてた。
海のある国だからって、いつもより短めのスカートにしたのが仇となったみたいだ。
「おっと!」
あたしはそのまま床にぺたんと座って下着を隠した。
さすがに体は年若い乙女だからね。それぐらいの羞恥心はあるよ。
てか、ハイド王子はずっとあたしのパンツを凝視してたのね。
あ、ちなみにジョンたちには見えてなかったみたいだよ。
「……あっ! ……くっ!」
あたしが下着を隠したことで我に返った王子はどこからか取り出した不思議な機械を手に持った。
「ぐっ!!」
「ぎゃっ!」
「カクさん! ジョンっ!?」
そして、その機械を当てられたカクさんとジョンは一瞬ビクン! と痙攣したあと、王子を離してその場に倒れてしまった。
「……そ、それって」
立ち上がった王子が手に持っていた機械は先の方でバチッ! と電気が爆ぜていた。
あれ、まさかスタンガン!?
え? この世界に電気ってなかった気がするんだけど。魔法で雷を使ったりはあるけど、そんな機械で電気を発生させることは出来ないんじゃ。
「……」
「って、あっ!」
そんなことを考えてると、王子は今度は懐から別の機械を取り出した。
赤いボタンがついた手で握るような形をした小さい機械。
王子がそのボタンを押すと、王子の姿はふっと消えちゃって分からなくなっちゃったんだ。
「……き、消えた?」
みんなでキョロキョロ辺りを見回すけど、王子の姿はどこにも見当たらなかった。
「……匂いもしないよ」
「……熱も感知できないわね」
「……魔力もたどれない。本当にもうこの場所にはいないみたい」
「……すごいね」
ケルちゃんたちの報告に、あたしはただただ驚くばかりだったよ。
ハイド王子はどうやら天才発明家だったみたいだね。
「とりあえず部屋のなかを見てみよ。ケルちゃんは2人を見てて。ルーちゃんは王様に王子がいなくなっちゃったことを伝えてくれるかい?」
「わかったー!」
「はいはい」
あたしはケルちゃんとルーちゃんにジョンたちと王様のことを任せて、クラリスと一緒に王子の部屋を見てみることにした。
たぶん、あたしじゃ王子の頭良さそうなのを理解できないからね。
頭脳担当のクラリスさん頼りだよ。
けっしてクラリスと部屋でふたりきりになりたいからとかじゃないからね。うん、けっして。
「暗いねぇ~」
「ホント、よくこんなところでずっと過ごしてるね」
ハイド王子の部屋はすごく薄暗かった。
照明は机の上のランプだけ。
これは電気じゃなくて、火を灯すタイプのランプみたいだ。
「机の上にすごい量の紙があるね。なんか難しそうなことがいっぱい」
机の上は難しそうな分厚い本と、積み重ねられたレポート用紙みたいのがいっぱいだった。
書いてある内容はあたしには全然理解できない。
「……なんだろ、これ。
魔法を、魔法を使わずに再現?
簡単に、誰でも。
より手軽に。より便利に。
ん~。理論とか用途は難しすぎて分からないなぁ」
クラリスでも分からないって相当だね。
でも、その言葉とさっき王子が持ってたので分かったよ。
ハイド王子が研究してるのは科学だね。
前の世界で、人の世界の根本になってた力。
この世界では魔法があるからあんまりそっち方面は進んでなかったけど、王子はそこに着目したんだ。
姿を消す機械はよく分からないけど、その前のは完全にスタンガンだし。
あれは、魔法を魔法を使わずに再現したんだ。
その結果、前の世界の科学分野について研究する形になったんだね。
「……クラリス」
「ん? どーしたの?」
きょとん顔のクラリスもかわいいね! じゃない。いまはそういうんじゃない。
「カクさんは、お兄ちゃん王子があたしたちをこの国に行かせたんじゃないかって言ってたよね?」
「うん、そうだね。ハイド王子の引きこもりを直させようとしてるんじゃないかって」
「……そっか」
「それがどうかしたの?」
「あ、ううん。ちょっと気になっただけ」
科学の発展はイコール武器の開発に繋がるわけで。
スタンガンまで開発しちゃってるハイド王子なら、もしかしたら、いつかは銃とかまで作っちゃうかもしれないわけで。
そうなったら、魔法をたいして使えない兵士とか、それこそその辺の農民の人だって立派な兵士になるわけで。
それを、国民皆兵で全員戦えるこの国の人たちが手にしたら……。
お兄ちゃん王子はそれを警戒してるのかね?
でも、それならわざわざ引きこもってる王子を出そうなんてしないはずだけど……。
「うう~ん。あたしには分かんないね」
「どうしたの? さっきからなんか考えてるみたいだけど」
うん。顔を覗き込んでくるクラリスに癒されるよ。このままチューしちゃおうかな。
「ちょっとね。みんなが起きたら改めて話すよ」
でも、前の世界のこととか、科学とか銃とかのことを抜きで説明するのは大変そうだね。気をつけて話さないと。
そうしていると、外でバタバタと人が走ってくる音が聞こえてあたしたちは部屋を出た。
どうやら兵士さんたちが来てくれたみたい。
ツユちゃんもいる。
すでに王様とアザゼルさんとヒナちゃんは王子を探しに出ていったみたい。
2人を兵士さんたちに任せて、あたしたちも王子を探しに行くことにした。
「じゃあ、あたしはケルちゃんと、クラリスはルーちゃんと一緒に探そう」
「わかったー!」
「おっけー!」
「とりあえず、見つからなくても日が沈む頃にはお城に集合ね」
そうして、あたしとケルちゃんはお城を出ていったんだ。
「……はいー。そうですー。
2人は雷魔法のようなものでショックを与えられて気絶したみたいですー」
城の一角にある救護室。
そこに並べられたベッドにカークとジョンは寝かされていた。
体に異常はないということで、いまはツユだけが2人を見ていた。
「カークさんは首筋。ジョンさんはわき腹あたりに2本の火傷のような痕がありますね~」
ツユは部屋の窓際で魔導具を使って、2人の状態を報告しているようだった。
「……」
そしてそれを、カークはベッドに寝転びながら聞いていた。
先ほど意識を取り戻したが、何やらメイドが1人で話しているのが気になり、気絶しているフリをして聞き耳を立てていたのだ。
「はい~。ハイド王子はたしか水属性です~。雷魔法は使えないはずですねー。
これはやっぱり殿下のご想像の通りかとー」
「……」
ツユはのんびりとした口調ながら、自分のなかで考えをまとめたように話す。
彼女は見た目よりずっと老獪で賢い人物かもしれないとカークは認識を改める。
「はい~。そうですねー。
もう少し様子を見ようかと~。
クラリス殿下ご一行がハイド王子をどうするのか見てから動きますね~」
ツユはそれだけ言うと通信を切り、魔導具をしまった。
「ふんふふんふふ~ん」
「……」
ツユはご機嫌に鼻唄を歌いながら部屋の入口まで進む。
「……」
そして、そこでピタッと足を止め、ドアの方を向いたまま口を開いた。
「……私はスノーフォレストの子より先輩なんですよ~。あのときはスケイルさんが脅迫まがいのことをしたみたいですけどー、私にはそれは通じないので気を付けてくださいね~」
「……っ!」
穏やかな口調で発せられた言葉とは裏腹に、ツユからはとても冷たく鋭利な殺気がカークに向けて放たれていた。
それは、隣で寝ているジョンに気付かれないほどにピンポイントに向けられたもので、完全に訓練された者のそれだった。
カークはかすかに体を揺らしながらも、何とかそれにリアクションしないように努めていた。
「……ふふふ~。それに、今回は下手な詮索はしませんよ~。あなた方はあなた方のなさりたいようにしていただいて構わないですー。
そこで何が起きても今回は結果だけを報告すればいいと殿下には言われてるので安心してくださいねー」
ツユはそれだけ言うと、ドアを開けて部屋から出ていった。
それと同時にカークを襲っていた殺気もおさまる。
「……はぁっ!」
ドアが閉まると同時にカークはベッドから飛び起きた。
呼吸を乱しながら、カークは全身に汗をかいていることに気が付いた。
「……本当に、どこにでもいるんだな」
カークは自国の王子の恐ろしさに改めて気付かされたのだった。
「……むにゃ。肉、肉食べたい……」
「……皆にも、話さないわけにはいかないか」
カークはそう呟くと、よだれを垂らして寝ているジョンを起こすのだった。




