125.ヒナちゃんはがんばり屋さんなんだね。で、王様はすごい人なのかね
「はぁ……。では皆さん、お城に案内しますね。どうぞこちらへ」
「お、おおう」
ヒナちゃん、すでに疲労感がすごいんだけど。
あたしたちはさっさと戻ってしまった王様たちに取り残され、来たばっかのヒナちゃんにお城まで案内してもらうことになった。
「……はぁ。この国は数百年の歴史を持つ国で、おもに漁業を主要産業として扱っています。なかでも干物や加工食品などはスノーフォレスト王国にまで輸出できるため他国にも人気があり、同時にやはり新鮮な魚介類を楽しみたいということで観光で我が国を訪れる方も多いのです」
「な、なんか急にしゃべりだしたね」
ヒナちゃんはため息を吐きながら早口でこの国のことを説明し始めた。
あたしたちが来たらそう言って説明することになってたのかね?
でもなんか、あまりにもテンションが低すぎてちょっと怖いんだけど。
「だからこそ外交はとても大事で、他国からの、しかも王族の方々が来られるのだからしっかり対応しなければならないというのに、あのクソ陛下と来たらお客様に網を引かせる始末。しかも、あろうことか国を導く魔導天使であるアザゼル様でさえそれに同調するというアホの骨頂。
いや、ほんとマジで。アホなんじゃないの。この国の王族アホなんちゃうか。ホンマに」
なんで急に関西弁?
「あ、あ~っと、ヒナちゃん?
ほら、えっと、王族たちはあたしたちをもてなそうとして漁をしていたわけで。あたしたちも楽しかったし。
それにほら。気さくに接してくれて良かったな~、なんて」
「あのミサ様がフォローしている」
「ホントですね。あの娘すごいな」
「これでミサも私たちの大変さが少しは分かればいいね」
……みんな、聞こえてるからね。
クラリスはごめんなさい。
てか、助けて。
「いや、今回はたまたま皆さんが快い方だったから良いようなものの、お堅い他国の重鎮にもあの態度なんですから、ホント、いつかやられますよあれ。
というか、いつか私がやったろかな」
ヤバい。この子けっこうヤバい子だよ。
「……おまけに、後継者たる殿下まであの始末……」
ん?
「この国の王子様が何か問題なのかい?」
まあ、問題のない王子様なんて今までいなかったけどね。
イノスも真っ直ぐすぎてなんか不安だったし。
「あ! いえいえ、他国の方にお話するようなことではございません。
というか、今の声出てたんですね!
すみません。聞かなかったことにしてください!」
ヒナちゃんは慌てて両手をぶんぶん振った。
え? てか、今までの心の中の声だったの?
普通にしゃべってたけど。
こわっ。なんかこの子怖いよ。
「さ、さあっ! もうすぐお城ですよ!
行きましょう! レッツゴー!」
「あ! ちょっと待っとくれよ!」
「……ここでこれを、こうして、こうすれば……。いや、そうすると慣性が……。まずは行動力学の観点から考えてみて……」
真っ暗な部屋で1人作業する青年。
唯一の光源である卓上ランプに照らされる父親と同じ茶色の髪はボサボサで伸び放題。
痩せて落ち窪んだ目は暗く濁り、目の下にはすごい隈が出来ていた。
「……うん。試作はこれで完了。あとは実地調査をしたいところだけど……」
青年は1人でぼそぼそとしゃべりながら手を動かし続けていたが、作っていたものが完成したようで、ピタリと手を止めた。
「……外に、出たくないな」
青年はそこで大きな壁にぶち当たり、大きく天を仰いだのだった。
「……では、こちらでしばらくお待ちください」
ヒナちゃんは最後までハァとため息を吐きながら来賓用の部屋を出ていった。
何やらこのあともまだ大変なお仕事があるらしい。
あたしには頑張ってねとしてしか言えないよ。
「では~、ヒナに代わって私が皆さんのお世話をしますね~。ツユっていいます~」
で、そのヒナちゃんの代わりに部屋にいたのは、なんだかのんびりした感じのタレ目の女の子。
この子はメイド服を着てるからメイドさんなんだろうね。
ちょっとだけぽっちゃりした感じの子で、まあまあボリュームのある胸元をお持ちのようで。
「はい~。お紅茶でもど~ぞ~」
ツユちゃんはホントにのんびりした子みたいで、良く言えば優雅。悪く言えばマイペースって感じのメイドさんだった。
話し方ものんびりしてるから、なんか声を聞いてると眠くなっちゃうね。
「あ、おいしい!」
「ありがとうございます~」
ツユちゃんの淹れてくれた紅茶は香り豊かですっごく美味しかった。
ほのかに塩味?があるような気がする。
「これは、塩か?」
カクさんが紅茶を一口飲んで、すぐにそう言い当てた。
「そうです~。
リヴァイスシー王国特産の藻塩を隠し味で少し淹れると、紅茶の香りがより引き出されるんですよ~」
ツユちゃんは笑うと目が三日月みたいになってかわいい。
スノーフォレスト王国の王様もそうだったけど、あれと比べるのも変な話だね。
「ヒナちゃんはいろいろ大変そうだね」
お茶を飲みながら、この国のことをいろいろ話しながら、話題はさっきのヒナちゃんの話になった。
「ヒナはしっかり者なんです~。お城の人は個性的な人が多いので、ヒナちゃんがいつも走り回って頑張ってくれてるんですよ~」
あ、これ、奮闘してるヒナちゃんに感謝はしてるけど、自分のペースは崩さないやつだ。
まあ、ツユちゃんはなんていうか、それでも許されちゃいそうだけどね。かわいいし。
「そっか~。ヒナちゃん頑張ってるんだね~。
あ、そういえば、この国の王子様って何かあるのかい?
ヒナちゃんが気にしてたみたいだけど」
「ん~?」
あたしが尋ねると、ツユちゃんはアゴに人差し指を当てて考える仕草を見せた。
なにそれ、かわいっ。
「ハイド殿下ですかぁ~」
あ、ハイドってんだね。かっこいい名前だね。
「殿下はいわゆる引きこもりで~。ここ数年公の場には姿を現してないんですよ~。
ヒナちゃんは殿下の幼馴染みでもあるから心配してよく様子を見に行ってるみたいですよ~」
「あ、そうなんだ。なんか大変なんだね」
ツユちゃんはそうなんですよ~! と言って、両手を合わせて笑っていた。
なんか、この子もこの子もでちょっとズレてるみたいだね。
「……というか、そんな国家のデリケートな話を我々に気軽に話していいのか?」
カクさん、ナイスツッコミ。たしかにその通りだね。
「ん~。大丈夫じゃないですかね~。
陛下がご自分でよく皆に話してますし~。
陛下もアザゼル様も、他国の王に相談してるみたいですよ~」
「それはそれですごいね」
自分の国の後継者に問題があるってことを他の国の王様に相談するって、よっぽど信頼してるか、よっぽどのおバカさんかのどっちかだよね。
そのとき、部屋のドアがノックされて、ツユちゃんがドアを開けるとヒナちゃんが立ってた。
「ツユ~! ごめん! ちょっと手伝って~!」
どうやら準備に手間取ってるみたいだね。
「おっけ~。わかった~。
すみませ~ん。ちょっと行ってきますね~。
ご用があるときはそちらのベルでお呼びくださ~い」
ツユちゃんはのんびり返事をすると、紅茶のおかわりをあたしたちに尋ねてからヒナちゃんと一緒に部屋を出ていった。
「……後継者問題を他国に気軽に漏らすって、この国大丈夫なんすかね?」
あたしたちだけになった部屋でジョンがカクさんに話す。
やっぱりそう思うよね。
「……正直、普通ではあり得ないところだろう。だが、この国は強力な魔獣の多い海で長い間続いている。変わったところはあるが、おそらくそういったことに頭が回らないような方々ではないはずだ」
カクさんはあたしやジョンとは違う感想を持ったみたいだね。
「私もそう思う」
「クラリス?」
「条約を結んでて信頼してるから、とかっていう安易な理由じゃなくて、たとえば、この国がなくなったら水産物が大打撃を受けることになるぞっていう打算があるから、気軽にそんなことを言ってしまえるのかも」
なるほど~。後継者に問題があるからってことでこの国に攻め込んだりしようものなら損をするのはそっちだぞってことね。
「……それに、この国は強い、とシリウス殿下から聞いたことがある」
「そーなのかい?」
まあ、たしかに王様でさえあんなにムキムキなんだもんね。
「ああ。この国は国民皆兵といって、いざとなれば国民全員が戦えるんだ。他の国のように、いわゆる職業兵士というものがほとんどいない。城に常駐する兵士が少しいるだけで、有事の際には国民たちが槍を持って戦う国なんだ」
「へ~」
たしか、前の世界にもそういう国があったね。
「つまり国民全員が兵なわけで、まず数が桁違いだ。非戦闘員がいないから全員がすぐに戦いに移れる。
通常、そういった形態だと兵の練度に問題が生じるが、過酷な海が生活の中心である彼らは並みの兵士と同等かそれ以上に動くらしい。
つまり、下手に攻め込まれても返り討ちにする自信があるんだろう」
「そりゃすごいね~」
それに、だからこそ開けっ広げなのかもね。
そんなあっけらかんと後継者の悩みを打ち明けられたら、その国がこっちに攻めてこようとしてるなんて考えないもん。
自分たちの強みを生かしつつ、武力でもって牽制して、それでも馬鹿なことをする気はないよって伝えてるのかもね。
「……この国の王様って、なんかすごい人なのかもね」




