123.食べ歩きっていいよね~
「海! 海だよ! クラリス見て見て!」
「あっ! ホントだ! すごい!」
「わぁ~! 広い! 水がいっぱい!」
「ケルちゃんは海を見るのは初めてかい?」
「うん! アルベルト王国には湖しかないからこんな大きなのは初めて見た!」
「へ、へぇ~。あれが海なのね。端っこまで水じゃない」
「ルーちゃん、なんか引いてない?」
あたしたちはアルベルト王国の南に位置するリヴァスシー王国に入って、国境から馬車でごとごと揺られること数日。丘を越えたところで急に目の前に海が広がったんだ。
どうやらこの国の王都は海の近くにあるらしいね。
「あ! あの海沿いにあるでっかいのがお城だね!」
あたしは遠くにあるおっきなレンガ造りのお城を見つけた。
海風対策なのか、全体をぐるっとおっきな城壁で囲んでる。入口は海とは反対側みたいだね。
丘とお城の間には街が広がってる。街からそのまま海に繋がってて、港にはたくさんの船が停泊してた。
そういや、この世界に来て船を見たのは初めてだね。
アルベルト王国には海がないから今まで見る機会がなかったんだよね。海産物はあったけど、ほとんどが加工品だったね、そういえば。
新鮮な魚介類が食べれるといいね。
「リヴァスシー王国は海産物の取引で各国と友好な関係を築いている。アルベルト王国とも友好国として頻繁に通商を行っているんだ」
「へ~。やっぱり水産業が盛んなんだねぇ」
島国にいた身としては何だか親近感だね。
それに、ウチの実家も港町だったから、この磯の匂いがなんだか懐かしいよ。
って、思わず言っちゃわないようにしないとね。
「それに、王も魔導天使も気の良い方だから、きっとミサ様と気が合うだろう」
「そ、そっか~」
最近、カクさんはあたしのことを様付けで呼ぶようにしてるみたい。たまに忘れることもあるみたいだけど。
自分の上司の婚約者だからだろうけど、なんだか変にむずがゆい気分になるね。
それにしても、そっか。この国にもミカエル先生みたいな魔導天使がいるんだったね。
魔導天使とやらはなんだか理知的なイケメンってイメージが強いからね。今度はどんなのが出てくるか楽しみだよ。
「すごい活気だね~!」
あたしたちは街の入口で馬車を預けると、お城まで歩いて向かうことにした。
街に入ってみると市場がすぐにあって、露店なんかがずらっと並んでて、人通りも多かった。
まるで星雪祭のときみたいだ。毎日がお祭りって感じだね。
「おっ! こりゃ、べっぴんさんだね~。どうだい? イカ焼き、安くしとくよ~」
「ん?」
みんなでぞろぞろと歩いてたら、網でいろんなのを焼いてたおっちゃんに声をかけられた。
「わ~! イカにホタテに、エビまであるじゃないか~!」
「おっ! 嬢ちゃん、この国の人じゃなさそうなのに詳しいねぇ。他の国じゃ新鮮な網焼きは食べれないよ~!」
取れたての魚介に醤油みたいなのを垂らして焼いてて、なんとも芳ばしい匂いが!
ていうか醤油がある! 嬉しい!
「男前なおっちゃん! イカとホタテとエビ、あとそのおっきな貝もちょうだい!」
「嬢ちゃん分かってるねぇ! よっしゃ! 特別に一番でっかいの焼いてやる!」
「やった~っ!」
こういうときはノリと勢いが大事。
そういえば、前の世界のあたしのお父さんもよくかわいい観光客の子にサービスしてお母さんに怒られてたっけ。
「ミ、ミサ。なんだか慣れてるね」
クラリスはがんがん来る系の接客には不慣れなのかね?
まあ、王族だもんね。こういう下町的な感じはあんまり経験ないよね。
「わーい! おいしそ~!」
「はやく! はやく焼くのよ!」
「おっ! 肉みたいのもあるぞ!」
ケルちゃんルーちゃんジョンのバクバク三兄弟は早くも順応したみたいだね。
「……おまえら、まずは城に行こうと……」
あ、ごめんねカクさん。
今回はそういう役カクさんしかいないね、頑張って。
「お~いし~!!」
久しぶりの魚介! 久しぶりの醤油!
やっぱりこれだね!
日本の心だね!
ワビサビだね! 違うか? まいっか!
串に刺さった、焼いてもらった魚介類を両手に持って頬張りながら道を歩く。
ケルちゃんたちも同じ感じ。
みんな美味しそうにパクパク食べてる。
いっぱい食べるちっちゃい子はかわいいよね。
ジョンはでっかいけど、なんかおんなじ感じだよね。
「……あ、美味しい」
クラリスはこういうの初めて食べたみたいで、おそるおそるかじってたけど無事に美味しかったみたい。
あ、クラリス、口に醤油ついてるよ? 舐めてあげよっか? え? やだ? なんで? いいじゃん。ねえねえ。あ、ごめんなさいカクさん。冗談です。顔怖いです。ごめんなさい。
「……しかし、ここは良い意味で変わらないな」
「カクさん、この国に来たことあるの?」
街を歩きながら、カクさんがポツリと呟いた。
潮風に吹かれながらフッと笑みを浮かべる堅物イケメン。いいね。絵になるね。
「ああ。前にシリウス殿下とともにな。殿下はそのときも馬車酔いでダウンしていたが、今みたいに屋台でいろいろ食べるとすぐに元気になっていた」
なんか、その図が想像つくよ。
アレは単純だからねぇ。
「……変わらない、ということは存外難しい。隣国との緊張状態が続くような現状においては特にな。
他国の進歩に負けない勢いで歩み続けなければ、変わらないことなど出来ない」
「たしかにね~。
時代は常に進んでるからね。止まることは後退することを意味するもんね。変わらないってことは時代に沿うようにして歩き続けてるってことだもんね」
「……!」
あたしも前の世界では昔のことばっか押し付けるババアとか思われたくないから、姪っ子にいろんな流行りとか教えてもらってたしね。
ま、ウチの姪っ子の知識はけっこう偏ってたみたいだけど。
「ん? どしたの? カクさん」
そんな王子が豆鉄砲くらったみたいな顔して。
「……いや、おま……あなたでもそんなことを考えるんだなと思って」
いま、おまえって言おうとしたでしょ。あたし的にはカクさんはそのままの方がいいんだけどね。
「そりゃあねぇ。あたしってほら。知的なイメージでやってるじゃない?」
ふふん。
「……いくぞ」
「あ、ちょっと! なんかリアクションしてよ! あたしが思いっきりスベってるみたいじゃないかい!」
「ミサ~! 見てみて~! タコをぎゅ~ってしたおせんべいがあるよ!」
「わっ! ホントだ! 食べよ食べよ~!」
わーい!
「……一瞬でも見直した俺がバカだったな」
カクひゃん、ひゃんふぁ言っふぁ?
「陛下! 申し訳ありません! ハイド殿下がやはり部屋から出たくないと! ……あれ? 陛下?」
王子が部屋から出ないことを王に伝えに来た侍女はいるはずの王が部屋にいないことに気付き、首をかしげた。
「あ、陛下ならアザゼル様と一緒に海に行きましたよ。客人にうまいもん食わせるんだって張り切ってました」
「……え?」
部屋の掃除をしているメイドにさらっと伝えられ、侍女はポカンと口を開ける。
「もう! アルベルト王国からのお客様はすぐに来られるというのに!
みんな呑気すぎます!」
「ホントですよね~」
「~~っ!」
おまえもだよ! という言葉を押し殺して侍女は急いで海へと向かう。
王たちは呼び戻さないと、熱が入った王たちはきっといつまでも帰ってこないからだ。
「ああ~、もう。お客様、どうか早く着かないでくださいね~」
ミサたちの遅刻を祈りながら、侍女は海へと走っていった。
「ミサ~! あれも食べよ~!」
「あ、おいしそ~!」
「……おまえら、いい加減にしろ」
そして、侍女の願いは無事に届いたのだった。




