120.お兄ちゃん王子はイケメンだけど黒いらしいよ
「きゃーっ! ゼン殿下~!」
「こっち向いてくださ~い!」
「ああ、素敵ですわ……」
「もはや尊い……」
「あれがゼン王子……」
エレクトリカルなパレードみたいな行列の一番前。
お馬さんが引くおっきなトロッコみたいのに乗ってにこやかに手を振るイケメン。
それに歓声を上げるアルベルト王国の人々。
あたしはそれを路地からそっと見つめる。
なんでこんなパレードが催されてるのかと言うと……。
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「最近、ゼン殿下が国内外の国政に関わるようになっているんだ」
「お父様、ゼン王子ってたしかこの国の第一王子で王太子のだよね?」
つまり、アレ(シリウス)のお兄ちゃん。
「そうだ。今までは体調不良を理由にあまり表舞台には姿を見せなかったのだが、ミサたちがスノーフォレスト王国に出発して少し経ったぐらいから徐々に内政に関わるようになって、それからあっという間にさまざまな機関の役員に名前が載り、ついには国王の代理として外交まで行うようになった」
「へ~。すごいねぇ。まあ、体調が良くなったんなら良かったじゃないか」
王太子ってことは次の王様なわけだし、元気にやってもらって、しっかり引き継ぎしてもらわないと。
「ま、まあ、そうなんだけどね。そうなんだけど、そうじゃないっていうか……」
「?」
お父様はなんか言いにくそうにごにょごにょ言い始めた。
お兄ちゃんが元気になったら何がダメなんだろ。
「……ウチはね、一応シリウス殿下の派閥なのよ」
「お母様……派閥?」
お父様が言いにくそうだったのを見かねてお母様が代わりに説明してくれた。
「ゼン殿下は昔からあまり体調がよろしくなくて、王を継ぐには心許ないっていう人たちがいて、シリウス殿下を王太子にしようとする動きが以前からあるのよ」
「あ~、後継者争いってやつだね」
そういうの、前の世界ではよく聞いたよ。ドラマとかアニメの話だけど。
てか、アレを王にしようとするとか、みんな頭大丈夫? あ、ウチもか。
「そうなの。で、我がクールベルト家はミサがシリウス殿下の婚約者になるぐらいだから、当然シリウス殿下派なわけ。
ゆくゆくはゼン殿下には王太子から降りていただいて、シリウス殿下を王太子に据えようと水面下で動いてたのよ」
「あらま」
そんな大変なことをしてたんだね。
正直、あたし的にはくだらないとか思っちゃうけど、国の行く末を思ってのことなんだろうし、貴族に派閥争いみたいなのは付き物みたいだしね。
王様が病弱じゃ他の国に示しがつかないだろうしね。
「ん? じゃあ、つまり、ゼン王子はあたしたちの家の敵ってこと?」
そう言うと、お母様は苦笑いした。
「……敵、ってわけではないわ。同じ国を守る者同士だもの。
けれど、味方でもないかもしれないわね」
「そっか~」
政敵みたいなことだね。
国を守るってとこでは一緒だけど、誰が主導権を握るかで争ってる感じ?
方向性の違いでもあるのかね?
「ん? でもさ、それって肝心の王子同士はどうなの?
お兄ちゃんの方はよく分かんないけど、アレはそういうのに興味なさそうだけど」
前に、お兄ちゃんが王を継いだあとも国を守るために強くなったとかって話を聞いたことあるし。
「……ゼン殿下は少なくともシリウス殿下を警戒しているようね」
「そーなんだー」
「……それに、本人にその気がなくても担がれる時もあるんだ」
お父様がようやく復活してそう呟いた。
「まー、そういう時もあるんだろうけど、ウチもそんな感じで勝手に王子を担ぎ上げてるのかい?」
なんか、あんまりお父様のイメージじゃないんだけど。
お父様は宰相的なポジションで王様にいろいろモノ言える立場だけど、べつに偉ぶってないし、普通に良い人なんだよね。
「……ゼン殿下には、いろいろと黒い噂が絶えないんだ」
「黒い噂?」
それってなんか、悪い連中と関わりがある的な?
「その中でも最たるものが帝国との繋がりの噂だ」
「帝国!?」
帝国ってあの、西にあるおっきな独裁国で、スノーフォレストにスパイを放って魔獣さんたちに国を滅ぼさせるために先代の長を殺したっていう、あの帝国かい?
「でも、噂は噂でしょ? 確証もないのにあんまり人を悪く言うのは……。
それにお兄ちゃんがスノーフォレストに送ってたスパイは帝国のとは違かったみたいだし」
お兄ちゃんのはナイスバディーメイドさんで、帝国のはスレンダーメイドさんだったよね。
「……そのスパイは帝国が先代の長を殺したことを知っていたのではないかという意見もあるんだ」
「へ?」
「ゼン殿下のスパイは優秀だ。すぐに先代殺しの犯人にはたどり着いただろう。それでもゼン殿下は事が起こり、ミサたちがそれを収めるまで動かなかったんだよ」
「う~ん」
スノーフォレストが滅びるかもしれないのに放置してたってことかい。
それはたしかに酷いけど、まだ帝国と繋がってるって言うには弱い気がするね。
「そして、ゼン殿下の配下が帝国の領地に頻繁に入っていくのを目撃しているという証言もあるんだ」
「そーなんだね」
たしか帝国はいまほとんど鎖国みたいな状態で、アルベルト王国との行き来も禁じられてるって習った気がする。なのにゼン王子の手下はちょくちょく帝国に行ってるとなると、やっぱり何か後ろ暗いことを企んでるって思っちゃうよね。
「でも、帝国って世界を自分たちのものにしたい人たちでしょ? そんな人たちに協力して、お兄ちゃんは何の得になるの?」
帝国は、結局はこの国のことも狙ってるんだろうし、そんなとこに手を貸しても良いことはなさそうだけどね。
「……それに関してはまだ調査中だから何とも言えないね。だが、ゼン殿下は頭のキレる方だ。きっと何か考えがあるのだろうが、その底の知れなさが時に恐ろしくもなる……。
だから私たちはシリウス殿下を推していこうと考えているんだ」
「そっかー」
たしかにそれに比べると、あたしの婚約者のアレは底がすぐそこにあるぐらい分かりやすいもんね。
「そうそう。そういえば、今度ゼン殿下が外交先から帰ってくる時に凱旋パレードみたいなことをするみたいよ。外交を無事に終えたことと、王の後継者であることを改めてアピールする狙いがあるみたいね」
「へ~。すごいねぇ」
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てなワケ。
で、あたしは一応バカ側だから、ちょっと隅っこの方で一目お兄ちゃん王子を見てみようと思って来てみたわけ。
「……人が多すぎて息がつまるのです」
「ごめんね~、アルちゃん。いま調達班が食糧持ってくるからね」
あたしの隣でフード付きの外套を被ったアルちゃんがぼやいてる。
ちなみにケルちゃんとルーちゃんが調達班ね。
あたしがお兄ちゃん王子を見に行こうかなって話したら、3人もついてきてくれることになったんだ。
お父様たちも最初は反対したけど、あたしはお兄ちゃん王子と会ったことないし、3人がいれば安心だろうってことでオッケーが出たんだ。
そんなわけだから、今日のあたしは普通の市民の格好。
麻かな?で出来た簡単なふんわりした洋服。
スカートは赤のロングスカート。
これはこれでかわいいから好きだね。
「いや~、それにしてもすごい人気だね~」
お兄ちゃん王子がすぐ近くまで来ると、あたしの前で見ている人たちが熱狂し始めた。
お兄ちゃん王子はたしかにイケメンだよね。
王子と一緒で金髪だけど、サラサラしてて少し長め。肩に少しかかるぐらい。イノスと同じぐらいかな?
瞳の色までは遠くてよく分かんないや。
白をベースにした服にキラキラの装飾。それときらびやかなマントを羽織ってて、まさに王子様って感じ。
病弱だったって言うだけあって、肌はすごい白いしかなり細い。
これはたしかに世の女性がキャーキャー言うよね。
「あ、ほら。近くに来たよ……え?」
なんかいま、こっち見なかった?
観衆に紛れてるしかなり離れてるから気付かないはずなんだけど、気のせいかね?
「……おお!」
ウインクしてきた。
完全にバレてーら。
「はは……」
どうやら完全に見つかったみたいだから、あたしは諦めて手を軽く振っておいた。
するとお兄ちゃん王子は少し驚いたような顔をしたあとに、にっこりと満面の笑みを見せて手を振り返してくれた。
あたしの前にいた女の人たちが叫んで喜んでる。
うん、そうだね。
あたしにじゃないよね。うん、きっとそう。
そうことにしとこう。
じゃないと、なんかまた嫌な予感がしてきちゃうからね。




