114.つまらぬモノを見てしまった……。
「……」
「……反省したか?」
「……うん」
王子の優しい声が降ってくる。
なんで今ばっかりはこんなに優しいのかね、このバカ王子は。
「ならいい。この話はこれで終わりだ。
とりあえずミカエルが兵たちの記憶をいじってる間にあの魔獣の長を下がらせるぞ」
「……うん」
あたしが俯いてると、王子はそっと手を伸ばしてきた。
「……ほら。おまえがいないと言葉も分からんし言うことも聞かん。
おまえの力が必要なんだよ」
「……はい」
こんなあたしの力が必要だなんて言われて、少しだけ嬉しかった。
こいつには絶対に言わないけど。
でも、その時のあたしは素直に王子のその手に自分の手を重ねたんだ。
「……話はついたのです?」
長さんとアルちゃんのとこに戻ると、アルちゃんは人型に戻ってた。
王子と繋いだ手を恨めしげに見つめながらため息をついてる。
アルちゃんはきっと、こうなることが分かってたんだ。
「……うん。アルちゃん、ごめんね」
「……いいのです。ミサも分かったのなら」
「……うん」
分かったよ。
あたしが自分の立場や力を慢心してたことが。
「さて、とりあえず今のうちに、長には森の奥に戻ってもらう。そして、後日改めて国王と協定を結び直してもらうとしよう」
王子は気を取り直して、ちゃっちゃっと話を進めていく。
腐っても王子であり生徒会長でもあるからね。
実務能力はあるみたいだ。
「あ、待ってよ。その前に長さんがスタンダードを起こそうとしたのには理由があってね」
「スタンピードな。
それで、その理由とやらはなんなんだ?」
あたしは王子に先代の長さんがスノーフォレスト王国の人に殺されて、しかもそれが裏切り者の手による可能性があることを話した。
「……なるほど。帝国の息がかかった奴が潜んでいるわけか」
『ふん。そんな理由がなければ、こんな馬鹿げたことはせぬわ』
長さん。態度悪いよ?
王子のこと嫌いなのかね?
「……分かった。それも含めて俺様の方で国王と秘密裏に話を進めよう」
「……それは国王のことは完全に信用できると言ってるのです」
「ん? アルちゃんどゆこと?」
「……そうだな。頼みたくはないが、兄上の間者に国王のことも調べるよう頼んでおこう。
国王に事情を話し、共同で裏切り者の存在を探しながら、裏では国王がどう動くかを見るようにしよう。
それでいいか?」
『うむ。いいだろう』
あ、そか。
その裏切り者ってのが王様の指示でやってた可能性もあるってことね。
でもそうなると、スノーフォレスト王国が帝国と繋がってるってことになるからかなり厄介なんじゃ。
それに、自分の国が滅びるようなことを王様がやるかね。
「あらゆる可能性を考えるのが人の上に立つ人の仕事なのです」
あたしが頭に?マークを浮かべてると、アルちゃんがそう説明してきた。
王子や長さんはそのあらゆる可能性のひとつとして、それを警戒してるってことかね。
まあ、人間、頭の中では何を考えてるかなんて分かんないもんね。
『ふむ。では、とりあえず今回の件は貴様に任せよう。
ミサが信用しているなら大丈夫だろう。
貴様、名前は?』
「あ! あんたに任せるって。
で、名前は? って言ってる」
長さんが喋ると王子がこっちを向いたので翻訳してあげる。
ホントにあたしにしか魔獣の言葉は分からないんだね。
「ああ。任せてくれ。
俺様の名はシリウス・アルベルト・ディオス。アルベルト王国の第二王子だ」
王子はそう言うと、すっと右手を差し出した。
ちなみに左手はいまだにあたしの手を握ってる。そろそろ離してほしいんだけど。
『我はタマモ。金毛玉面九尾の狐にしてこの地の魔獣の長である」
「えっ!?」
長さんは自己紹介をしながらどんどん体がちっちゃくなっていって、大人の男の人ぐらいの大きさになった。
ていうか、男の人になった。
しかもイケメン。
金髪赤目。
すらっと長身。
王子と並ぶと圧巻のイケメン2人組。
……そして全裸。
「いや! 服っ!」
「服? なんだそれは?」
「貴様っ! ミサになんてものをっ!」
「……切り落とすのです」
「わーっ! アルちゃん刃物はやめて!」
あんたも腰に手を当てて強調しないのっ!
「……ロベルト様。これ、私たち完全に忘れられてますよね」
「……ああ。こんな大量の魔獣の中に置いてかれてどうすればいいんだ」
そんなドタバタのせいで、あたしはお兄様とフィーナを魔獣さんたちのど真ん中に置いてきたことをすっかり忘れちゃってたんだ。
ごめんよ、2人とも。
あとでちゃんと謝るからね。
「ミサ~っ! どこにいるんだ~っ!
ていうか、ここどこなんだ~!!」
あ、クレアのことも忘れてた。
「……はぁはぁ。
そ、そういうことだったのね」
スケイルを尾行・監視していたメイドは森の中を走っていた。
ミサが魔獣の長の背に乗って現れ、スケイルがミカエルを召喚した瞬間に彼女はその場を離れていた。
「なぜシリウス殿下の婚約者に過ぎない彼女を準監視対象者にしたのか。
それがずっと疑問だったのよ。
……魔獣の懐柔。あるいは操作、支配。
魔獣は世界の脅威。
もしそれを意のままに操れるとしたら……敵に回したら恐ろしい脅威に、そして味方に引き入れたのなら世界を手にすることすら……。
ゼン殿下はきっと、その確証を得るために私に彼女の監視を命じたのね」
アルベルト王国の第一王子であるゼン・アルベルト・ディオス。
彼のスパイである彼女はここにきてようやく主の真意を知った。
「……そうなんですよ。なので、それをあなたに報告されるわけにはいかないんですよ」
「!!」
突然、進行方向から声をかけられてメイドは足を止める。
樹の陰から姿を現したのはスケイルだった。
「……スケイル、様……」
メイドはこめかみから汗を流しつつも長いスカートの中に手を入れて、太ももに取り付けたホルスターからナイフを取り出して逆手に構えた。
「やれやれ。言ったはずですよね? あなたが見るであろうことを見なかったことにしてほしい、と」
スケイルは武器を構えるメイドに対して余裕を持った態度で接する。
「……それはあれのことを言っていたのですね。まさかあんな能力を持つ人がいるなんて……」
メイドはじりじりとスケイルと距離をとりながら隙を窺っていた。
「……見なかったことには出来ません。あれほどの能力。ゼン殿下ならば有効に活用できるはずです」
そう語るメイドはそれを信じて疑わないといった目をしていた。
「……だから、ミサさんをあの方に渡すわけにはいかないんですよ」
そんなメイドを見ながら、スケイルは悲しそうに呟くのだった。
「……逃げられは、しないのですよね?」
「ええ、もちろん」
メイドはスケイルに笑顔でそう言われ、一度息を吐いてからナイフを放り投げ、両手を上に上げた。
「……どうしたら、見逃してもらえますか?」
この期に及んでまだゼン王子に報告しようとするメイドにスケイルはため息を吐く。
「やれやれ。そこまでして任務を遂行したいですか」
「……ひっ」
そして、一瞬にしてメイドの周りを無数の水の刃が囲う。
「あなたの選択肢は2つです。
おとなしくミカエル先生に記憶を消されるか、ここで私に殺されるか。
どちらにしますか?
ああ。だからいずれにせよ、あなたの家族は無事ですね、良かったですね」
「……く」
感情のない顔で問われ、メイドは顔を歪ませる。
「……分かりました。ミカエル様のところに行きます」
「……ふむ」
あっさりと答えたメイドをスケイルは注視する。
「それでは、その懐にある魔導具を渡してもらいましょうか」
「!」
スケイルにそう指摘されてメイドはギクリとした顔をした。
「王と王太子には先生の記憶操作の魔法を無効化する魔導具が与えられているそうですね。万が一を考えてあなたにそれを渡しておく。
ゼン殿下の考えそうなことです」
「……私の記憶を消したあと、その魔導具を再び私の懐に入れておいてくださいますか?」
貴重な魔導具を紛失した。
もしそうなったら自分の命は簡単に消える。
それはメイドのすがるような嘆願だった。
「もちろんです。その違和感は我々にとっても不都合ですからね。
あなたは万事問題なく事態は解決され、ミサさんは特に何もしなかったとゼン殿下に報告することになるでしょう」
「……わかりました」
メイドはそこで諦めたように懐から取り出した魔導具をスケイルに渡し、ともにミカエルの元まで戻ったのだった。




