112.リバースはしなかったけど、やらかしはしたみたいだよ
「ぜんた~い! とまれっ!」
号令によって討伐隊が足を止める。
どうやら少し休憩をはさむようだ。
見張りの兵が散開し、それ以外の兵は広がりすぎずに腰をおろして小休止に入った。
「……静かですね」
「……ああ。怖いぐらいにな」
近くにあった岩に積もった雪を払い、そこに腰をおろしたシリウスとスケイルは森の静かさに顔をしかめる。
「……魔獣はおろか、動物の1匹さえ見かけないとはな」
スノーフォレスト王国は雪国とはいえ、寒さに強い動物が少なからず存在している。
魔獣はこれだけの人数がいるところには迂闊に出てこないとしても、普通ならキツネの1匹ぐらい見かけてもいいはずなのである。
「やはり魔獣の集合を森全体が警戒しているのか」
「おそらく」
魔獣は森の支配者。
その魔獣が一ヶ所に集うことの異常さを察知した動物たちは自ら姿を隠したのだろうとシリウスたちは推測していた。
「あ! あそこ! 雪ウサギがいるぞ!」
「ホントだ! 捕まえるか!?」
「やめとけ。盟約で不要な狩りは禁じられているだろ」
2人が話をしている横で、兵士たちがそんなことを話している。
その視線の先では1羽の真っ白な雪ウサギがこちらをじっと見つめていた。
「……」
スケイルはそれを目を細めてじっと見つめているのだった。
「……?」
そして、しばらく休憩してそろそろ出発しようかと言うとき、スケイルが異変に気が付く。
「これは……」
「どうした? スケイル」
シリウスがスケイルに尋ねたのとほぼ同時に、見張りの兵士が駆け込んできた。
「た、大変です! 魔、魔獣が1体、ものすごいスピードでこちらに接近してきています!」
「なにっ!」
「やはりっ!」
報告を聞いて、シリウスたちは立ち上がる。
周りの兵士たちもザワザワとざわめきだした。
「総員戦闘準備!!」
「この魔力……これはまさか、長?」
シリウスとスケイルの言葉を聞き、兵士たちが急いで立ち上がって隊列を整え、武器を構える。
長自身が囮の可能性も考慮して見張りはそのまま残しているようだった。
「……まさか、単独で来るとはな」
「……どういうつもりですかね」
シリウスも剣を抜いて雷を纏わせ、スケイルも呪文を詠唱してすぐに放てるようにしている。
そして、ついにその魔獣をシリウスたちが視認する。
「きゅ、九尾! まさか! 九尾の狐!?
最強クラスの魔獣ですよ!」
「……あれが、新しい長か」
兵士の叫びを聞いたシリウスは剣を握る指に力を込める。
迫り来る魔獣はケルベロスに匹敵するほどの大きさで、9本の尻尾からはそれぞれ強力な魔力が発せられていた。
「まずは俺が切り込む! スケイルは援護を!
他の者は周囲を警戒しつつ俺に続け!」
「「「はっ!」」」
魔獣の長に飛び込むシリウスの命令に兵たちが応じ、皆が動いていく。
「ーー、《氷槍連弾》」
スケイルが詠唱していた魔法を放つと、無数の氷の槍がシリウスを追い越して魔獣の長を襲うが、長はそれを尻尾のひと薙ぎでかき消してしまった。
「くそっ。足止めにもなりませんか」
スケイルが舌打ちをしながら再び詠唱を始める頃、シリウスが長に到達する。
「はあぁぁぁぁっ!!」
シリウスが大きく跳躍し、雷を纏わせた剣で長に斬りかかろうとする。
長はそれに応じ、尻尾のひとつを高質化させて王子に向けて突き出した。
そして、両者の攻撃がぶつかり合おうというまさにその時、
「……ちょ、げふ。ちょっと、待ったぁ~~……ぐふ」
死にかけのミサの声が森に響いたのだった。
「ミ、ミサ・フォン・クールベルト!?」
『むっ! 知り合いか』
だから知ってる人だから攻撃しちゃダメだって言ったじゃん! 長さん!
そりゃ、そんなスピードで突っ込んでったら誤解されちゃうよ!
てか、王子はこんな時でもあたしのことフルネームなんだね。大変じゃないかい? それ。てか、ああもう! 吐く! あたしゃもう吐くよ!
「くっ! わっ! わぷっ!」
『おっと!』
王子は寸でのところで剣を引いて、そのまま長さんの尻尾にぽふってダイブしちゃったみたいだよ。
長さんは王子が当たる直前で尻尾を元のもっふもふに戻してたから、王子はもふもふふかふかに突っ込んだだけで済んだみたいだね。
うらやましい。あたしもあとでやらせてもらお。あ~、吐きそう。
「まったく、みんなせっかちなんだから。よいしょ」
「ミ、ミサ・フォン・クールベルト! なぜ貴様がここにいる!
というか、なぜ魔獣の長の背に乗っているんだ!!」
あたしが長さんの背中から降りると、王子が驚いた顔しながら迫ってきた。
イケメンに迫られてるっていうのにぜんぜんドキドキとかしないのは王子だからかね。
「なんでもなにも、長さんとか集まった魔獣さんたちとは話がついたんだよ。
で、詳しい説明をしに皆のところに行こうと思ってたら、長さんが勝手にあたしを連れて猪突猛進し始めちゃったのさ」
『……いや、面目無い』
長さん、尻尾しゅんってなってるよ。かわいいね。あとでいっぱいもふらせてね。
「は、話だと? き、貴様まさか魔獣たちが集結しているところに乗り込んでいったのか?」
「あ、それは大丈夫。フィーナとかお兄様とかアルちゃんとかも一緒だったからね」
「……き、貴様は……」
ん?
「ミサさん!」
「あ、スケさん」
スケさんがようやく追い付いたみたいで、息を切らしながら駆け寄ってきた。
「……これは、いったいどういう」
『……はぁはぁ。遅かったのです』
「あ、アルちゃんも」
アルちゃんもあたしたちに追い付いたみたいだね。ごめんね、疲れさせちゃって。長さんてばぜんぜん止まってくれなくてさ。
「……アルビナス、あなたがいながら……」
『……申し訳ない』
「アルちゃん、申し訳ないって言ってるよ。
でもまあ、長さんが勝手に突っ走っちゃったから、アルちゃんのせいじゃないよ」
「……ミサさん、あなたは……」
ん?
「ま、魔獣の背にのってたぞ……」
「それに、いま魔獣の言葉を翻訳したように見えたんだが」
「あれはたしか、シリウス殿下の婚約者の……」
「いったいどういうことだ」
「あ……」
周りにいた兵士さんたちがざわざわしてる。
やばっ。
そういや、あたしが魔獣とコミュニケーションをとれるのって秘密なんだった。
どうしよ。どうしよ。
助けてスケえも~ん!!
「……はぁ。これは本当に使いたくなかったのですが……」
え? スケえもん、胸ポケットごそごそして、ま、まさか、タイムマシン? それともどこでも行けるドア?




