106.準備は着々と進んでるみたいだよ
「ぜんた~い! 構え!」
「はっ!!!」
「なんか、一気に殺気立ってきたね~」
「討伐部隊の編成も済んで、私たちとの合同訓練が始まったからね」
あたしたちはお城の中の練兵場に来ていた。
集まった兵隊さんたちが槍なんかを持ってあれこれ振り回してる。
「ぐはっ!」
「踏み込みが甘い!」
「あ、王子だ」
練兵場の端の方ではうちとこの王子が兵士さんと打ち込みをしていた。
どうやら訓練をつけてあげてるみたいだね。
「アレも、やっぱり戦いではすごいんだね~」
「当然だよ。
シリウス王子はアルベルト王国一の剣の使い手。
高位の魔獣を単騎で仕留められるのは王子ぐらいだからね」
「ふ~ん」
ケンカが強いことが偉いって世界にいなかったから、いまいちピンと来ないけど、ここではやっぱり強いことはすごくて偉いってことなんだよね。
「つぎっ!」
「ふ~ん」
ま、たしかに一生懸命頑張ってる姿は、そんなに悪くないかもね。
「……ミサ?
こんなところで何をしているんだ?」
「ん~?
げっ! イノスっ!」
「……げっ、て」
「あ、ごめんよ」
皆の訓練風景を眺めてたら、後ろからイノスに声をかけられた。
イノスには北の魔獣の長を討伐しに行くことは内緒なんだよね。
幸い、数日後に控えた星雪祭に備えて、イノスは祈祷部屋とかいうところで集中しててほとんど出てこないから良かったんだけど、息抜きとかで出てきちゃったのかね?
「あ、え、えっとぉ、あの、ほらー、あれ!
うちのとこの王子が皆に稽古つけてあげるって言うから、それを見に来たんだ!」
「……ふーん」
あたしが王子を指差すと、イノスはひょいと首を傾けてそっちを見た。
真っ白な髪がさらりと流れる。
「……それにしては、皆ずいぶん気合いが入っているね。
こんな平和な国じゃ、そうそう出番なんてないのに」
ヤバい!
イノス疑ってる!
たしかに、この国はたまに迷い出てくる魔獣の討伐ぐらいしか兵隊さんの出番がないって言ってたけど、自分とこの兵が気合い入ってるのを疑うのってどうなのよ!?
「イノス殿下。
シリウス王子はアルベルト王国一の剣の使い手。
そんな王子から直接ご指導賜れるのなら気合いが入るのも当然かと」
クレア! ナイスアシスト!
「……そっか。
そんなものかもね。
僕は剣を使わないからあまり分からないけど、やっぱり王子はあんなふうに先頭で剣を振るう方が皆ついてくるんだろうね……」
……ん?
なんか、イノス気にしてるのかい?
「べつに剣を振り回すだけで偉いわけじゃないでしょ。
あたしからしたら冷静で落ち着いててくれる方が安心するし、そもそも魔法を使えるのもすごいし、暴れるのはバカに任せて、イノスは後ろで冷静に場を見据えればいいんじゃない?
この人に任せれば大丈夫って思わせればいいんでしょ?
イノスは頭良さそうだし、政治とか采配とかそういうのは王様の仕事でしょ?
だったら後ろでちゃんと見ててあげればいいんだよ。
バカと剣は使い様だね」
「……そっか」
「……ミサ、自分のところの王子に対してちょっと酷すぎないか?
一応、婚約者なんでしょ?」
「え?
いつも通りでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「……ミサ。
ありがとう。
まっすぐに言ってくれるのはミサだけだ。
やっぱりミサはいい。
ミサの温かさをいつか僕だけのものにしたいところだ」
「イノス殿下、それはっ!」
「んー?
まー、あたしの取り柄はそれだけしかないからねぇ。
こんなんでよければ、いつでも言ってあげるよ~」
「……はぁ」
ん? クレアさんため息ついてどったの?
「……ふふ、それでこそミサだね」
ん? なんかよく分かんないけどやっと笑ったね。
元気が出たんなら良かった。
「じゃあ、僕は戻るよ。
僕への配慮でいろいろ内密みたいだし、この訓練風景は特別に見なかったことにしておいてあげる。
おかげで集中できそうだしね。
星雪祭、楽しみにしててくれ」
イノスはそう言うと、踵を返して祈祷部屋の方に戻っていった。
「……バレてーら」
「……みたいだね」
「……状況は?」
「……ん?」
北の森の監視をするアルビナスのもとにスケイルがやってきた。
アルビナスはチラッとだけスケイルに視線を送ると、またすぐに森の方へと顔を向けた。
白装束を身に纏ったアルビナスは両目を閉じていたが、魔法で周囲の視界を把握していた。
今は望遠の魔法で森の中の魔獣の動きを監視していたのだ。
「……魔獣の動きが活発になってるのです。
それに、計画的にエサを集めながら、1ヶ所に集まりつつあるのです。
向こうの準備は万端といったところなのです」
「……そうですか。
具体的なスタンピードの発生はいつだと思いますか?」
スケイルに問われて、アルビナスは少し考えるような仕草をしてから口を開いた。
「ん~。
たぶん、星雪祭当日の朝、夜明けとともに動き出すのです。
で、この国に到達するのは夕方ごろ。
魔獣たちの力が漲る夜に合わせるつもりなのです」
「……やはりそうなりますか」
アルビナスの答えにスケイルは顎に手を当てて考えを巡らせていた。
「そっちの進捗は?」
「まあまあですね。
兵たちの練度は悪くはないですが、平和ボケのきらいがあるので、そこをいまシリウス王子が発破をかけているところです。
当日までには間に合うでしょう」
「そっか。
ミサはどうしてるのです?」
そう問われ、スケイルはきょとんとした表情を見せた。
「ミサさんですか?
普通に学院で授業を受けたりしてますよ。
今日は兵たちの訓練をクレアさんと一緒に見学してるみたいですが」
「……そう。
ならいいのです」
「?」
アルビナスは含みがあるような返答の仕方だったが、スケイルには見当がつかなかった。
「……あ、最後に」
「はい?」
報告が終わり、スケイルがその場を去ろうとしたところでアルビナスが呼び止めた。
「スケイルについてるお邪魔虫はそのままでいいのです?」
『!』
「……ああ。
あれはお邪魔虫ですが、今はまだ悪いお邪魔虫ではないので放っておいて大丈夫ですよ」
「……そう。
ならいいのです」
スケイルが苦笑いで答えると、アルビナスはふいと顔を背けて、再び森の監視に戻った。
「では、また」
「ん」
スケイルはその背に挨拶してからその場を去った。
「……バレてーら」
スケイルたちを影から監視していたメイドはやれやれとため息をついてスケイルのあとを追ったのだった。




