104.え?これやる必要ある?
「ねえ、イノスぅ。
星雪祭なんてやめて、あたしと遠くに遊びに行かないかぃ? うっふん」
あたしは胸を寄せながらイノスにしなだれかかる。
慣れない動作にプルプルするのを我慢しないと。
「……ミサ。
なんのつもりか分からないけど、胎児から演技をやり直したい方がいい」
「生まれる前からやり直せってか!」
「ちっ。
作戦1は失敗ですか」
「ねえ、スケイルさん。
ホントにこれ、真面目に考えました?」
「大丈夫ですよ、クレアさん。
冗談はここまでにして、次からはちゃんと考えた手段ですから」
「あ、やっぱりこれは冗談だったんですね」
「……ちょっと、もう戻ってきてるんだけど」
「ああ、ミサさん。
作戦1『イノス王子をお色気で国外に飛ばしちゃおう』は残念でしたね。
ちなみに、王子とアルビナスはうるさいだろうから同時進行で他の場所で違う作戦を行ってもらってます」
「……いや、聞こえてたんだわ。
ふざけて考えたことだって聞こえてたんだわ」
「さ、次いってみましょう!」
「ちょいとスケさん!
ちょっと話をしようじゃないかい! ねえ!」
なんでこんなことになったんだろうね。
星雪祭を中止にせずに、新しい北の魔獣の長が起こそうとしてるスタンダード?をどうにかするための作戦をスケさんに考えてもらったのがいけなかったのかね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……問題は、王たちにスタンピードの件を伝えられないということでしょうね」
あのあと、その作戦を考えようってなって、スケさんがそう言い出したんだ。
「なんで?
新しい魔獣の長が暴れようとしてるから危ないよ~って言えばいいだけでしょ?」
きっと王国としても星雪祭は中止にしたくないだろうから、何か対策を練ろうとすると思うんだけど。
「……なぜ、我々はその情報を知り得たのですか?」
「え?
なぜって、それはアルちゃんが……あ」
「そう。
アルベルト王国の三大魔獣であるアルビナスが北の魔獣の長のもとを訪れたことで発覚した情報。
それは基本的にこの国の人間が帯同していた私たちでは決して知ることの出来ない情報なのです」
「うむうむ」
「そして、王に情報をリークすれば間違いなくその情報の出所を尋ねられます。
その時に何と答えるかを完璧に想定していないといけないのです。
私たちはそれに対して嘘をつかなければならないのですから」
そもそもアルちゃんが魔獣であること自体が内緒。
スノーフォレスト王国にはあくまであたしたちの侍女だと言ってあるんだよね。
魔獣を従えてることがそもそもあたしの能力の露見に繋がるから。
だから、そのアルちゃんが北の魔獣の長から直接情報を得てきただなんて、口が裂けても言えないよね。
「う~ん。
ならどうしようね」
「……私に、考えがあります」
おおっ!
スケさんが我に秘策ありモードになってる!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……で、その考えの1つ目がなんであたしのお色気作戦なのさ」
「だからあれは冗談ですって」
そんなこんなで翌日、あたしたちはとりあえず予定通りにスノーフォレストの学院に編入したんだ。
で、挨拶もそこそこに授業は普通に行われて、お昼休みになった途端にスケさんがあたしたちを召集したってわけ。
あ、ちなみにクラスは皆一緒だよ。
今回はあたしとクレアの短期留学がメインってことで、王子とスケさんは来賓みたいな扱いらしいから、授業は気まぐれで受けてるらしい。
あ、さっきのお色気作戦は食堂で行われたんだけど、周りの目が痛すぎて軽く死にたくなったよ。
でもイノスに色目を使う留学生として恨みとか嫉妬とか買うのかもって心配してたけど、なんか皆イタイ子を見るような、逆に応援するような目をしてたんだけどなんでかね?
いや、まあ恨まれるよりはいいんだけどさ。
「あ、それは私が事前に、ミサさんはシリウス殿下の気を引くためにイノス王子に色目を使ってアピールしようとしてるだけの健気でちょっとおバカな方だと皆に宣伝しておいたからですよ」
「え? どゆこと?」
「ちなみに、噂の流布にはクレアさんにも協力していただきました」
「ちょいとクレア!」
「……い、いや、その、スケイルさんがやれと、その……ごめん」
「まあまあ、おかげで作戦がやりやすくなったでしょう?」
いや、満面の笑み!
「さ、次行きましょー!」
「ちょっとスケさん待ちな!
あんた楽しんでるだけでしょ!」
「いやいや、私は真面目ですよ~。
さ、次は学院の皆をミサさんの色気でメロメロにして、祭なんて忘れさせちゃおう作戦ですよ!
あ、イノス王子にも引き続きアピールしますよ!」
「やらないよ!
スケさん、そんなおバカキャラだっけ!?」
「あはははははっ!」
「こらっ!
ちょいと待ちな!」
「はぁ。
やれやれ。
祭の主役を引き付けておくための作戦がこんなことになるなんて。
たしかにミサに話したら不自然な演技しか出来なそうだけど。
……シリウス王子とアルビナスはうまくやってくれればいいんだが」
「ほら! クレア!
スケさん止めるの手伝って!」
「ああ!
いま行く!」
「これはこれはシリウス王子。
昨日の今日でどうされた?」
スノーフォレスト王国の王城。謁見の間において、玉座に座する国王スロウス・スノーフォレストの前に跪くのはシリウスだった。
今はスロウス王が信頼を置く数名の側近がいるだけで、広い謁見の間は閑散としていた。
「……王よ。
ひとまず人払いに応じてくださったこと、感謝いたします」
「よいよい。
大事な友好国の王子殿下からの申し出だ。
受けないわけがないだろう」
「スロウス王の寛大なお心に深く感謝を」
ふくよかな顎と腹を揺らしながら、にこにことした笑顔で応じるスロウス王にシリウスは深く頭を下げた。
「前置きはもうよいよ。
それよりも本題を話してみなさい」
「……はい。
じつは……」
スロウス王に穏やかに促され、シリウスは北の魔獣の長の交代と、スタンピードについて話した。
そのソース(情報源)は明かさずに。
「……ス、スタンピード、だと?」
「……そんなまさかっ」
周囲の側近がざわつく中、シリウスはまっすぐにスロウス王を見つめていた。
スロウス王はシリウスが話している間もにこにことした笑顔を崩さずに最後まで話を聞いた。
「……以上でございます。
スノーフォレスト国としては星雪祭を中止にはしたくはないでしょうから、何らかの対策が必要かと」
シリウスとスケイルは軍隊による新しい長の討伐しかないと考えていた。
だが、ここは自国ではなくスノーフォレスト王国。
数を用意するなら、やはりこの国の王に頼むしかない。
「……イノスがいない時に話してくれたのは優しさだね」
「……はっ」
スロウス王は開口一番にそんなことをシリウスに言った。
星雪祭のメインイベントである祈祷は極限の集中力が求められる。
歴戦の王が行って初めて成功するほどの。
それを、今回イノスは初めて行う。
そのプレッシャーは相当なものだろう。
それを余計なことで心配させたくはない。
シリウスとスケイルはそれを考慮して、イノスが学院にいる時間に王に謁見を求めたのだ。
念には念を入れて、ミサをぶつけてまで。
「……ふむ。
情報提供感謝する。
もしそれが本当なら由々しき事態だ。
すぐに対策を練るとしよう」
スロウス王はそう言うと、側近たちに手早く指示を出し始めた。
「……情報源は、聞かないのですか?」
驚いた表情で尋ねるシリウスに、スロウス王は細い目をさらに細めて微笑んだ。
微笑んではいたが、シリウスにはその目の奥は笑っているようには見えなかった。
「……聞いてほしいのかい?」
「い、いえ! その……」
スケイルとの打ち合わせでいくつか嘘の情報源を用意してはいた。
だが、今それを言うのは違う気がすると、シリウスは何も言えなかった。
シリウスのその態度を見て、スロウス王は今度こそ本当ににこっと笑ってみせた。
「安心しなさい。
聞きはしないよ。
アルベルト王国は長年国交を結ぶ友好国。
そこの第2王子である君が伝える情報の真偽を疑ったりなどしない。
信用を得るには相手を信頼せねば。
それで、我が国は長年うまいことやってこれたのだよ」
「……スロウス王の寛大なお心に、心からの感謝を」
シリウスは王の器をまざまざと見せつけられ、嘘で押し通そうとした自分を恥じ、ただただ頭を下げた。
「……それでは、失礼いたします」
「うん。
君の婚約者にもよろしく~」
頭を下げて退室するシリウスをスロウスは手をひらひらさせて見送った。
「王よ。
シリウス王子の言うことを本当に信じてよろしいのですか?」
シリウス退室後、側近の1人がスロウス王に尋ねる。
シリウスがいなくなるまで、側近たちがその荒唐無稽な話に余計な口をはさまない辺りに、王への信頼と忠誠が感じ取れた。
「ん~?
いいと思うよ」
それに対し、スロウス王はのんびりと応える。
「貴族は嘘をつくものだ。
きっと彼らもいくつか嘘を用意してきていただろう。
素直に彼の話を信じた私に、しかし彼はその嘘を言わなかった。
私の信頼に、精一杯の誠意を見せようとしたんだろう。
貴族ともなれば、特に王族ならば、人に言えないような情報源の1つや2つ持っているものさ。
今回はせっかくそれを好意的に使ってくれたのだがら、こちらもそれに好意的に応じようと思ってね」
スロウス王はそう言って穏やかな微笑みを見せた。
「……なるほど。
すべてお見通しの上でのご判断だったわけですね。
さすがのご慧眼。
差し出がましい真似を致しました」
「いーのいーの。
思うことがあれば何でも言ってくれて構わない」
深く頭を下げる側近に、スロウス王はにっこりと笑ってみせた。
「……とはいえ、対策はきちんと練らなければ。
すぐに軍に連絡を。
体制を整えつつ情報の真偽も確かめよ。
シリウス王子たちにも協力を願おう。
アルベルト王国一の剣の使い手の力はぜひとも借りたい。
きっと、今回の私の信頼に彼は応えてくれると思うよ?」
「……さすがです。我が王よ」
にししと笑うスロウス王のしたたかさに、側近は敬意と畏怖を感じながら頭を下げるのだった。




