101.素敵な国なんだねぇ。てか、アルちゃん!?
「すごいねぇ~。
こんな雪と氷の寒い国なのにあっつあつのボルシチが食べられるなんて」
「ボル……? なに?」
「ああ、なんでもないよ。
おいしーねこれ」
「そうだろう。
僕はこれが一番好きだ」
次の日。
あたしたちはお城の人の案内で王都を見て回っていた。
今はボルシチっぽい温かくて美味しいのを食べてる。
ちなみに、これで3杯目だよ。
「でもまさか、案内してくれるのが王子様だとは思わなかったよ」
そう。
そのお城の人ってのがこの国の第一王子であるイノス・スノーフォレストだったんだよね。
王子様直々に街を案内って、なんだかすんごいVIPになった気分だよ。
あ、ちなみに、ナイスバディーのメイドさんも同行してるよ。
買い物とかの時はこの人が対応してくれてる。
今日も安定の胸元が大きく開いたメイド服ですね、ありがとうございます。
午前中はいわゆるお役所回り。
王子であるうちのが挨拶回りするためにいろんな公的施設に行ったよ。
まあ、あたしとクレアはほとんど棒立ちしてるだけで、あくびを我慢するのが大変だったね。
で、ようやくそういうのから解放されて、とりあえずお昼ご飯を食べようってなって、イノスおすすめの洋食屋さん?みたいなお店に入ったんだ。
「でも、意外だったな~。
王子様がお昼を食べるっていうから、もっとすんごいレストランみたいなとこかと思ったけど、なんていうか、普通のお店なんだね」
案内されて入ったのは、個人経営の普通の一軒家のお店。
お店兼自宅って感じの、ちょっとレトロな感じ。
雰囲気あって、あたしはこういうとこが好き。旦那ともよくこういうとこでカレーとかオムライスとか食べてたね。
「高級レストランじゃなくて悪かったな、嬢ちゃん」
「ん?」
話し掛けてきたのはお店の店主のおっちゃん。
白いシェフみたいな格好してる。
白髪交じりのちょっとだけ強面のおっちゃんだね。
おっちゃんはニヤリと悪そうに笑いながら皮肉みたいに言ってきた。
「いやいや、そんなとこ連れていかれても息がつまっちゃうからね。
あたしゃこれぐらいのお店が一番好きなんだよ。
この木製の家具とか、吊り下げられたペンダントライトとか、雰囲気最高だね!」
「おっ!
嬢ちゃんなかなか分かってるね~。
これはサービスだ。
遠慮なく食いな!」
おっちゃんはそう言って、テーブルに大きな肉の塊をドン!と置いてくれた。
ちなみに王子とスケさんとクレアはもうお腹いっぱいみたいで、うげって顔してた。
イノスは、表情変わんないから分かんないや。
「え?いいの!?
やた!
おっちゃん男前!」
「ふふふ。
嬢ちゃん、なかなか良い女だな。
おっちゃんがあと40若かったらプロポーズしてたかもな」
「あら嬉しい!」
「なにぃっ!」
王子、ちょっとうるさいから黙って。
「はいはい。
バカ言ってないで働け、アホ亭主」
「あだっ!
ごめんよ、かあちゃん、愛してるよぉ~」
「はいはい、私もだよ」
「頑張るんだよ~」
なんだ、ただのラブラブ熟年夫婦か。
「あ~!美味しかった~!」
「ああ。
スノーフォレストの料理は初めて食べたが、体が温まるものばかりで良かった」
「嬢ちゃんたち」
「んあ?」
クレアと料理の感想を言いながらお店を出ようとすると、おっちゃんに引き止められた。
王子たちとスケさんは次の行き先の話をしてて、メイドさんはおっちゃんの奥さんにお会計をしてた。
「イノス王子はな。
こんな寂れた店にも足繁く通ってくれるんだよ。
ここだけじゃない。
街のいろんなとこをいっつも見て歩いてる。
王子なんてのは次の王様なんだから城でふんぞり返ってればいいのによ。
それで、なんでそんなことすんだって前に聞いたんだ。
そしたらイノス王子はさ。
『これも仕事だ。
いずれは王位を継ぐ者として民の姿を見ていたい』
とか色気もないことを言ってよ。
でも、そのあとに、
『でも、好きじゃなきゃこんなに何度も来たりはしない。
これからも来る。
だからずっと頑張って続けるといい』
なんて言いやがってよ。
だから俺は体が動かなくなるまで店を続けるんだ。
街の皆もそうだ。
国が皆のためにやってくれるから、俺らも自分たちと国のために頑張る。
俺らも、この国が好きだからよ」
「……そっか」
おっちゃんはそう言って、良い顔して笑ってた。
「行きましょう」
「あ、はいはい」
お会計が終わったメイドさんに言われて、あたしたちは今度こそお店を出た。
「……良い国だな」
「……うん!」
で、あたしとクレアも一緒に笑って、王子たちと合流したんだ。
「……聞いてないのです。
北の魔獣の長が、いつの間に代わっていたのです?」
スノーフォレストの外れの森。
ミサたちと一旦別れ、北の魔獣の長に挨拶に行ったアルビナスは知らない顔に顔を険しくした。
『なぜ、わざわざ貴様にそれを伝えねばならない』
森の奥から重く低い声が響き、大地を揺らした。
アルビナスの白い振り袖が合わせて揺れる。
「……あなたは、誰なのです?
先代から正式に継いだのなら、私たちとの盟約を知らないわけがないのです」
アルビナスは声の主を探るように森の奥の気配を視たが、いまいち全容が掴めなかった。
『……我が誰かなどどうでもいい。
盟約とやらも知らなくて当然。
我が先代を殺し、この地の長の座を奪ったのだからな』
「……!」
アルビナスは少しだけ驚きの表情を見せたが、すぐにそれを静めた。
「……まあ、そんなことはよくあることなのです。
北の長が負けるとは思えないですが、実際にそうなのだから事実なのです。
それで?
あなたがこの地の長になって、あなたは何を為すのです?」
魔獣の長は自分の地の魔獣を管理する。
命令すれば魔獣はその通りに動く。
だからこそ長たる魔獣には知能と品位が求められる。
アルベルト王国はアルビナスとルーシアとケルベロスの3体が長としての役割を担っていたが、彼らの方針は基本的に奔放。
魔獣たちには自由にさせることが多かった。
一方で北の先代の長は平穏が基本方針だった。
強い力を持つ魔獣だったから出来たこと。
そして、アルビナスたちとはお互いの領分を侵さないことを条件に和平を結んでいたのだ。
それが崩れたとなると根本から話が変わってくる。
次なる長は何を望むのか。
アルビナスはその答えを聞かないわけにはいかなかった。
『……不和』
「……え?」
『魔獣と人間が共存?
可笑しくて笑えてくるわ。
奴等の次なる祭の時、その地に降るのは雪でも星でもなく、奴等の血の雨だ』
「……』
その答えを聞いて、アルビナスは魔獣の姿に戻る。
『それは看過できないのです。
あの地にはいま私の主人もいるのです。
なので、あなたを今ここで殺して、私が北の長になるのです』
白蛇の姿になったアルビナスは第3の目を開いた。
周囲の森がびしびしと石化していく。
『……ふん。
人間を主人などと。
ペットに成り下がった蛇など喰ってやるわ!』
そして、森は大きく揺れ動いたのだった。




