10.スケさんの正体を知っちまったよ
あたしはなぜかいま、スケさんと二人っきりなわけで。
まあ、とはいえ、東京ドーム何個分?みたいな広大なグラウンドのどこかに皆はいるみたいだけど、とりあえず見渡す限りは草原しかないわけで。
なんでこんなことになったかって?
魔法のまの字も知らないくせにミカエル先生の話をまったく聞いてなかったあたしは、スケさんに基本から教えてもらうことになったんだよ。
あの時の先生の冷たい呆れ顔を見せてやりたいね。
で、他の皆はミカエル先生の指導のもと、実際に実践魔法をやってみようってことで、とっても広いグラウンドのどっかで演習をしてるらしい。
んで、あたしは恨みがましいクラリスの視線に見送られて、こうしてスケさんにマンツーマンで魔法について教えてもらってるってわけだね。
「……さん。
ミサさん!
聞いてますか!?」
「へ?
あ!はい!」
いけない!
またまた遠い世界にいってたよ。
「まったく、あなたは人の話を聞かない傾向にありますね」
おっしゃる通りです。
旦那にもよく還ってこいと言われておりました。
それにしても、スケさん。
メガネを直しながら溜め息を吐く姿、様になってますね。
それを見るために毎回困らせたくなるよ。
きちんとセットされた真っ白な髪と、キッチリと着られた制服が真面目な感じだね。
しかも、魔法の科目を在学中に修了してると来た。
仕事も出来る優等生ってとこかね。
なんだかんだ、授業についていけないあたしの面倒を見てくれてるし。
さすがはクソバカ王子の側近だね。
「……あの、」
「ん?どうしました?
何か分からないことでも?」
「スケさんは、そんなに真面目な優等生なのに、どうしてあのクソバカを野放しにしておくのですか?」
「…………はい?」
はっ!
しまった!
スケさんの解説とまったく関係ないことを何の脈絡もなしに尋ねちまったよ!
それに、さすがに自分の主をバカにされたら、温厚そうなスケさんでも怒るんじゃあ。
「……ぷっ!」
「へ?」
「あははははは!
クソバカっ!
王子と書いてクソバカですか!?
これは言い得て妙ですね!
はははははっ!」
おおう。
なんか、スケさんのツボに入っちゃったみたいだよ。
クールなスケさんが腹を抱えて、まさに抱腹絶倒だね。
「あの~、だ、大丈夫、ですかね?」
というか、笑いすぎじゃないかい?
あたしが言うのもなんだけど、普通自分の主がバカにされたら、ちょっとは怒るもんなんじゃあ。
「いや、すいません。
なかなか的確な表現だったもので」
……この人、こんな感じの人だったんだね。
「で、そのクソバカをなぜ放置してるかでしたっけ?
そんなの、その方が面白いからに決まってるじゃないですか」
「えっ?」
いやいや、何その悪い顔!
え?なに?
実はスケさんが一番の悪だったパターンなのかい!?
「と、言うのは冗談で」
「はい?」
「一介の従者である私がこの国の王子の言動に口を出せるわけないじゃないですか。
それこそ、不敬罪で打ち首ですよ」
「あ、そうですよねー!」
なーんだ!
びっくりしちゃったじゃないかい!
「と、言うことにしておきましょう」
うん。それは聞かなかったことにするよ。
ひとまずの実害はないしね。
ただ、何かあった時は容赦しないよ、あたしゃ。
「それにしても、スケさんもなかなかキワどいこと言うんだね。
下手すりゃ、今ので十分不敬罪なんじゃないのかい?」
「まあ、たしかに。
それを言ったら、あなたの方が先でしょうがね」
「あ、それもそうか」
そこで、スケさんがクスッて笑った。
「と、言うことは、これは2人だけの秘密、というわけですね」
「うひゃい!?」
誰か!
クールな知的イケメンが口に人差し指を当ててウインクしてきた時の破壊力を表現する語彙力をあたしにちょうだいよ!
ううむ。
スケさん。なかなか油断ならない人だねえ。
「さて、そろそろ魔法の解説に戻り……アブないっ!」
「えっ?わっ!」
痛った!
突然、スケさんに押し倒されて思いっきり地面に後頭部をぶつけちまったよ。
「いたたた……お、おおう」
「大丈夫でしたか?」
あたしの上に覆い被さる知的イケメン。
勘弁しとくれよ。
男性にこんな風にされるのなんて、旦那が死んでからはまったく……
「あ、あの、本当に大丈夫ですか!?
どこか打たれましたか?」
「え?あ!ダイジョブダイジョブ!
ちょっと遠い世界に飛び立ってただけさね!」
「そ、そうですか、なら良いのですが。
良いのか?
まあ、良いか」
スケさんは何となく理解して、ようやくあたしの上から退いてくれた。
やれやれ、心臓に悪いよ、まったく。
ん?
「え……これ、って」
起き上がろうと思って横を見たら、長い一本の剣があたしの顔のすぐ横に突き刺さっていた。
へ?
これが飛んできたのかい?
はい?
「すいませ~ん!」
すると、まったく悪びれた感じのしない、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ジョン!」
「あ!ミサだったか~。
悪かったなぁ~」
ジョンは頭に手を当てながら、へらへら笑って剣を引き抜いている。
「君ですか!
危ないでしょう!
それに、障壁貫通剣の敷地内での使用は禁止されていますよ!
私ではなかったら大変なことになっていたんですよ!」
スケさんがメガネを直しながらすごい剣幕で怒っている。
そりゃあ怒るよね。
スケさんが助けてくれなきゃ、今ごろあたしはあの剣に貫かれてたんだし。
って!
「ホントだよ!
あたしゃ、あやうく死にかけたんだからね!
障壁貫通だかなんだか知らないけど、そんなんなくたってあたしは貫通すんだよ!
もし他の生徒にケガさせたり、ましてや死なせちゃったりしたら、あんたどう責任取るつもりだい!」
「うう、ごめんよ~」
「へらへらすんじゃない!」
「うっ!す、すみません」
「申し訳ありません!」
「申し訳ありませんでしたぁ~!!」
よし。
「まあ、今回は誰もケガしてないし、良いでしょう。
ただし!
次はないよ」
「はぁ~い」
「はいは短く!」
「はいぃ!」
うむ。
ちゃんと反省するんだよ。
ん?
スケさん。なにポカンとしてるんだい。
「ぷっ!」
「ん?!」
「あははははは!
さすがはクソバカをぶん殴ったミサ嬢だ!
見事な啖呵の切りっぷりだ!
はははははっ!」
……なにやら、またまたスケさんのツボに入っちゃったみたいだね。
「はー、はー。
それにしても、騎士を志す君が規則を知らないわけではないでしょう?
なぜ、このようなことを?」
スケさん、疲れちゃってるよ。
でも確かに。
ジャックはそんなことも分からないようなヤツとは思えないね。
「いやー、その、サポーターとして来てくれたカークさんが、
『おまえ、良い身体してるな!
あっちならこの時間、誰もいないし、お前の投擲力を見せてくれよ!
どうせなら、障壁貫通剣でいこうぜ!』
って言われたもので、その、褒められて嬉しくなっちゃって。
先輩が言うんだし、いいかなって、
あの、ホントにすみ、申し訳ありませんでした」
カクさんめ!
スケさんに比べて、見た目通りの脳筋だね。
王子同様、一度こらしめてやらないとかね。
ホントはあんたらがこらしめる立場なんだからね。
あれ?
スケさん?
黙っちまって、どうしたの?
お腹でも痛いのかい?
「カーク、か……」
「ひっ!」
「うわお!」
ス、スケさん?
顔、めっちゃ怖いよ?
なんか、ゴゴゴゴゴゴって音が聞こえる気がするんだけど。
「うわっ!」
スケさんが突然、ジョンの肩に手を置いて、ジョンがびっくりしてる。
「カークには、あとで私からキツく言っておくから、君も、あまりヤツにほだされてはいけないよ?」
「は、はい!
ひゃい!」
「さ、もう行きな」
「ふぁい!
し、失礼します!」
ジョンが深々と頭を下げて、猛ダッシュで去っていった。
え?むしろ、このスケさんと2人にしないどくれよ。
「さて、ミサさん」
「ひ、ひゃい!」
こちらを振り向いたスケさんは、驚くほど良い笑顔をしてたよ。
「申し訳ないのですが、私はこのあと、どうしても外せない用事ができてしまいました。
すみませんが、さっさと説明を終わらせていただきますね」
「サー!イエッサー!」
「さ?
まあ、続きを話しますね」
「サー!イエッサー!」
うん。
この人には逆らってはいけないみたいだね。
カクさん。
ファイト。
自業自得だよ。
そのあと、カクさんの悲鳴はスケさんの張った遮音結界で防がれ、誰の耳にも届くことはなかったみたいだ。