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ショートショート8月2回目

こんな家に住みたくない

作者: たかさば

「あのね、家を買うことになったんだわ。悪いんだけど、休みの日に手伝いに来てくれない。」


遠く離れた場所で親父と二人暮らしをしている母親から、電話がかかってきた。


俺の両親は長く県営住宅に住んでいたのだが、親父が定年を迎え、退職金が出たタイミングで中古住宅を購入したらしい。

いわく、もう五階まで階段を上るのがキツい、二人暮らしだから小さな家で良い、リフォームしてあるから中古でも大丈夫、しかもかなり安い、これは買うしかない。


…たしかに、一戸建てが300万で買えるのは安い。

だが、いくらリフォーム済みとはいえ、築50年。いささか心配だ。20坪の4kという狭さも気になる。


俺は貯まりまくっていた有給を取り、久しぶりに両親の元に顔を出すことにした。


……今後は、生まれ育った実家…生家というべき存在が無くなってしまうということか。わりと寂しさを感じるもんだな。


「小さいけど良いでしょ!ちょっと階段が急だけどね!」

「陽当たりはあまりよくないけど、洗濯乾燥機もあるしなんとかなるわ。」


引っ越し当日、教えてもらった住所に行くと、そこはよく知った家だった。


「嘘だろ……!?」


なんと、俺の同級生の住んでいた家だったのだ。


特別仲が良かったわけでは、ない。

だが、ちょうど通学路にある家で、何度か遊びに行ったことがある。

遊びに行った……?ちがうな、たかりに行っていたというのが、正しい。

ゲームカセットもかなり借りパクしたんだ。


こんな小さな狭い家なのに、やけにゲームソフトをたくさん持ってやがってさ、俺はいつも新作をやらせてもらうために通っていたんだ。

行くたびにばあさんからマズイ湿気った菓子出されてさ、帰りにいつも捨ててたんだよ。


何もない、がらんとした部屋に荷物を運び入れながら、幼い日に上った急な階段に目を向ける。

……昔遊びに行くたびに爪を立てて傷をつけた土壁がなくなって、壁紙が貼られている。


悪ふざけをして踏み抜いた木製のテラスが鉄製になっている。

いつもゲームで負けるたびにむしっていた畳がなくなり、フローリングになっている。

いつもシミだらけのババアが顔を覗かせていた和室がモダンなリビングになっている。

くさいドッポン便所が温水便座付きの洋式になっている。


さんざん、小さい家だなとバカにしていた家だ。


かくれんぼをしては隠れる場所がなくてさ。

いつも部屋のすみに布団が置いてあってさ。

脱衣場のない風呂は狭くてさ。


……はっきり言って、イメージが悪すぎる。


俺は、新しい実家に近づきたくないと思った。


引っ越しの手伝いを終えた俺は、もうこの家に入るつもりはなかったのだが。


「え、なんです、嘘でしょう?!」

「……すまん。」


まさかの、会社が、倒産した。


……さらに。


「え?!」

「母さんが倒れたんだ。戻ってこれないか。」


免許証を返納した父親から、電話がかかってきた。

母親は、もう車を運転することがむつかしいのだそうだ。

車がなければ買い物にいけない。


あれよあれよといううちに、自分のアパートを引き払い、両親と同居することになった。


両親は、急な階段を上れなくなっており、二階の二部屋をもらう事になった。


かつて、布団が置かれて狭苦しかった二階の部屋には、なにもなかった。


がらんとした二階の奥に、なにやら……人影の、ようなものが見えた。


「っ!ひっ……!」


思わず、小さな悲鳴をあげてしまったが、人影は微動だにしない。


おそるおそる、目を向けて、観察する……。


……ずんぐりむっくりした、あの、フォルムは。


───もう、よっちゃんやめてよ。

───いいよ、貸したげる。

───また遊んでね。


かつて、この家に住んでいた、同級生としか、思えない。


何もない部屋で、壁に向かってなにかをしている。

あの動きは……テレビゲームをしているのか?

そういえば、あの位置に、テレビゲームがあった。


……同級生は、透けている。

おそらく、もうこの世の人間では、ない。


この家を手放し、どこか遠くの地で息絶えた同級生は、幸せだった頃の記憶を求めて、舞い戻ったのだろう。


同級生にとって、おそらくこの家は実家、生家であり、忘れ得ぬ場所なのだ。


……俺はこんな家に住みたくない。


……だが、ここに住むしかない。


お祓いをしようにも金がない。

仕事を探すが、両親の介護が忙しくて見つからない。


ただただ、何もできずに、流されるままに時間が過ぎてゆく。


同級生は、こちらの姿には気がつかないようだった。

ただただ、一心不乱に、ゲームに夢中になっている。

ゲーム機本体も、テレビもないのに、ずっと遊んでいるのだ。


おそらく、幽霊の存在に気がつかない人間がこの世に溢れているように、人間の存在に気がつかない幽霊もこの世に溢れているのだ。


同級生は、俺の視線には一切気がつかないまま、時折ぼんやり現れては…俺には見えない、テレビゲームをやって、消えた。


実に目障りではあるが、特に問題を起こすわけではない。

見て見ぬふりをしながら、暮らした。


母親を見送り、父親を見送った。


ようやく一人になり、時間ができたので仕事を探し始めた。


年齢がネックになって、仕事が見つからない。


家を売り払って金にしようにも、築年数が70年を越えているので値段がつかなかった。

土地として売るためには、更地にする費用が必要だと言われた。

そんな金はない。


……俺はこんな家に住みたくない。

だが、ここに住むしかない。


やがて、俺は二階に上がることができなくなり、一階で暮らすようになった。


そしていつしか、自分が何者であるのかさえ曖昧になった。


……気がついたら、俺は。


幼い頃暮らした、懐かしい県営住宅へと、足を向けていた。


だが、県営住宅は取り壊されており、公園になっていた。


俺の帰りたい場所は、なくなっていたのだ。


俺は、住みたくない家に戻るしかなかった。


……俺は、こんな家に、住みたくない。


……だが、ここに、住むしかない。


足音もたてずに、二階に向かった。


パキュン、パキュン!

ピコピコピコピコ……!


やけに、派手な音がする。


テーテレッテレー!


あれほど、俺の視線に気付かずゲームに夢中になっていた同級生が、こちらを向いた。


「あれ、よっちゃん、いらっしゃい。」


「……バカ、ここは今俺の家なんだよ。」


俺は、こんな家に、住みたくない。


だが、久しぶりに見る、テレビゲームは、なかなか面白そうだな……。


「ふうん?まあいいや、あそぼうよ!」


断ったところで、俺の行く場所なんか、どこにもない。


「対戦するか!」

「いいよ!手かげんはなしだからね!」


俺は、まるっこいケンちゃんの横に腰をおろして、ゲームのコントローラーを握った。

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― 新着の感想 ―
[一言] これ読んでなかったなぁ。 好きなやつです! 温く怖いオチが最高。 主人公が思考放棄(?)……このままずっとゲームやってんのかなぁ……
[一言] 怖がっていいのか、ほのぼのなのか。 まぁ、昔の友人と、仲良く、ずっとゲームですね。誰かがお炊き上げてくれるまで、ね。
[良い点] 「曖昧になった」 なんだか深みがあるような [気になる点] 借りパクは許せん [一言] 幽霊楽しそうだな
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