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作戦会議と『スパルタくん』、そして炎害

 翌日から、作戦会議が始まった。

「予選三位に終わったのは、思ったほどの火力と防御力が出なかったのが原因だ。だけど、俺の作った魔法陣は完璧だった」

 市彦の言葉に、誠介はやや鼻白む。

「じゃ、僕のせいだってのか?」

「いや。そうじゃない。誠介のコントロールも完璧だった。完璧すぎたんだ。完璧に、五大属性のすべてが、同じだけの力で加えられていた。──そこに、相手の魔法がぶつかったことで、バランスが崩れたんだ」

 市彦は黒板に図を書きながら説明する。

「つまり、相手の魔法が水属性だったとするだろ? そうしたら、こちらの魔法陣の火属性部分が弱まってしまう。それで、全体のバランスが崩れてしまう」

 誠介は頷きながら聞く。

「なるほど。──それで、対策は?」

「仮に相手の魔法が水属性だったら、それに合わせて土属性の魔法力を多めに注ぐ。相手が火属性だったら、水属性を多めに注ぐ。そうやって調整するしか無い」

 誠介は、少し嫌な予感を覚えた。

「調整──って、この魔法陣に手を加えて、オートで行えるのか?」

「無理だ。おまえがやるしかない」

 誠介は頭を抱えた。

「五大属性の魔法力を同量に調整するだけで大変なのに、更にそんな微妙な調整までしろってのか!? しかも、相手の魔法力に合わせて!?」

「やるしかない。須磨に啖呵切った時の勢いはどうした?」

 それを言われると弱い誠介は黙る。市彦が難しい顔で唸った。

「しかし……それをどう練習するかだな。さすがに、練習相手がいないと難しい。五大属性全部の攻撃魔法と防御魔法を使えて、しかも魔法力の多寡の調整までできるやつ。──さすがに、難しいか」

 実のところ、誠介には心当たりがあった。あったが、言いたくなかった。言いたくなかったが──仕方がなかった。


 そんなわけで。放課後の実習室、

「ちゃーす、誠の兄貴の京介でぇす! 気軽に京ちゃんって呼んでくれていいよ!」

 と、京介は市彦に、実に軽薄な挨拶をしたのだった。さすがの市彦も戸惑って目をパチクリしている。京介は構わず、市彦の背中をバンバン叩いた。

「いやぁ、誠を『矛と盾』に連れ出すような友達ってどんな子だろって思ってたら、すっげぇ美少年じゃん! 俺、びっくりしちまったよ」

「あ、は……どうも」

 市彦が誠介の顔を見る。『なんだこいつ』と顔に書いてある。誠介は目を逸らした。

「……で、京。頼んでたやつだけど」

「おう、ちゃんと持ってきたぞ。見よ! 俺特製、魔法練習機『スパルタくん』!」

 京介はその珍妙な名前の機械を持ち上げてみせる。見た目はプロジェクターに似ており、いくつものボタンやつまみがついている。

「使い方、説明するな。これが電源ボタン。このスイッチが防御魔法と攻撃魔法の切り替え。こっちが属性の切り替え。このつまみが魔法力の調整」

 そう言って京介は、次々とボタンやスイッチを押していく。

「──っというわけで、今の状態だと、『水属性防御魔法、魔法力レベル1』ってことになる。試しに一発やってみるか。よっしゃ、スイッチ・オン!」

 京介がポチリとボタンを押すと、『スパルタくん』のレンズ部分から、空中に魔法陣が照射される。機械音声がカウントダウンを始めた。

『魔法発動まで、5秒、4,3、2、1』

 誠介は慌てて攻撃魔法の羊皮紙を広げ、魔法を発動する。

「巡れ──!」

 攻撃魔法と防御魔法がぶつかりあい、互いを相殺し、数秒の後、誠介の放った攻撃魔法が勝った。

「……と、こんな感じ」

 両手を広げてみせる京介を、誠介はジト目で睨んだ。

「レベル1にしては、魔法力が高くないか?」

「『矛と盾』の本戦レベルなら、これくらいが最低ラインだろ?」

 京介は意に介した風もない。その軽い態度はともかく、その言は正しかったので、誠介は京介から目を逸らして部屋の片隅を見る。

「京。その……ありがとう」

 しぶしぶ、といった様子の礼だったが、京介は破顔して、誠介の首に腕を回した。

「いいってことよ。弟から頼ってもらえるなんて、俺もまだまだ、捨てたもんじゃないって思えたわ」

 その言葉にはやけに真剣な色が込もっていて、誠介は思わず京介を振り向くが、京介は、すでにいつもの飄々とした笑顔に戻っていた。

「頑張れよ、誠介。兄ちゃん応援してるからな。俺、あのCM見て感動したよ。『決着をつけてやる!』って、すっげーいい啖呵だったぜ。俺、バンド仲間や仕事先の人達にも自慢してんだ。『あのCMの子、俺の弟なんですよ』って」

「その話はやめろ! 自慢もするな!」

 誠介は怒鳴った。あの控室での出来事は結局CMとしてお茶の間に流れ、誠介は同級生から応援混じりにからかわれ続けているのだった。──だが、そのからかわれ方は、今までのような嘲笑ではなく、多分に尊敬と好意を含んでいて、誠介はどうやら、クラスの輪に加われたようだった。

 ともあれ、魔法機工学に優れた兄・京介の協力を得たことは大きかった。市彦が機械の調整係をし、誠介も、何度も練習を繰り返すうち、だんだんコツを掴めてきた。

 学校の許可をもらい、土日も実習室で練習を始めた。そのせいで千鳥には会えなかったが──今だけだ、と自分を納得させる。

 市街全域に、炎害警報による避難勧告が発出されたのは、そんな折だった。


 誠介の一家は避難しなかった。誠介の家には協力な防炎魔法がかけられており、有事の際には発動する仕掛けになっている。下手な避難所に行くより安全だ、という父の判断だった。

 誠介は自室に籠もっていたが、ソワソワと落ち着かなかった。

 数十分、いや、一時間は迷っただろううか。とうとう覚悟を決めて、窓を開け、飛行魔術でこっそりと家を抜け出した。

 向かったのは『祈りの塔』だ。今日は展望台も閉鎖されていることは知っていたが、せめて近くで塔を見上げて、その頂上にいる千鳥のことを想いたかった。その想いが千鳥に届かないのは承知の上で、それでも。

 防炎機能のあるアスファルトさえ熱を持ち、地面から上がった湯気が立ち込める。熱気は誠介の頬を火照らせ、汗が頬を流れた。

 湯気がその姿を隠していた『祈りの塔』も、その足元にたどり着けば、さすがにいつもどおりの威容を誇っていた。誠介は膝に手をついて、荒くなった息を整える。

 その時、声が聞こえた。聞き慣れた声だった。

「それで──千鳥は大丈夫なんですか」

「姫様はご無事だよ。炎の鎮圧に集中されている。これ以上君に語ることはない。早く帰りなさい」

 見れば、市彦がスーツ姿の男に縋り付くようにしていた。スーツ姿の男の方は、怜悧な表情を崩さず、市彦を振り払う。

「自分のことに集中しなさい。『矛と盾』の本戦も近いんだろう。約束通り、本戦で成績を残せば、君の今までの功績──姫様の守役を務めてきた功績を考慮して、君の希望通り、留学ができるんだ」

 男はそう言って踵を返すが──誠介の存在に気づいて、ふと、唇の端を歪め、笑みを浮かべた。

「やあ、藤堂誠介くん。姫様が世話になっているね。──この先、そう長い間にはならないだろうが、姫様をよろしく頼むよ」

 男がそう言うと同時に、市彦も誠介に気づいて、目を見開く。

「誠介──?」

 誠介は状況も分からず、ただ立ち尽くすのだった。


 市彦と誠介は、『祈りの塔』の壁に並んでもたれた。地面からの熱気はますます強くなっており、そろそろ帰路につかなくてはまずいことは明白だ。

 だが、その前に聞かなければならないことがあった。

「市彦。──さっきの人は、誰だ?」

 誠介の問に、市彦は自分の靴の爪先を睨みながら答えた。

「『祈りの塔』に努める役人だ。千鳥の側仕えをしてる」

「──じゃあ、千鳥さんがおまえに憑依して外出してること、政府にも知られてるのか!?」

「当たり前だろ。千鳥の側仕えは、魔法に長けたトップエリートばかりだ。そのそばで憑依魔術なんか使って、バレないはずないだろうが。──千鳥には言うなよ。あいつは、気づかれてることに気づいてない」

「じゃあ、留学ってなんだ」

 市彦は息を吸い込んだ。

「──そういう契約なんだ。俺が千鳥の息抜き役を務める代わりに、俺の望む将来を保証してもらう。──まぁ、俺の実技成績が悪すぎて、『矛と盾』での好成績が条件に追加されちまったけど」

 契約、というビジネスライクな言葉が、誠介の頭の中を反響した。

 『市彦は、私の友達で家族で──とても大切な人』

 そう言った千鳥の顔を思い出す。次いで、激しい怒りが腹の底から湧き上がった。誠介は市彦の胸ぐらを掴む。

「千鳥さんを、利用してたのか!」

「違う! 最初は──最初は、本当にただ、あいつを連れ出してやりたかったんだ。でも、施設に政府の役人が来て、交換条件を提示されて──それを受け入れたのは、否定しない。でも」

「でもなんだ? しかも留学って。千鳥さんを一人置いていくのか!」

 今度は市彦が激昂した。誠介の胸ぐらを掴み返す。

「お前に何が分かる! ──憑依魔術の効果が、年々短くなっていく。俺は昔より筋肉がついて、髭が生えるようになって、男の身体になっていっている。たぶんそのせいだ。どのみち、千鳥の憑坐に成れる時期は、そう長くない」

「だから、千鳥さんを見捨てるのか!」

「違うっつってんだろ!」

 その時だ。近くで、地面から炎が吹き上がる。炎害が始まったのだ。

 これ以上会話を交わす時間はなかった。

「……また今度、話す」

 市彦は誠介に背を向けて、駆け出していった。


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