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予選開会!

 次の放課後、誠介は市彦との練習をサボった。市彦に『今日は体調が悪い』とLINEをした後、すぐにスマートフォンの電源を切る。向かったのは『祈りの塔』の展望台だ。

 頬に吹きつける風は、こんなときでも清々しく胸を清めていくようだ。眼下に見える景色と人々の営み。そこに暮らす一人一人が、それぞれの想いと苦しみを抱えているのだと、今日はそんなことを思う。

 そんな苦しみから自由でいられるから、誠介はこの場所が好きなのかもしれなかった。

 だが、いつまでもここに立っているわけにはいかない。人は一時苦しみを逃れても、いつか必ず、それと向き合わなければならないのだ。

 『矛と盾』への出場をやめる気はなかった。学校があんなに協力してくれているのに今更後に引けない、というのもあったが、何より、一度引き受けたものを翻すのは卑怯だと思う。

 誠介は展望台と外を隔てる格子に手をかけた。そして瞑目して、深く息をつく。

 格子にかけた誠介の手に、触れる手があった。その温もりに誠介は目を見開く。

 振り向くと、そこに市彦がいた。いや、『千鳥』だ。今日は学ランを着ていて、少女の格好はしていないが、ひと目で分かる。その眼差しは少し悲しげで、そして真摯だった。

「少し話していい? 私が市彦と、初めて会ったときのこと」

 そして、千鳥は目の前に広がる空に目を向けた。

「──まだ小さかった私は、一人ぼっちだった。家族も友達もいなかった。傍に人はいたけれど、寂しさが消えなかった。私はこのまま、この場所から出られず、誰とも触れ合えず年を経るのだと思った。そんな時、市彦の声が聞こえたの。『うるせえよ、泣いてんじゃねぇ』って。すごくイライラした声で」

 千鳥は思い出したのか、クスリと笑った。

「市彦と私は、魔法力の波長が似ていたみたい。近くにいれば、互いの想いを伝え合うことができた。市彦は文句を言いながらも、ちょくちょく私と話に来てくれた。市彦の語る、外の世界の話に、私は夢中になった。そしてある日、市彦が憑依魔術の術式を作ってきたの。市彦には、理論は組み立てられても使えない術式だったけれど、私にはできた。以来、市彦は私に時折身体を貸してくれる。外の世界を見せてくれる。──それが私にとって、どれだけのことだったか、きっと誰にも分からない」

 あなたにも、と言外に言われた気がした。それは、市彦と千鳥だけの世界だ。

「市彦は、私の友達で家族で──とても大切な人。だから、私は市彦の優しさを信じてる」

 この世には、身近な誰かに優しくする一方で、見知らぬ誰かに酷いことをできる人がいる。

 誰かに対して優しいことが、なんの証明になるわけでもない。だが──

 『俺が、この環境から抜け出すために、どれだけ必死なのかも、お前にはわからないんだろうな』

 そんな、市彦の声が耳に残っている。誠介の知らない過酷な場所で藻掻いている少年。

「──信じたい、と思っている」

 それが、今の誠介に言える精一杯だった。千鳥がふんわりした笑みを浮かべ、その笑みが手に触れた雪のひとひらのように儚く消え去る。重ねられた手が話されて、残ったのは、少し憮然とした顔の、『市彦』の表情だった。

「今日の分の遅れは、明日取り戻すからな」

 無愛想に言い放たれた声に、誠介は頷いた。

「ああ」

 そのまま沈黙のうちに、二人並んで目の前に広がる景色を眺めた。


 ──そして、第52回高校生『矛と盾』魔法大会予選は始まったのだった。


 会場を派手に駆け巡る、色とりどりのスポットライトに、激しい音楽。居並ぶ少年たちにはいずれも緊張の表情が見え、それは誠介も例外ではなかった。

 落ち着かず、新調したVネックの黒いシャツの裾を引っ張る。最初は制服で出場しようとしたが、市彦に止められたのだ。

「俺達は制服が違うから、なんかちぐはぐだろ。俺はこのビジュアルも生かして大会で目立つんだ、おまえは俺を引き立てる格好をしろ」

 と命令され、ショッピングモールを連れ回されて、結局黒いシャツとデニムに落ち着いた。市彦はといえば、白を貴重にしたユニセックスな格好をしている。確かに目立っているようで、

「あれ、女子? 男子?」

 と囁き合う声がした。

 ステージの中央に立つ司会者にスポットライトが当たる。

「さあ、第52回高校生『矛と盾』魔法大会、予選がただいま始まりました! 我こそはと居並ぶ猛者たち、ここから本戦に出場するのは誰なのかぁっ!? ──まずは、記念すべき第一戦!」

 煽り立てる言葉の後に、誠介と市彦にスポットライトが当たる。誠介は眩しさに目を顰めたが、隣の市彦に背中をつねられる。見れば、市彦は笑顔でカメラに手を振っていた。

「今回の注目株。魔法力テスト全国一位の藤堂誠介くと、魔法理論学全国一位の進藤市彦くん、英才二人の、学校を越えたタッグだぁああああ! しかも、用意した魔法陣は、攻撃、防御各一種類ずつのみ! 果たしてどんな戦いになるのか、本大会の注目株です!!」

 あまりに詳細な解説に、誠介は思わず目を見開いた。市彦は、涼しい顔で口笛を吹く。

「応募用紙に、ちょっと盛って書いておいた甲斐があったな。これで目立つぜ」

「おまえ……っ!」

 市彦に食ってかかろうとした誠介だが、

「さて、出場者はステージに移動してください!!」

 との司会者の言葉に、結局何も言えないまま、ステージに移動するしかなかった。

 司会者のアナウンスは続く。

「対するは、名門宝生院高校、魔法研究会の皆さん、総勢五名! 今日のために用意してきた魔法陣は、攻撃、防御ともに火、水、金! 得意技に特化してきました! さて、勝負の行方はどうなるぅ!? さぁ、試合開始です!」

 司会者の言葉とともに、ゴングが鳴る。

 魔法の実行役は、互いに一人ずつだ。こちらからは、もちろん誠介が進み出る。宝生院高校魔法研究会からも、一人が進み出る。互いに緊張の面持ちで見つめ合った。

 こちらは二人、しかも市彦は理論だけで実践の役には立たない。向こうは五人。数の問題ではないとはいえ、気持ちの問題として、なんとなく押し負けそうな気分になる。

 アシスタントが攻守を決めるくじを持ってくる。相手方とじゃんけんをして、誠介が勝った。先にくじを引く。攻撃側になった。

 良かったのか、悪かったのか分からない。とにかく息をつくと、一旦自陣に戻って、攻撃用の魔法陣が書かれた羊皮紙の巻物を取り上げる。相手方は、何やら相談している。どの魔法陣を使うか協議しているのだろう。きっと、一番自信のある防御魔法陣で挑んでくるはずだ──。

 今更になって緊張してきた。心臓がバクバクと跳ねる。巻物を持った手が震え始める。

 そんな誠介に、声がかけられた。

「がんばって、誠介くん」

 その声は市彦のものだったが、口調は明らかに違う。驚いて顔を上げると、市彦は『千鳥』の表情で、いたずらっぽく笑っていた。

「着いてきちゃった。手出しはしないけど──応援してるからね。大丈夫、誠介くんなら、絶対にやれるから」

 その言葉に、誠介は顔を赤くする。会場が暗くて良かった。

 そして、先程までの緊張が、どこかに飛んでいったのが分かる。──千鳥は不思議だ。一緒にいて言葉を交わすと、心が綻び、和らぐ。それは魔法じゃないが、でもやっぱり、誠介にとっては魔法に等しい効果があるのだった。

 ──進藤のやつ、このために千鳥さんを連れてきたんじゃないだろうな。

 ちょっぴり疑ってしまうが、もしそうなら、むしろ礼を言わなければならないのかもしれない。

 とにかく誠介は、緊張を捨て、意気込みだけを胸に、ステージに上ることができた。スポットライトの眩しさも、誠介を睨み据える対戦相手も、今は気にならない。

 誠介は羊皮紙を開き、魔法力を高めていく。最初は水属性の魔法力から。次に木属性。続けて、火属性、土属性、金属性と魔法力を灯し、そして、最初の水属性へと繋ぐ。

「巡れ、巡れ、巡れ──」

 つぶやく呪文は、ほとんど集中のためのおまじないのようなものだ。魔法力の循環を繰り返す。羊皮紙に記された魔法陣が輝きを増す。その輝きが飽和しそうになる瞬間、誠介は魔法陣を発動させた。

「行け──っ!!」

 対する防御魔法陣は、火属性の魔法陣だ。魔法同士がぶつかり合い、互いに反発する。一進一退、互いを飲み込み合おうとする二つの魔法陣は、数十秒の間、ジリジリと音を立てて火花を散らした。

 ──そして、決着が着いた。

「勝利、進藤&藤堂ペア! 五大属性魔法陣の勝利です!」

 司会のアナウンスとともに、わぁっと歓声が湧いた。

 勝ったのだ。そう思うと、どっと肩の力が抜けた。だが、対戦相手の面々が涙を流しているのを見て、慌てて礼をした。気まずく背を向けると、自陣に戻る。そうすれば、市彦が肩を組んできた。

「藤堂、お疲れ」

「進藤──千鳥さんは?」

 聞けば、市彦は少し呆れ顔になった。

「開口一番それか。今は『代わって』る。勝利には、パフォーマンスが必要だからな」

 そう言って、市彦はカメラ目線になった。ぐっと誠介の肩を引き、頬を寄せる。そして、満面の笑顔で片手を大きく振った。

 今度の歓声には、なぜだか女性の黄色い声が入り混じっていた。

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