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市彦

 千鳥に魔法の練習をしてもらった翌日の練習で、市彦は満足そうに笑った。

「ちょっとはマシになったじゃねぇの。──でも、まだまだ、細かいコントロールが甘ぇんだよ。これからもバシバシ行くからな!」

 まだお小言が続くのか、と誠介はちょっとげんなりする。

 それでも、「五大属性を潰し合わせず、互いを引き立てる」という感覚が分かってきたと、自分でも実感する。確実に向上しているという感覚は、悪いものではなかった。

「下手くそ! 水属性の魔法力だけが突出しすぎてるだろ!」

「うるさい! だったらこうか!」

 千鳥の怒声に、怒鳴り返すまでの余裕まで出てきて──同年代の少年と、こんなにポンポンものを言い合うのは初めてだな、とちょっと嬉しくなった。

 そんなある日のことだった。クラスメイトの女子が、放課後、実習室に向かう誠介に声をかけた。

「藤堂くん、今日も『矛と盾』の練習?」

「うん」

 頷いて、そのまま立ち去ろうとしたが、彼女の顔が妙に雲っているのが気にかかって立ち止まる。彼女は誠介から顔を逸らし、言おうかどうか何度も悩んだ様子で、結局、誠介に向き直り、それを口に出した。

「あの──進藤市彦って人。中学の時の同級生なんだけど。──今はどうか知らないけど、当時は、悪い子とつきあったりしてたの。藤堂くん、一応気に留めておいて」

 巻き込まれるな、という忠告なのだと分かった。人の悪口を告げ口されたとも思える言葉だったが、その声が真摯だったから、誠介も頷く。

「うん──分かった」

 だが、あまり気に留めていなかった。まだ高校生とは言え、過ぎた過去のことをどうこう言うのは野暮だという意識があった。それに、千鳥に対する市彦の献身を見ていたら、彼が悪いやつだとは、どうしても思えなかったのだった。


 そんなある日、再び、兄の京介が実家を訪れ、一緒に夕食を取った。そのタイミングを見計らって、誠介は、初めて両親に、というか父に、そのことを打ち明けた。

「そういえば、僕、今年の『矛と盾』魔法大会に出ることになった」

 真っ先に反応したのは京介だ。テーブルに身を乗り出すようにして、興味津々な様子を見せた。

「へぇ! 誠、『矛と盾』出んの!? すっげぇ意外! なぁ、誰と、誰と!? 友達? 彼女?」

「友達──というか、他校の男子だけど、ちょっと知り合って──熱心に勧誘されたというか──」

 友達、と言い切るには、照れがある。だいたい、市彦が誠介のことをどう思っているか分からない。ただの魔法実行機と思われている可能性だってある。

 誠介の煮え切らない反応に、心配を示したのは母だった。

「大丈夫なの? そんな、よく知らない子」

 それには、誠介は力強く頷いた。

「大丈夫。悪いやつじゃないよ」

 千鳥に見せる市彦の優しさが、誠介に確信を持たせていた。京介が笑う。

「やっぱ友達じゃん」

 それに言い返す前に、父が渋面を作る。

「おまえ、4月からは受験生なんだぞ。それを、そんなチャラチャラした番組に出て、遊んでる場合か」

 その反応は予想の範囲内だった。そして、それに対して京介が

「いいじゃん。4月から受験生だからこそ、遊べるのは今のうちだけなんだし、誠のいい思い出づくりになるだろ」

 と言い出すのも、予想の範囲内だ。案の定、京介に甘い父は渋面のまま黙った。

 京介が、誠介の背中をバシバシ叩く。

「いやぁ、お兄ちゃんは安心したよ。誠、このまま青春せずに、真面目一辺倒で高校生活を終えるんじゃないかと、ちょっと心配してたんだよなぁ」

「うるさい。それのどこが悪い。『矛と盾』に出ることになったのは、単なる行きがかり上だ」

 うざったそうにしながらも──実際にうざったく思いながらも、両親の許可を取るため、この兄を利用した自覚はあった。そんな自分が卑怯に思えて、誠介はやや自己嫌悪に陥った。

 帰り際、京介は誠介の耳元に口を寄せ、

「女だろ?」

 と笑って、誠介のパーカーのポケットに紙幣を数枚押し込んだ。

「こないだ取った特許で臨時収入あったんだ。もらっとけよ」

 誠介は憮然としながらも、断ることなく受け取った。この間のパンケーキセットは1500円もしたのだった。


 翌日は『矛と盾』の練習もなく、千鳥と会う予定もない休日だった。

 誠介は参考書を買いに街の本屋に行くことにした。『矛と盾』に出場するからと言って、成績を落としたら、自分で自分が許せない。

 一通り本屋を見て回って買い物をし、何冊かの参考書を入れたビニール袋はずっしりと重くなった。ついでにブラブラしようと街へ向かう。そういえば、大通りから外れたところに、古本屋が会ったはずだと思い出し、裏路地へ入った。

 ゲームセンターの裏口の前を通り過ぎると、ちょうど、ワイワイと騒がしい連中がゲームセンターから出てくるところに出くわした。いかにも柄が悪そうな雰囲気の少年たちだった。

 うるさいな、と顔をしかめて通り過ぎようとしたその時だった。

 誠介の持っていた参考書入りのビニール袋が、連中の一人に当たってしまったのだ。

「……ってえな」

「すまない」

 反射的に謝って、でも、そちらの前方不注意じゃないか、という反発も生まれる。それが顔に出ていたのだろうか。相手も険しい顔になった。

「……ンだよ、その顔。マジで悪いと思ってんのか。俺、超痛かったんだけど」

「だから、悪かった」

 そのまま立ち去ろうとした誠介だが、強い力で肩を捕まれ、顔を顰めた。振り返れば、相手が上から見下ろすようにして誠介を睨みつけていた。

「馬鹿にしてんのかよ、おまえ。悪かったと思うなら、それなりの支払いってもんがあるだろ?」

「それは脅迫だ。なんなら、一緒に警察に行こうか」

 睨み返しながらも、誠介も緊張感が高まり、背中に汗をかく。その時、場にそぐわぬ軽い声がかけられた。

「お待たせ。……ってあれ? 藤堂じゃん」

「市彦」

「進藤?」

 絡んできた少年と誠介の声が重なる。そこにいたのは市彦──今日は女装もしておらず、学ランも着ていない。ダボッとしたTシャツとサルエルパンツという格好だった。

 市彦は、誠介と絡んできた少年を交互に見る。

「なんかあった? 悪ぃけど、勘弁してやってよ。この藤堂、俺のツレなんだわ」

 市彦が拝むようにすると、絡んできた少年は渋々というように、誠介の肩を掴んでいた手を離した。

「サンキュ。──俺、ちょっと藤堂と話してから行くわ。後から追いつくから、先行っといて」


 そして少年たちは立ち去り、誠介と市彦が残された。

 市彦は、やれやれ、というようにため息を付き、頭を掻いた。

「──なんで、こんなとこで会うかなぁ」

「進藤。──おまえ、あんな奴らとつるんでるのか」

 睨みつける誠介に、市彦は苦笑する。

「あいつら、俺と同じ施設にいるんだよ。一つ屋根の下、適当に合わせてやっていかなきゃ、俺も暮らしていけなくてね」

「……施設?」

「俺、親がいないんだよ。赤ん坊の頃から、ずっと施設で暮らしてる」

 それは初めて知る話で、誠介は少したじろいだ。生まれてから今まで、大なり小なり、自分と同じような家庭環境、同じような経済状況の人間としか接してきたことがない、乏しい人生経験を思い知らされる。

 ──しかし、だからって、恐喝行為が許されるわけじゃない。そう考えて、誠介は恐ろしいことに気づいた。

 この間千鳥と食べた、1500円もしたパンケーキセット。彼女の着ている可愛らしい衣服。経済的には恵まれていないだろう市彦が、それをどうやって捻出した?

「おまえ、まさか──千鳥さんの服とか食べ物のお金、悪いことで賄ってるんじゃ──」

「それはない」

 思わず疑問を口に出した誠介に、市彦は強い口調で言い切り、首を振る。

「詳しくは話せないが、まっとうなアルバイトで稼いでる。千鳥は関係ない。──千鳥には、綺麗なものだけ見せてやりたい。だから、さっきのことは、千鳥には秘密にしてくれ」

 その声の真摯さに、市彦のことを信じたくなる。だが、さっきまで、市彦のことを悪いやつじゃないと信じ切っていた自分の甘さを思えば、今回は信じきれなかった。

「信じたい。──でも、現にお前は今、間違ったことをしている」

 生きてきた環境が悪いのだ、と彼らは言うのかもしれない。このくらい、大したことではないと笑うのかもしれない。そしてそれは、一面では正しいのかもしれない。だが、間違ったことは間違ったことだ。真面目くんと笑われてきた誠介だが──でも、自分の信じる倫理観は曲げられないし、曲げたくもない。

 市彦が、チッと舌打ちする。見たこともないような険しい顔になって、誠介を睨み、その胸ぐらを掴んだ。

「おまえ、俺がそれを知らないと思うのか。そんなことも分からない馬鹿だと思うのか」

「──……」

 それは初めて見る市彦の激昂で、誠介は言葉を失った。

「俺が、この環境から抜け出すために、どれだけ必死なのかも、お前にはわからないんだろうな。──『矛と盾』には絶対つきあってもらうぜ。どんな手を使ってもだ。『矛と盾』の賞金に、俺の将来はかかってる。──お坊ちゃんのおまえと違ってな!」

 そして、市彦は誠介に背を向け、立ち去ってしまう。その背を誠介は黙って見送った。気づけば、ひどく傷ついている自分がいた。言われ慣れているはずの、『お坊ちゃん』というその言葉を、市彦が今まで一度も誠介に言ったことがないことに、その時初めて気がついた。

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