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ボーイミーツガール&ボーイミーツボーイ

 少女はそう長くは飛ばなかった。『祈りの塔』のすぐ下にある『鎮魂の広場』、その敷地内に作られた森の中に降りていく。重なり合う梢と葉に邪魔されて、誠介は少女の姿を見失った。

 少女が降りたのと、だいたい同じと思われる場所に降りていく。枝葉が頬を擦り、擦り傷ができる。

 ──なにやってんだ、僕。

 そう思いながらも、地面に降り立った誠介は、少女の姿を探して辺りを見回した。が、見当たらない。とりあえず遊歩道に出て、森を散策する。常緑樹の森は冬でも緑に覆われ、森閑とした空気を木漏れ日が柔らかく照らす。心地よくて、自分がここで見知らぬ少女を探しているという現状が、馬鹿馬鹿しく感じられるようになったその時だった。

「きゃ……っ」

 と悲鳴のような声が上の方からして、誠介は声のした方を見上げた。見れば、先程の真白い少女が木の上にいて、太い枝に抱きつくようにして、必死にしがみついていた。どうやら、コートのフードが梢に引っかかってしまい、それを取れもせず、取らずには降りられもせず、という状況のようだ。飛行魔術で少し浮いては、首の後ろに手を伸ばし、フードを枝から外そうとしているが、うまくいっていない。

 誠介は呆れてため息をつく。そのため息を聞きとがめたのか、少女が誠介に目を向ける。そのあどけない表情が、先程の意地悪な表情とは全く違う気がして、誠介は戸惑った。

 果たして少女は、先程のことなど何もなかったかのように、無邪気に誠介に声をかけた。

「あなた。申し訳ないのだけど、助けてくださらない?」

「僕が? ……えっと、どうやって?」

「このフードが枝に引っかかって、どうしても外れないのです。取ってほしいの」

 断られるなんて想像もしていない、信頼しきった声だった。

 そのせいで、誠介も思わず頷いてしまう。

 飛行魔術を使ってフードの引っかかった枝のところまで浮くと、フードと枝に手をかけて、外そうとする。だが、小さな小枝がフードに刺さってしまったようで、どうもうまく外れない。しょうがない、と誠介は枝の先を折り、無理やりフードから外した。

「はい、取れましたよ」

「ありがとう──あら、枝を折ってしまわれたのね」

 少女は、誠介の手から折った小枝を取り上げると、元の枝の断面に、その小枝の断面を当てた。

「ごめんなさい。痛い思いをさせました」

 少女の手が、魔法力の光を放つ。誠介がその眩しさに目を細めた次の瞬間、枝は何事もなかったかのようにくっついていた。

 ──治癒魔術だ。

 すごく難しい魔術で、適性も必要だと聞いている。それを、こんなに簡単にやってしまうのか。

 誠介の胸に、劣等感とも敵愾心ともつかない感情が湧き上がった。

 だが、治癒魔術を終えた少女が誠介に向けた笑顔のあまりの輝かしさに、ついぼうっとなって、一瞬芽生えた、そんなドロドロした気持ちを忘れてしまう。

「助けてくれて、ありがとう。お礼に、アイスでもどうかしら?」

 つい頷いてしまった誠介だが──この寒空にアイス、という提案に疑問を抱かなかったことを、後悔することになる。


 十数分後。少女と誠介は、広場を流れる川辺の畔で、屋台で買ったアイスを身を縮めながら食べていた。ベンチに座った尻すら冷たい。

「……寒い」

「……ほんとに、寒いね。ごめんなさい。お礼のつもりだったんだけど」

 落ち込む少女に、誠介は慌てて、手をブンブンと振る。

「あ、いや、でも、すごく美味いよ! 奢ってくれてありがとう!」

 それに少女も顔を綻ばせた。

「そう? だったら良かった。──前食べた時は夏だったから、冷たいのがとても気持ちよかったんだけど、冬に食べるとこんなに寒いなんて知らなかった。『市彦(いちひこ)』は時々意地悪ね。教えてくれればよかったのに。さっきも私を木に引っ掛けたまま、『代わっ』ちゃって」

 そうして少女は虚空を見つめ、沈黙した。その横顔はまるで、誠介には見えない誰かと会話をしているようだった。『市彦』が誰なのか、説明すら無い。

 やがてアイスを食べ終え、少女が立ち上がった。

「じゃ、そろそろ、私は行くね。ばいばい。助けてくれて、本当にありがとう」

 誠介はそれに、ひどく焦った。とっさに少女の腕を掴む。

「ちょ、ちょっと待って。君の名前は? 学校は、どこ行ってるの? また会えないかな?」

 完璧にナンパの常套句だ。しつこい男の典型みたいな振る舞いをしているのも、自分でわかっている。だが、どうしても自分を止められなかった。この少女と、また会いたい。

 少女は困った顔をした。どうしていいものか迷っているように小首を傾げ、そして言った。


「『市彦』。──お願い、『代わって』」


 その瞬間、少女の纏う雰囲気はガラッと変わった。鋭い眼光で誠介を睨むと、強い力で腕を振りほどいた。同時に胸ぐらを掴まれる。

「おい、てめぇ、しつけぇんだよ。『千鳥(ちどり)』が世間知らずなのをいいことに、ナンパなんかしやがって。だいたい、あのアイスだって俺の金だぞ」

「ぐ……っ」

 状況が掴めない。何を言われているのかもわからない。胸ぐらを掴まれているせいで、息も苦しい。

 ようやく手を離されて、ゴホゴホと咳き込む誠介をよそに、少女は手にした何かを覗き込んでいる。それは、誠介の学生手帳だった。いつの間にか、胸ポケットから掏摸取られていたらしい。

藤堂(とうどう)誠介、誠明館(せいめいかん)高校二年。──へぇ。おまえがあの、全国一位、『オールA総合S』の藤堂誠介?」

 誠介は、ぐっと言葉に詰まる。『オールA総合S』とは、すなわち誠介の成績のことだ。特筆して際立ったものはない、すべてA評価にもかかわらず、総合点だけはS評価になっているという、その成績を、誠介は実のところ恥じていた。 

 魔法力テスト全国一位。

 それがあくまで総合点での順位であり、各専攻に限れば、いつだって誠介の上を行く人間がいる。器用貧乏。天才になれない秀才。誠介は自分をそう理解しており、また、他人にそれが見抜かれているんじゃないかと常に怖くて、そんな自分に自己嫌悪という悪循環だ。

 少女はニヤリと笑った。最初に会った時のような、唇の端を歪めるような、意地悪な笑い方だ。

「気が変わった。いいぜ? 自己紹介してやるよ。俺は、進藤(しんどう)市彦。あんたも俺の名前、たぶん見たか聞いたかしたことあるだろ?」

 今度は、誠介が目を見開いた。

 進藤市彦。それは、魔法理論学の全国テストでいつも一位を──それも、二位以下を大きく引き離した一位を取っている、『男子』の名前だった。

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