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『祈りの塔』と邂逅

 そこは、かつて地の底から吹き上がった炎に焼き尽くされた世界。

 その炎の正体は未だ不明で、地中に住む火竜だという者もいれば、政府の秘密裏の実験が失敗したのだという者もいる。

 人々は死力を尽くして炎と戦い、未だ地中で燻る炎の再燃を阻止すべく、天まで届く『祈りの塔』を作り上げた。そこでは代々の『祈りの姫』が祈りを捧げ、炎を鎮めているという。

 ビルもある。飛行機も飛ぶ。スマートフォンもある。だが、同じくらい当たり前に、魔法も存在する。

 これはそんな世界の話だ。


 冷たい風が頬に吹き付けて、マフラーをきつく巻き直す。鼻の頭と頬に触れてみれば、すっかり冷え切っていた。手にした熱いコーヒーも、少しばかり冷めてきて、手を温める効果も薄まってきた。

 天まで届く『祈りの塔』の下層階は一般にも公開され、12階には展望台がある。展望台にはガラス壁もなく、床から天井までを覆う格子だけが塔と外界を隔てる吹き抜けの作りになっているのだから、当然、外気を防いではくれない。風は容赦なく、びゅびゅっと吹き抜けていく。夏は涼しくていいのだが、冬場は寒くてならない。

 無料で貸し出ししてくれる毛布をコートの上から巻きつけても、焼け石に水──いや、この場合は、雪山に熱湯とでも言うべきだろうか。

 だが、誠介はこの展望台からの景色が好きだった。

 かつて炎に焼き尽くされたという不毛の大地。それが今や、住宅やビルのひしめく、賑やかな街になっているのが見て取れる。眼下には炎に巻かれて亡くなった人々の鎮魂のために作られた大きな公園、『鎮魂の広場』がある。──焼け跡から生き残り、ここまで復興を遂げた、人々の強さが、この景色に現れているような気がした。

 また、12階という微妙な高さが、下界の雑事や雑念から、自分を隔ててくれているような気がするのもよかった。眼下を走る路面電車には、きっと今日も、疲れた顔の通勤客がすし詰めになっているだろう。誠介も、普段は電車通学の高校生として、あの路面電車に乗っているが、学校が創立記念日で休みである今日は、あの満員電車も他人事だ。

 ──が、そんな綺麗事より、12階の高さからの展望という微妙な代物に、代金2000円を支払える金の余裕と趣味の持ち主しかここにはいないという客層の良さが、一番心地いいのかもしれない。あの教室の、騒がしい同級生たちによるなんとも耳障りな喧騒は、ここにはない。皆、思い思いに時を過ごし、時折話し声は聞こえるものの、それは穏やかで、誠介の気に触ることはなかった。

 ふと、空を見上げている。鳶が上昇気流に乗って、空高く飛んでいく。あの鳶は雲の上まで行くだろうか。この天まで続く『祈りの塔』の最上階におわすという、『祈りの姫』の顔を垣間見るのだろうか。

 『祈りの姫』のことから、連鎖的に、昨日教室で配られた進路調査票を思い出して、誠介は顔を顰めた。進路調査票の紙をじっと見下ろす誠介に、同級生の一人がからかってきたのだ。

『魔法力テスト全国一位のエリートお坊ちゃんなら、よりどりみどりだろ。羨ましいこった』

 そいつを思い切り睨んでやったが、返ってきたのは馬鹿にするようなけたたましい笑い声だけだった。──ああ、本当に嫌だ。

 耳に残る、耳障りな笑い声を、頭を振って振り払う。そうして再び景色に目を戻そうとした時──視線の先に、先程までいなかったはずの人影が見えた。誠介に背を向け、格子に手をかけて景色を眺めているようだ。

 フードのついた白いロングコートの裾から覗く白いスカート、足元は編み上げのブーツ。やはり白いベレー帽から除く肩まで伸びた髪も、やはり輝くような銀色だった。白髪の比喩ではない。本当に銀色なのだ。

 誠介は、思わず目を奪われた。──雪の精霊か。そんなことを真剣に思う。精霊族は、普段は自らの住む異界から出ることはないが、時折気まぐれな個体が人間の前に姿を現すこともある──と、教科書に書いてあった。

 じっと見ていれば、その銀色の髪が揺れ、彼女が振り向いた。誠介は、思わず息を飲む。

 その白い少女は、とても美しかった。

 切れ長の瞳を縁取る長い睫毛も、やはり銀色だ。その瞳は蒼い。雪のように白い肌に、整った鼻梁。唇だけが鮮やかに紅い。

 その蒼い瞳が誠介を映し、ようやく誠介は我に返る。人様をまじまじと見つめて、なんて失礼なことをしたんだろうと、僅かに頬を染める。

 その時少女が、唇の端を吊り上げた。それは、とても意地の悪い笑みだった。

「なに? 俺に一目惚れか?」

 それだけ言って、少女は踵を返し、展望台から立ち去っていく。

 何を言われたか分からず、しばし呆然と立ち尽くしていた誠介だが、やがて状況を理解して、カーッと顔に血が上るのが分かった。

 馬鹿にされたのだ。初めて会ったばかりの、あんな同じ年頃の少女に。

 そう思うと、いてもたってもいられず、残りのコーヒーを一気に飲み干すと展望台の端にあるカフェに返却し、少女を追って、駆ける。塔の外壁を螺旋状に取り巻く坂道を駆ける。この展望台の上階からは立入禁止だから、少女もこの坂道を降りたに間違いない。

 果たして、しばらく全速力で駆けると、そこに少女はいた。螺旋状の坂道には、転落防止のため、腰までの高さの外壁があるが、スカートがまくれるのも気にせず、そこに片足をかけていた。

「よっ! ……と」

 少女は外壁の上に身体を乗り上げると、そのまま外壁を蹴り、外に身を躍らせた。ひらり、とスカートが翻る。

 誠介は青ざめる。ここはまだ、10階程度の高さがある場所だ。落ちたらひとたまりもない。

 が、少女は落ちなかった。そのまま、空中を滑るように、踊るようにして飛んでいく。

 ──事前許可なしの飛行魔術は、違反だ。10万円以下の罰金、と教科書には書いてあった。

 が、なぜだろう。

 誠介もまた、空中に身を躍らせ、少女の後を追って、空を飛んだのだった。

 眼下に広がる街、頬を撫でる風。

 見慣れたはずの場所なのに、まるで別世界に踏み出したように感じられたのだった。

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