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決勝戦!

 決勝戦開始直前。会場に戻ってきた誠介を見て、市彦は笑った。

「覚悟は決まったみたいだな」

「ああ」

 向けられたいくつものテレビカメラ。観客席を埋め尽くす観衆と、その歓声。

『第52回、高校生『矛と盾』魔法大会! いよいよ決勝戦です! 映えある優勝トロフィーと、賞金500万円を手に入れるのは、果たしてどっちの陣営かぁっ!?」

 熱気を呷るようなアナウンスに、観客席からわぁあああっと歓声が上がる。

 その歓声とスポットライトを浴びた誠介と市彦は、顔を見合わせた。

「とうとうここまで来たな、誠介」

「ああ、絶対に勝つぞ、市彦」

 そして二人はニヤリと笑う。口に出さずとも、二人とも、互いに言いたいことは分かっていた。

 ──千鳥もどこか遠くから、この試合を『視て』いるに違いない。彼女に恥じない試合にしよう、と。

 須磨と市彦がくじを引き、攻守が決まる。

『攻撃は進藤&藤堂チーム! 守備は鏡見澤高校チームです! 進藤&藤堂チームの攻撃魔法は、いつもどおりの五大属性魔法! 守備の鏡見澤高校チームは……予選から変更し、今まで温存してきた、火・水・木の三大属性魔法だあぁぁぁぁ!?」

 会場にどよめきが走る。市彦は目を見開いた。三大属性魔法。つまり、誠介は、三つの属性の魔法力を調整しなければならないということになる。須磨がここまで温存していた秘密兵器だ、よほどの自信があるのだろう。二回戦のような自滅も期待できない。

 だが、誠介は怯まなかった。すでに覚悟は決めていた。この程度で怯むようなら、この先の長い道程を歩むことなど、到底できない。

 決勝戦前には、各陣営にインタビューがあった。鏡見澤高校チームからは、須磨がインタビューに答えた。

「先日の炎害で、家が全焼したんです。まぁ、炎害保険下りましたけど、何かと物入りで──家族のためにも、がんばります」

 その話は聴衆の胸を打った。頑張れ、という応援の声があちこちから響いた。

 次に、誠介がマイクを突きつけられた。テレビ局としては、あのCMのこともあり、須磨と誠介の対決を演出して盛り上げたいのだろう。

 誠介は、怯むことなく、まっすぐテレビカメラを見て言った。

「僕は──好きな女の子にいいところを見せるために。そして、彼女の名誉にかけて、戦います」

 おおおおお、というどよめきが会場を満たした。隣で市彦がぽかんと口を開けて、呆然と誠介を見ていた。『おいおいおい』と顔に書いてある。

『これは──盛り上がって来ました! 泣いても笑っても、これが最後の戦いです! この決勝戦、勝つのは家族への想いか、それとも恋か──!?』

 ナレーションが煽り立てる中、須磨と誠介は位置についた。

 誠介は羊皮紙を広げ、深呼吸を繰り返す。

『各陣営、魔法を準備してください。カウントスタート! 5,4,3、2,1……!』

 あの川辺で、彼女に手を取られて、魔法の世界の奥深さを教えられた。水が木を育み、木が炎を生んで、灰が土となる。土の中に金属が生まれ、金属が空気を冷やして水滴が滴る。そうして世界は作り上げられていく。たくさんの人の営みを、その中に内包しながら。

 彼女の笑顔を思い出す。見るだけで心がほどけるような、やわらかな笑顔。

 ──君のためなら、僕はきっと、なんだってできてしまう。

 世界を形作る五つの属性の魔法力が、誠介の中で渦を巻き、魔法陣に流れ込む。何者をも打ち砕く矛をイメージする。それを形作ることが、誠介にはできる。

「巡れ──!」

「護れ──!」

 両者の咆哮。ぶつかり合う魔法と魔法が、火花を散らし、ジジジッと音を鳴らす。だが、誠介の放った魔法が、じわじわと、須磨の放った魔法を呑み込んでいく。

 息を呑む観衆。誠介と須磨は、互いに額に汗をかいて、その趨勢を見守った。

 そして、勝負が決する。

『決着!! 進藤&藤堂チームの勝利です!! 恋の力は強かったぁあああ!!』

 アナウンスとともに、ワアアアっと歓声が上がる。

 市彦が駆けてきて、そのままの勢いで、誠介に飛びついた。ぎゅっと首に回された腕に、誠介も応えてその背を叩いた。

「誠介、すげぇ、おまえ、すげぇよ!」

「すごいのはおまえだ、市彦。おまえの魔法陣がなかったら、ここまでできなかった」

 敵陣を見れば、須磨が肩を落とし、仲間たちに肩を叩かれている。

 ──勝った。

 打ち負かしてやった、という爽快感はなかった。ただ、歩むべき一歩を進んだのだという達成感があった。

 こうして、観客たちの歓声を浴びながら、市彦と誠介の『矛と盾』魔法大会は終わった。


 そして、新学期。誠介は担任教師に、進路調査票を提出した。

 担任はそれを見て、一つうなずき、真剣な顔で言った。

「茨の道だぞ」

 対する誠介も、まっすぐに教師を見返した。その瞳に、迷いはなかった。

「分かっています」


 高3の3月。誠介と市彦は、『祈りの塔』の展望台に来ていた。寒風が吹きすさび、二人の髪を乱す中、手の中のホッとコーヒーもどんどん冷めていく。

「……小学生の頃、施設の遠足でここに来た時、初めて千鳥の声が聞こえたんだ。ぴぃぴぃ泣きわめくから、腹が立って──泣いてすむなら誰も困らねぇよって、怒ったんだ。でも、あの泣き声が気になって仕方なくて、入場係がいない隙を狙っては忍び込んで、千鳥と話をした。そのうち、外に連れ出してやりたくなって、俺が憑依魔術の術式を組んで、千鳥に教えた。最初のうちは本当にこっそりだったけど、すぐにバレて、施設に『祈りの塔』の職員が来たよ」

「……そうか」

 市彦はこの一年で、随分背が伸びた。骨格もしっかりして、もう少女には見えない。彼の成長のせいだろうか。千鳥が市彦に乗り移れる時間は、どんどん短くなっていった。

 ──たぶん、今日が最後だ。

 それを、二人とも予感していた。二人は今月高校を卒業し、市彦は来月から、海外留学に出発する。──いつか、千鳥を『祈りの塔』から解放できるような、『祈りの姫』の代用となるシステムの開発を目指すのだそうだ。

 市彦は目を閉じる。千鳥と交感しているのだ。そして、目を開いた時、その表情は『千鳥』のものになっていた。彼女はいつもどおり、優しく笑った。

「誠介くん。あなたと知り合って一年、本当に楽しかった。──あの魔法大会で、私を好きだって言ってくれてありがとう。一年とはいえ、私に彼氏ができるなんて、想像もしてなかったよ。でも、もう、お別れだね」

「僕もだよ。──でも、お別れじゃない」

 誠介が言うと、千鳥は首を傾げる。

「僕は、『祈りの塔』の職員を目指す。君の側仕えになるために、あらゆる部門でのトップエリートであり続ける。そう決めたんだ。だから、待っていてほしい。僕が、君のそばにたどりつくまで」

 そう言うと、千鳥は明らかにうろたえた。

「ま、待って。そんな、突然」

「突然じゃない。君が好きだ。だから、そばにいたい」

 誠介は千鳥の手を取る。それは市彦の固い手だが、いつか本物の、柔らかな彼女の手に触れたいと、そう思う。

「私にとっては突然だよ! 今までそんなこと、一言も言ってなかったじゃない! 一年だけのおつきあいだって、私、そう思って──」

「魔法系大学の最難関、国立魔法大学第一種に合格するまで、言わずにおこうと思って──」

「そういうのは、ちゃんと言っておくの!」

 怒られてしまった。千鳥は両手で両頬を包み、どうしよう、どうしようと繰り返す。

 もしかしたら、自分と将来を約束するのが嫌なのかな──と、誠介が不安に襲われた時、千鳥はうつむいていた顔を上げた。覚悟を決めたような顔で口を開く。

「私、市彦みたいな美人じゃないの!」

「へ?」

 誠介はぽかんと口を開けた。

「だから、この顔は市彦の身体でしょう? 私の本当の身体は、ほんとに平凡な、十人並みの顔をしていて、だから、誠介くんもきっと、私に会ったらがっかりするに決まってるの!」

 目を丸くして聞いていた誠介だが、聞き終えて、思わず笑った。

 何がおかしいの、と千鳥がぽかぽかと誠介の胸を叩く。力は市彦のものなので、かなり痛い。

 誠介は千鳥に向けて笑いかけた。

「君の顔がどんなに市彦と違っても、君の笑顔を見たら、きっとそれと分かる。──だから、待っていて」

 千鳥の顔が真っ赤になった。ごく小さな声で、待ってる、と呟かれたその後、その顔はうなだれる。再び顔を上げた時、その表情はすでに『市彦』のものに変わっていた。

 市彦は気まずそうに頭を掻く。

「俺の身体でキスでもするんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ」

 誠介は、その言葉に大きな声で笑ったのだった。

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