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京介

 炎を避けて、飛行魔術で家に帰り着いた誠介は、自室の窓から家に入る。そして、眉を上げた。

「よっ、誠。邪魔してるぜ」

 誠介のベッドに、我が物顔で横向きに寝転び、頬杖をついているのは、京介だった。

「──京。なんでいんだよ」

「俺のボロアパートじゃ危ないじゃん? 避難させてもらおうと思って」

「そうじゃねぇよ、なんで、僕の部屋にいるんだって聞いてんだよ!」

 声を荒げる誠介に、京介は気にした様子もない。

「一応ノックはしたんだぜ? 返答がなかったから勝手にドアを開けたけど、そしたらもぬけの空と来た。あ、どこへ行ったとか野暮なことは聞かないぜ? どうせ彼女だろ? 父さんと母さんには秘密にしてやるから、安心しな」

 怒る気力も失せたが、とりあえず、京介をベッドから蹴り落とす。代わりに自分がベッドに身を投げ出し、枕に顔をうつ伏せた。

 惹かれた女性に会いに行ったのはその通りだ。会えるはずもないのは百も承知だったが。だが、今は別のことが、誠介の胸を締めつけていた。

 閉じこめられた少女との逢瀬。その秘密めいた関係は、今まで誠介の心を弾ませていた。『優等生』と言われ続けた自分が、少し『悪い子』になったような、そんな気がしていた。だが、大人たちは、それを百も承知だったのだ。『祈りの塔』で働く側仕えの男は、誠介の名前を知っていた。誠介もまた、千鳥との関係を大人たちに知られ、そして、見逃されていたのだ。

 ──そしてそれは多分、誠介が人畜無害な『優等生』で『お坊ちゃん』だからなのだ。

 そう思うと、屈辱感が湧き上がる。

「──くそっ!」

「ひぇっ」

 思わず拳でベッドを殴れば、まだ部屋に居座ってベッドにもたれていた京介が、間の抜けた声を上げる。

「おいおい、どうしたんだよ、誠。おまえらしくもない」

「何が僕らしさだ。『優等生』なんてクソっくらえだ!」

 京介に当たり散らしている自覚はあった。だが、自分を止められない。

 枕にうつ伏せたままの誠介の頭を、京介がポンポンと叩く。

「そういう意味で言ったんじゃねぇよ」

「……」

「だいたい俺、おまえのこと『優等生』とか思ったことねーし。だっておまえ、成績はいいけど協調性ないじゃん」

「……」

 誠介はその言葉にザクッと刺されたが、京介は構わず続ける。

「妙なとこで頑固で、絶対自論っていうか正論を曲げねぇし、融通きかねぇし、思い込んだら猪突猛進で周り見えてねぇし、空気読めねぇし」

 ザクザクザク、と言葉が突き刺さる。が、続く京介の言葉は、誠介には意外なものだった。

「そんなおまえが、俺、うらやましくもあるんだよな」

「え……?」

 思わず顔を上げて京介を見ると、京介は一つ頷いてみせる。

「俺は周囲と合わせてヘラヘラフラフラするのは得意だけど、自分を貫くとか苦手だし──てぇか、貫きたい自分なんて、どこにもないんだよなぁ。魔法機工の研究者として就職したら、研究室の同僚は皆、自分の目標と熱意を持ってるやつばっかでさ。フラフラしてるやつなんか一人もいねぇの。──俺は、どうしても、あそこでやっていけなかった。目標のために一直線、ってのが、どうしてもできねぇんだなぁ。自分の興味の赴くままじゃないと、何も作れねぇし、飽き性だし──大企業の中でそれが許されるほどの天才でもなかった」

 それは、誠介が生まれて初めて聞く、京介の弱音だった。

「ま、音楽活動しながらフリーランスで小金稼ぐっていう今のフラフラした生活が性に合ってるから、別にいいんだけど。──でも思うんだ。俺がおまえみたいだったら、人生に目標を持って、それにすべてを懸けるっていう、そんな生き方もできたかなって」

「……」

 言葉に詰まった誠介だったが、京介はあっという間にいつもの軽薄な調子に戻った。

「ま、そんな人生、俺の性には合わないけどな! 友達も少なそうだし、なんかつまんなさそうだし、うん、まぁ、正直ごめんだな!」

 今までの話が全部台無しだ。誠介は思わず、京介の頭を叩いた。

「いてて……まぁ、今の話の教訓はだ。人には、人それぞれに合った生き方があるってことだな」

「無理やりいい話っぽくまとめようとするな!」

 誠介は怒鳴る。しかし、認めたくはないが、今の話に感じ入るところは、たしかにあったのだ。人には人の、市彦には市彦の生き方がある。誠介には、それに口出しをすることはできない。

 なら、誠介の生き方は──誠介に合った生き方というのは、なんだろうか。

 窓の外では、炎害の炎が立ち上り、その身をくねらせて、街を紅く照らしていた。


 翌日以降、しばらくは、炎害の後始末で街は大忙しだった。街を埋め尽くす煤の掃き掃除だけで一苦労だ。燃えてしまった建物の解体作業があちこちで音を立てていた。

 ニュースは、『祈りの姫』の尽力により、今回の大炎害での死者はいなかったこと、『祈りの姫』は体調を崩して療養中であるが、重体ではないことを伝えた。

 そして、市彦と誠介は、『祈りの塔』の展望台で、並んで眼下の景色を見下ろしていた。涼しい風が頬を撫でていき、炎害の終わりを告げていた。

 二人とも沈黙していたが、やがて市彦が口を開いた。

「……千鳥に、声が通じない。本格的に体調が悪いみたいだ」

「そうか」

 誠介は端的に答えた。心配ではあるが、重体ではないとのニュースを信じるしかない。

「誠介、俺は……」

「市彦。この間は悪かった」

 誠介は市彦の言葉を遮って言う。市彦は目を見開いた。

「お前の言う通り、いつまでも続けられることではないんだろう。なら、お前には、お前の将来を選ぶ権利がある。僕がどうこう言うことじゃなかった。それに──思い返せば、おまえが本気で千鳥さんのことを大切に想っているのは、確かなことだったから。そのおまえが決めたことなら、よくよく考えた上でのことなんだろう」

 誠介が訥々と語る言葉に、市彦の顔は、次第に笑顔になっていった。

「……千鳥の体調が良くなったら、今回の炎害の慰労会で、三人で焼き肉行こうな。高い肉を食べまくろう。金のことは心配するな、千鳥の外出用の金は、政府からたっぷりもらってるからな!」

 ああ、と頷こうとして、誠介はあることに気づいた。

「──それなのに、千鳥さんの飲食代と洋服代、僕に奢らせてたのか、お前!?」

「わっやべっ! ……だって、余った分は俺の小遣いにしていいってことになってんだよ!」

 逃げる市彦を追って、誠介は駆けた。


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