レニーと島と海賊と毛玉
ついに島を一周できた!
一周といっても、私の足で行けそうな場所をすべて歩いたというだけで、崖や岩場で行けない所もあるから島全体の形はわからない。でも行けそうなところは全部歩いた!
こんなにたくさん歩けるようになるなんて、自分でもびっくりだ。
せっかくなので、分かる範囲で地図を作ってみようと砂地に石と枝で描いていると、通りがかりのふかふか生物ことモフスが「フーン」とチラ見だけで素通りしていった。あの反応からすると私の地図はあまり正確ではないんだろう。
あのふかふか達は私よりずっと物知りで、頭の良い生き物だ。よくふかふか同士で難しそうな話をしているし、あの小さな前足で複雑そうな道具を扱っているのも見た。
彼らはこの島の詳しい地図を持っているんだろうか。あるのなら見せてくれないかな。捕虜には無理かな。
空き時間の散歩(監視付き)は天気が良い日の日課になっていて、役に立つかどうか関係なく色々拾うのがささやかな楽しみになった。
最近のお気に入りは面白い形の石だ。木の枝や葉っぱ、貝殻や海藻といったものはすべて使い道があるし、人間は食べられない果物も他に食べる奴がいる。
集めることを楽しめるのは石くらいしかない。
なんとなく良いと思った形の石を厳選して並べているとモフスに見つかって注意されたので、仮住まいの裏手にこっそり隠しておくことにした。
見張りの猫さんには干し魚をあげて見逃してもらっている。
出歩けられる時は出歩くが、雨の時間(日に何度か雨が降る時がある)は仮住まいで道具の修理や人間用の保存食作りをしている。
見張りがいる時限定で手のひらに収まる長さの小刀を持つことが許されたので、出来る事が一気に増えた。干すための魚をさばき、貝殻で食器やスプーンを作り、植物の蔓で小物入れも作った。老夫婦に片言で教わりながら、何度も失敗してようやく使えるものが出来た時は感動で震えた。
裁縫道具ももらえたので自分の服の修繕をしていると、動物の海賊たちが着ている小さな服の修理も時々任されるようになった。
毎日やることがあって、どんどん出来ることが増えて、ささやかな楽しみもいくつか出来て、そして手紙のその後について海賊は何も言ってこない。
捕虜になった日数はもう数えていない。最初の頃に寝込んで曖昧になったのもあり、数えている余裕はなかった。
ずっとこのままこの島で海賊に見張られて生きていくんだろうか。
「明日あたり嵐が来るでしゅ。気圧計がやばいでしゅ」
晴れた昼下がり、モフスがそう言ってきた。
言われたとおり外に出していたものを屋内に仕舞ったり、倉庫用の小屋の補強やら何やらしているうちにいつもと違う匂いの風が吹きはじめ、昼なのに空が暗くなり、大粒の雨が降り始めた。
急いで老夫婦の家周りの片づけを手伝い、夕飯と明日の朝食をもらって戻ってくると、私の仮住まいに薄桃色のモフスとたくさんのふわふわが来ていた。
「船は沖へ避難したでしゅ。こいつらは大荒れの海の上だと危なっこいから、ここで待機させてもらうでしゅ」
二匹の母猫海賊と、八匹の小さい子猫!
こ、こんな子達も海賊船にいたんだ!
みんな雨に濡れていたので、慌てて使っていない布を引っ張り出す。
老夫婦が食事と共にくれた、火で温めた石を包んで置くと、モフスがよっこいせと座った。
仮住まいの中では火を使えないので、モフスが持って来ていたランプを頼りに蒸した魚とお芋を食べ、葉野菜と干した貝のスープを飲む。
あとは雨漏りを警戒しながら嵐が過ぎるのを待つしかない。
母猫達は子猫を片っ端からなめて、次に自分の身体をなめてきれいにすると、横になってあっという間に寝てしまった。疲れ果てていたようで、強風と雨粒の音を気にすることなく熟睡している。
子猫達はとにかく元気いっぱいで、ミルクを飲む時以外は母猫の世話をかいくぐってひたすら駆け回るか喧嘩ごっこで遊んでいた。
と思ったら力尽きた順に次々と寝落ちていった。
何匹かは母猫の元で、ほかの数匹はモフスの近くで、そして寝ぼけたのか二匹が私のところへやってきて、膝によじ登ったところで寝てしまった。
ど、どうしよう!
焦ってしまい動いたはずみで転がり落ちそうになったので、慌てて手で受け止める。
二匹とも、嵐も人間の私も気にすることなく深く寝入っている。ちょっとつついたくらいじゃ起きそうにない。
両の手のひらの上に収まるくらい小さくて、やわらかくて、温かくて、とても軽い……なんて生き物だ。
こんな状況なのに、私の手の上なのに、安心しきったように目を閉じて、時々むにゃむにゃと口を動かしている。
こ、こんな所で長年の夢が叶うなんて。
無防備な毛玉達をかわいいと、思う前に泣いていた。
ふわふわの毛に涙が落ちないよう気をつけて、ゆっくりゆっくり手のひらから膝の上に子猫達を移動させても、次々と涙が出てくる。
体力を使ってしまう、水分を無駄にしてしまう、早く泣き止まなければならないのに、これまで押し込めてきたいろんな感情と一緒に涙と鼻水が出てくる。
もう、いいか。
ここまで頑張ったじゃないか。だから、もういいかな。
兄への手紙が届く事も、叶うかもしれない程度に期待していただけだし、身代金だって、安い金額じゃない。
ここがどこかわからないままだし、海を見て島影を見た事も、モフスの海賊船以外見たことも無い。脱出しても行き場所がない。外は大嵐だ。
こんなに元気になれて、たくさん歩けるようになって、毎日しっかり生きていられるようになった。
もういいじゃないか。これ以上を望んでも仕方ないのかもしれない。
もう……
……
何もかもがどうでもいいと思ったが、それでもせっかくの命はまだ手放せないや。
こうなるまでに頑張ってくれた人達がいるんだ。
応援してると言ってくれた奴がいるんだ。
腫れるのも構わずに目元をこする。
もう少しだけ、あがいてみよう。
「海賊の仲間にしてくれないか?」
私がわんわん泣いているあいだ桃色のふかふかは毛皮から何かの表と計器を出し文字盤を見ていたが、はじめてこちらを見上げた。
「お前の寸法はうちの船員には向いてないでシュ」
「そうだろうか。人間としては小柄な方だし、大柄の猿だと思えないか?」
モフスは計器を置いて小さな前足で耳をかき、鼻息を吐いた。
「お前は従順だし、道具修理のセンスも良いから、本気で言っているならリーダーへ提案してやってもいいでシュ。でも我々クリーニーの船はもじうきこの海域を出て、もう二度と戻ることはないでシュ。それでもついて来たいなら構わないでシュ」
ひどい否定の言葉が来るかと思ったのに、良感触でびっくりだ。いや、それよりも、
「先の予定を話していいのか?」
「海賊稼業は抜けることになっているんでシュ。次の集合日に海賊団のボスに申し出る事になっているでシュ」
「そんなに簡単に抜けられるものなのか?」
「きっと止められるから、戦闘覚悟で無理やり離脱になるでシュ」
「そ、そうなのか」
海賊の世界も大変なんだな……。
「身代金が間に合わなかった場合はお前はこのまま島に置いていくか、他の人間の船に引き渡すことになっていたでシュが、ついてくるなら覚悟を決めておくでシュ」
モフスに海賊の話を聞きながら子猫達を眺めてるといつの間にか朝になり、嵐は去っていった。あの暗い世界はどうしたのかというくらい外は晴れ渡っていた。
そしてモフスと動物達の船は座礁していた。
「ちょっと乗り上げちまっただけでシュ! 他のぶっ壊れた箇所がやばいでシュ。すぐ修理にとりかかるでシュ!」
大変な状況らしく、モフスも動物達も日に何度も小舟で島に来ては何かしらの作業や話し合いを繰り返している。座礁した場所はわからないが、どうも島の近くらしい。
ここは売り込みのチャンスだ。
「あの、修理の手伝いは必要だろうか」
浜に派手な色の棒を突き立てていた、明るい黄緑色のモフスにたずねると、あの薄桃色のモフスが触っていた機材と紙を何枚か渡された。
「お前は読み書き出来て、火山岩の上を歩いて平気なようでシュから、こっちの作業をやるでシュ。島を歩いて計測器の数値に変化がある場所を紙に書くでシュ」
紙をめくるが地図は無さそうだった。派手な色の棒を基点にして、そこからの距離を測って位置を記録するものらしい。
本当に手が足りてないのか、海賊の見習い扱いされているのか、とにかく役に立つ所を見せなければ。
「わかった。何のためのものか教えてもらえるか?」
「海底の火山地帯がなんか変でシュから、それの調査でシュ」