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手紙とミリオン 1


***




 その手紙は麻袋のような生地を縫い合わせた封筒に入っていた。


 ミリオンは表情を変えないまま自分宛ての手紙を読み終え床に崩れ落ちた。

「おい、大丈夫か」

 自分宛ての手紙から顔をあげ隣を見ると、震えているので生きてはいるようだ。

 今まで耐えていたものが限界にきていたのだろう。

 状況が状況なので奴は放置し、袋から残りの物を出して机に並べていく。


「これがその兄宛ての手紙か」

 これだけが紙の封筒に入れられ、別に封をされているが……。

「あ、おい」


 復活したミリオンが無言で封筒を手に取り開封する。

「どうせ全部奴らに検閲されてる。彼女もそれは理解しているだろうから、中身は無難で想定内の情報しかない。お前の方はなんて書いてあるんだ」

 兄宛ての手紙にさっと目を通すとこちらを見てくるので俺への手紙を渡す。

「自分のことで申し訳なく思っているなら気にするな、手紙を兄へ送ってほしいと書いてある。あとは当たり障りのない言葉だ」

 手のひらに収まる大きさの紙片だ、書ける文字数は限られている。


 ミリオンは無言で手紙を裏返し、自分宛と俺宛のもの、それに兄に宛てたものを机に並べると紙と紙の端の形がきれいに合わさった。

「一枚の紙を小さく分けたのか」

 机に乗り上げるようにしてミリオンは手紙を詳しく調べはじめた。

「どうも何かの紙を再利用したようだ。 端に何か書かれているがこの字はレニーのものじゃない。ジルニトラ、わかるか?」

 問われたので遠巻きに近づいて観察してみる。今あまりミリオンに接近したくない。こいつは殺気を隠さなくなってきている。

「船の名前だ。彼女が乗っていた客船の土産物屋のものだろう。おそらく包み紙だ」

「あと他には……封筒が気になるな」

 こちらもミリオンは手早く分解して机に広げていく。

「これは何だろう」

 粗織りの繊維の中、ちょうど内側になる部分の色が変わっている

「何かの石の破片かな。この植物みたいなのはなんだろう?」

「ヘリットならわかるんじゃないか?」

 あいつは確かあちこちから鉱石の標本を集めていたはずだ。

「そうだな、呼んでこよう」


 隣の部屋で道具の整備をしていたヘリットは、ミリオンに呼ばれてすぐにやってくると説明を聞きながら同じように実物を観察していく。

「これは火山性の鉱物だと思う。植物は不得意分野だから少し調べさせて。あとは動物の毛も入っていたけど、ちょっとわからない。羊に似てはいるけど」


 火山性か……海洋火山ならこのあたりの海図で見た記憶があるな。

「どれも封筒の粗い繊維にうまく絡まって分解しないと気づけないようになっている。君の探し人は賢いね」

「そうだね」

 ヘリットの言葉にミリオンは一瞬弱い笑みを浮かべるが、すぐに元の表情に戻った。






 その連絡を受けたのは冬が終わり、春の気配が日に日に濃さを増してきた頃だった。


 俺の卒業はまだ先なので、必要な試験は受けつつも竜の世話をしたり仲間の手伝いをして過ごしていたが、ある日機甲科から呼び出しを受けた。

 まっすぐに知り合いの教員の元へ向かうと、向こうは難しい顔で数枚の資料と共に説明を始めた。


「彼女が行方不明?」

「帰路で海賊の襲撃に巻き込まれたようだ。うちのが探しに動いているが時間がかかっている」

 この教員はよく知っている相手なので、説明内容は配慮も遠慮も無くそのままの意味なのだろう。そして捜索の途中段階で伝えてくるということは手伝いの申し出は許可されるということだ。

 今期の自分の必要出席日数はあとどれくらいあっただろうか。短縮したとして何日になる?

「探しに行きたければ試験後にしろ」

「……わかりました」

「それとこれも持っておけ」

 放り投げるように渡されたのは帯剣許可証だった。


 大人しくしているつもりはない。

 総務へ許可証を提出すると騎士科へ寄って剣を持ち出し、警戒しつつ男子寮の自室へ向かう。


 自室の前には予想通りミリオンが立って……行き倒れていた。

 生きているのか? 生きているよな?

 剣でつついてみるか? いや間合いを取っておかないと危険だ。


「……貰ってきた資料があるが、読むか?」

 遠くからそう声をかけると、ゆっくりと起き上がった。顔色が悪い。


 込み入った話になるだろうからと自室に入るとミリオンが大人しくついてきたので、手元の資料を投げて渡す。


「お前こんな所にいていいのか?」

 今のこいつは本来こんな場所にいる暇なんて無いはずだ。

 俺の問いかけには答えず、奴は資料に何度も目を通すと重く息を吐く。

「レニーからの手紙が途絶えた理由はこれか……」

「どこまで知っていた」

「何も……突然呼び出されて、彼女の兄について尋ねられて、理由を尋ねても何も教えられないと言われた。俺は彼女の身内ではないから」

 聞いたことがないくらい張りのない声だった。

「お前が卒業試験を放棄して探しに行くと思われているからだろ」

 彼女が言っていたが、前科があるらしいからなお前。


「いいか落ち着いて聞け。あの辺りの海賊は身代金目当てで船を襲うから人質は安全な場所にいるはずだ」

 思わず剣に手を添えながら言葉を放つ。

「それは海賊の決め事だろ」

「そうだ。金品の略奪のみで人質の安全は保証し、身代金を支払った人質は即時開放すること。近隣の海洋大国には上納金を納める。それが奴らが略奪行為を黙認されている理由だ」

 だから大国は海賊を取り締まらない。そして派手に暴れまわらずに地道に稼ぐから目立たず発覚も遅れる。今回のように。

「レニー、お金無いから捕らえられたままか……本当に人質は安全なのか? こっそり売り飛ばされはしないのか?」

「可能性が無いとは言えないが、彼女は俺の故郷の発行した簡易身分証を持っているはずだから、下手な扱いはされていないはずだ」

 俺の国は小さいが喧嘩を売ってはならない国として存在が知れ渡っているので、発行した身分証はそれなりに効力がある。

「時間はかかっているが必ず俺の国が見つけ出す。だからお前は大人しく学業に専念しろ」

 あれだけお前の卒業を楽しみにしていたんだぞ。自分のためにそれを放り出したと知ったら彼女はきっと悲しむ。



 ミリオンは目を閉じ、それから一つ深呼吸をすると初めて俺の顔を見た。

「わかった」

 声の震えは消えていた。それから資料を置いて部屋を出ていく。


 すぐに引き下がるのが予想外だったので思わず後を追うと、ミリオンは同じ階にある自分の部屋へ行き一度中に入り、書類の束を片手に出てくる。


「あっいたいた。ミリオン、また例の人が来てるよ」

 廊下の先から声をかけてきたのはミリオンの研究仲間のヘリットだった。


「ちょうどよかったヘリット。例の件だけど、俺も同意することにした」

 ミリオンは話しながら上着の胸元を直し身だしなみを整えはじめる。

「ええっ、君あまり乗り気じゃなかったのに」

「こちらから提案してちょっと条件を変えてもらう。だから秘蔵の発明品をいくつか交渉に使いたい」

「いいよ。僕より君のほうがそういうの上手いし。効果的に使ってよ」

 ヘリットはさらりと何かに同意すると、手首のバンドから鍵を一つ取り外してミリオンに渡した。

「助かる。あとは提案書……他には何がいるかな。用意が整ったら学院長のところへ行こう。機甲科の先生も捕まえて、あの話を持ちかけた相手にも会おう。それから……」

「じゃあ僕は資料を持ってあとから行くよ」

「ああ。あとで落ち合おう。ジルニトラ、夜またお前に用事があるが、どこにいる?」

「その時間帯なら自室だ」

「わかった。じゃあまた後で」

 そう言うとミリオンは何やら慌ただしく早足で去っていき、様子を眺めていた俺とヘリットだけが残った。


「一体どうしたんだ?」

「ミリオンと僕の卒業後の所属先が決まったんだ」

 ヘリットは普段の眠そうな表情のまま答えた。

「今の会話でか?」

 まだ卒業もしてないのにか。


 ミリオンは最高学年になっても好成績を維持したままで、卒業後は王立騎士団やいくつかの研究施設から声がかかるだろうとは噂されていた。

 だが誰も卒業後の進路を知らず、女性陣が俺のところまで情報を探しに来たほどだった。あいつを養子や婿にと狙う名家は少なくないらしい。


「正確には前から何件か引き抜きの話が来ていたんだ。僕は研究させてもらえるならどこでも良いから適当に決めたんだけど、ミリオンがさっき同じところへ一緒に行くと決めたみたい」

 僕だけじゃいい加減な交渉しかできないから助かったよ。

 ヘリットが安堵した様子で説明していくが、すべて初耳の内容だった。


「僕らはいくつか珍しい発明をして、それがあちこちの国や組織で話題になってたんだ。でもジルも知らなかったくらいに情報は隠されてたんだよ。学院内では普通の生徒でいられるようにって」

 あの学院祭以来なにかと組んで研究していたのは知っていたが、驚いたな。

「僕らは機甲科と研究科の卒業条件を満たしてあるから、残りは騎士科の卒業試験だけなんだ」



 その晩、再びミリオンは現れた。

「今度は何だ。俺も一応試験期間なんだが」

 明日から実技試験が始まるので早く寝たいんだが。


「ジルニトラ、俺はお前とお前の国を信じることにする。だからレニーの無事も信じる。一応は」

 ミリオンはまっすぐ俺を見る。

「それは光栄だな」

 お前が彼女以外の他人を信じるなんてな。

「だからお前の竜を貸せ。あの生意気な黒い個体だけは管理責任者がお前なんだろ」

「……目的は何だ」

「危険な真似はさせないと約束する。情報収集用に一日借りるだけだ。外出許可もとってある」

 そう言って正式な許可証を出してくる。受け取って中身を読むと研究に必要な竜脈の観察のためなどと書いてあり、それらしい理由が長々と書いてあった。

 竜に対する安全を保証する契約文もあり、試験期間中の竜の運動不足は気になっていたところだったので署名をして突き返す。

「あいつで良いのか。懐かない相手には凶暴な個体だが」

「一番体力があって、一番速く飛ぶんだろ。レニーを探す手伝いだと言えば協力するさ」

「説得するのか。やれるものならやってみろ」



 ミリオンを連れて竜舎へ向かい、目的の竜房へ行くと何事かと黒い姿が顔を出す。

「ちょっとこいつの話を聞いてやってくれないか」

 鼻先をなでて説明しながら扉の鍵を開け、俺が鞍を取り付けている間にミリオンが竜の前に立った。

「お前の事は気に入らないが、俺はレニーの為だったらどんな奴とだって仲良く出来る」

 竜は低く唸っているが、攻撃の意思はないようで尻尾は動かない。

「彼女を見つけるのを手伝ってほしい。頼む」

 ミリオンが頭を下げると、ふんと鼻息が聞こえ、竜は低く屈み背に乗るよう促した。



 翌日の夜、竜舎で待ち構えていると許可証の期限が切れる直前にミリオンは帰還した。

 まず竜の様子を見ると、疲れてはいるが怪我はなく無理をさせた感じもない。だが足元の鱗に乾いた海藻がこびりついていた。

「海まで行ったのか。海賊は襲っていないようだが」

「そんな事はしていない。海辺の街で情報を集めてきただけだ」

 そう言うとポケットから手帳を出す。


「レニーが巻き込まれた襲撃事件についてだけど、先に人質から開放された乗客達が報告しなかったので発覚が遅れ、お前の国が気付いた頃には残った人質は捕虜として報酬がわりに海賊船団の船それぞれに分配されてしまった後だった」

「ああ」

 そこまでは俺の国でも掴んでいる。だが海賊の行動範囲が広く、国同士のしがらみもありそこから辿りきれていない。


「これがその分配時の名簿だが、レニーの名前は見当たらない。襲撃時に捕獲した人質の名簿には彼女の名前があるのに、そこからどの海賊船に連れて行かれたのかわからないようになっている。捕虜の何割かはこっそり人身売買に流れているようだが、そちらの名簿にも彼女はいない」

 ん?

「それで、これは襲撃した海賊船団長の私物の裏帳簿だが、これによると」

 ミリオンは説明を続けつつ、さらにポケットから紐で綴った小さな紙の束を出す。

「おい待て」

 今こいつは何と言った?

「そんなものどこで手に入れたんだ」


「ちょうど港の酒場に海賊がいたから、そこで目的の海賊船団の位置を教えてもらって、近い場所に停泊しているとわかったから足を伸ばして、ちょっと交渉してきた」

 目の前の人物は多少疲れてはいるようだが落ち着いている。服の汚れは法術で消せるからわからないが、怪我をしている様子もない。

「危ないことはしていないさ」

 こいつの危険の基準がわからなくなってきたな……。


「俺はあいつらの流儀に合わせて行動しただけだ。“彼らの命の保証をする代わり”に帳簿と、ついでに海図を貰ってきた。安心しろ、交渉時は竜を離れた場所で待機させていたし、念の為に海賊達に記憶を混濁させる噴霧薬を使用したから誰も俺の事は覚えていない」

「そんな薬、どこで手に入れたんだ」

「俺とヘリットの研究室。ある国に依頼されたもので、昔滅んだ国の資料で発見された製法から再現したんだ。自分で使ったのは初めてだから後でレポートを作らなきゃな」

 ……各国がこいつらを欲しがるわけだ。

ミリオンといいつつジルニトラくん視点からスタート。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何年も前から、レニーとミリオンのファンです。ぜひ完結させて下さい。待っています。
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