レニーと海と手紙 2
元気になってきて少し欲が出てしまったんだ。せっかく国の人が兄の所まで送ってくれると言ってくれたのに、帰りは一人で船旅をしてみようと思ってしまった。
もちろん一番安全な航路と船を選んで、旅費もケチらず使って、とても順調だった帰路の船旅は、最後の乗り換えのために訪れた中継用の島に海賊がやってきたことで終わった。
乗る予定の船を待ちながら小物屋でお土産を買っていると突然大通りが騒がしくなり、そこからはあっという間だった。
海賊達は大勢でやってきた。彼らは統一感が無く色とりどりで、格好や持ち物もバラバラで、乱暴な言動で人を脅すのが上手かった。本で読んだとおりだった!
彼らは自分たちの仕事に慣れていて、複数の船で素早く海路を封鎖してしまうと港を占拠した。島の住人達は怯えながらも抵抗せずに手早く要求された品々を差し出し、住人以外は私を含め全員一箇所に集められた。
親玉のような迫力のある海賊が私達を見渡しながら、危害は加えることはしないが言うことに従わないとその限りではない、手荷物は没収しないが触ってはならない、怪しい言動をすればすぐさま全員の身が危険になるなど、大声でわかりやすく説明してくれた。
一応の身の安全の保証があるのはこのあたりの海域で海賊行為をする時の決め事なんだそうだ。
そして最後に高額の身代金や相応の金品を払えば開放すると宣言した。
お金持ちや身分の高い、すぐに身代金の手配が出来た人達はそこで開放され客船に乗って去っていった。
残ったのは私も含めすぐに高額のお金が用意出来ない人達。
そこからいくつかの集団に分けられ、海賊の船ごとに連行されていき、私が連れて行かれた先はそこまで大きくない一隻の船だった。
「よく来たなでシュ! 貴様は我がクリーニー海賊団の捕虜になるでシュ!」
なんだか前にも似たようなふかふかした生き物に会った事があるような気がする!
私が理解できる言葉を喋っていたのは、球体に近い体から長い耳と短い手足が生えた淡い色のふかふかした種族で、他には小柄な犬や猫や、毛の生えた小さな動物が沢山いる。
説明された内容からして彼らは海賊らしい。
皆それぞれ帽子やスカーフやベルトや小さな胴着を身に着けていて、確かに海賊っぽい格好だ。そして二足歩行で歩き回り、小柄ながら肉球のついた手や口で器用に道具を扱い、慣れた様子で船(この船は立派な帆船だった)を操っている。
こ、こんなの、本でも読んだことないぞ! なんで二足歩行してるんだ!
「捕虜は労働力として活用させてもらうでシュ! だがこの船は我々の大きさで扱えるよう改造シュたので、お前は役に立たないでシュ」
言われてみれば彼らの船はあちこち小さい身体と手足で使いやすいように改造されていた。
低い位置に取っ手や咥えて引っ張るための縄が取り付けられていて、足場も多い。船室の窓も低い位置に追加されているし、ドアは大小あって皆小さい方を使っている。
逆に帆柱などは何もついていないのを猫姿や猿姿の船員が器用に上り下りしていた。あれだと人間では登れないだろうな。
「お前は大きな船のところからこっちの捕りぶんになったでシュ。久々の大物報酬でシュ。厳重に扱えとのお達しでシュ。差し出す金物があれば待遇を考えてやるでシュ」
そう言って丸いふかふか達は期待するように私をじっと見上げてくる。
「な、なにもない。私はお金も身分もない」
なんでそんな指示が出たんだ。
私に何かあると思えないし、誰かと間違えたのか?
念のためにと荷物はぶち柄の犬の海賊が鼻先で調べて、おやつ類は回収されてたがお財布の中身はそのままだった。
「現金はどうせ上役の人間にとられるからいいでシュ」
海賊内も力関係があるらしい。
「その腕輪はなんでシュか?」
「これは滞在していた国の石で出来たブレスレットだ」
真っ黒な材質の中によく見るといく筋か光が走る変わった石で、帰る際にもらったんだ。
外さずに近づけると、淡い赤色のまるい個体がふかふかの体毛の中から単眼鏡を取り出して慣れた様子で調べる。便利な体毛だ……!
「フーン、別に宝石ではないようシュからこれは没収しないでシュ」
よかった! 大切な思い出の品だから没収されたらどうしようかと心配だったんだ。
「お前は身代金が届くまで島で強制労働してもらうでシュ!」
ふかふかした淡い黄色の丸い生き物が持っていた剣を振って合図すると、茶色のしましま柄の猫海賊が私を縛った縄の先を持って歩きだした。
びっくりだ。生きているとびっくりすることの連続なんだな……!
それから小舟で運ばれたのはクリーニー海賊団が占領している小さな島だった。
昔は村があったそうだが、近くの海底で火山が噴火した影響で人々は去り、今は一組の老夫婦の他は誰もいないんだそうだ。言われてみれば島の一部が不自然に黒っぽい焦げ茶色の岩で覆われていているのが見えた。
「測量と地質調査の結果火山活動はしばらく停止しているでシュから、噴火は気にしないでいいでシュ。でも岩場の奥は危険だから近寄るなでシュ」
調査したのか。ふかふか達はけっこうしっかりした集団らしい。
島唯一だという浜辺に到着すると、海賊団員らしい動物達と人間の老夫婦がいた。
「新しい捕虜はここで物資づくりをしてもらうでシュ。いろいろ教えてやるでシュ」
海賊達が荷物を砂地に運び下ろしている横で、明るい水色のふかふかが老夫婦に私を説明する。
「逃げる手段は無いんでシュから、お前はさっさと手紙を書くでシュよ」
「……わかった」
こうして私の捕虜生活が始まった。
老夫婦は優しかった。言葉が少し違っていて最初は会話にまごついたけれど、二人の家の近くの空き家を紹介してくれたし、片付けも手伝ってくれた。
一応彼らも海賊の捕虜扱いなんだそうで、それぞれの家に見張りが交代でやってくることになっていた。
見張りはたいてい猫姿の海賊で、普段は二足歩行だが走る時は四つ足で普通の猫のように地面を駆けていた。あれでは人間が走って逃げてもすぐに追いつけるだろうな。
そして猫なので、私が空き家を探検したり掃除している時は部屋のすみで丸くなって寝ていた。寝ていたけれど耳は常に私と外に向けられているので見張りの仕事はこなせているらしい。
彼らと会話は出来ないけれど、ゆらゆらと動くしっぽに兄のところの虎さん達を思い出してちょっと懐かしい気持ちになった。
老夫婦に焼き魚と野菜スープの夕食を分けてもらって食べた後、なんとか寝る部屋だけ掃除して、板だけの寝台の上で戸棚から見つけ出した埃っぽい毛布に包まり、最初の一日が終わった。
横になっても気分は落ち着かず、これまでの事が延々と思い出してしまい、ああすればよかった、こうすればよかったが沢山頭の中を駆けまわっていた。
兄さんならこんな時どうするかな……兄さんは頑丈だし虎さん達がいるから、海賊が現れた時点でみんなふっ飛ばしているな。
虎さん達の活躍を思うと気持ちが少し明るくなった。
ジルニトラくんも竜くんがいるから、捕まらずにうまく逃げ出すことができそうだ。
ミリオンなら……あいつの場合は動物の助けもないし、身一つでなんとかする事になる。
それは私の状況とちょっとだけ似ている。きっと暗い気持ちになっている場合じゃないよと、すぐさま自分が出来ることを考えてしっかり生き延びるに違いない。
そうだ。大丈夫だ。命があるだけマシだ。体だってこれまでになく元気なんだ。生き抜けばきっと良いことがいっぱいあるんだ。悲しい気持ちになっている場合じゃない。
少し明るい気持ちになれたが、結局朝方まで眠れなかった。
翌日は島で生活する方法を教わることから始まった。
療養先で簡単な家事や収穫の手伝いはしていたけれど、ほとんどすべてが初めてのことばかりで、教わりながら見様見真似でとにかくやってみるしかなかった。
食料は海賊が見張りの交代の際に置いていってくれる保存食と、老夫婦の育てている野菜を分けてもらったのと、魚介類。
ひとまず飢えることが無さそうなのは安心だ。
真水は地下水があり、かつて一つの村が存在していただけあって住居を整備すれば最低限の生活はできる。
お昼は支給された保存食のうちビスケットを一枚だけ食べ、午後はせめて寝床を整えようと掃除をしていると、突然雨が降りだし私の住まいはひどい雨漏りになった。
慌ててバケツを探したり雑巾になるものを探したりでびしょ濡れのまま長い時間を過ごし、その結果熱を出して寝込んだ。
元気になったんだ、これでも。その証拠に翌々日には起き上がれるようになった。
かつての私ではありえないような頑丈さだ!
でもまたこんな事があるかもしれないので、熱が下がると急いで手持ちのもので手紙を書いて、ふかふか達に渡した。
手紙を渡した際に病み上がりの弱った私の姿を見た海賊達は、新しい捕虜の生存能力に不安を覚えたらしく、次の日から日中は老夫婦と一緒に活動していいことになった。
健康になったんだ……これでも……
海賊の配慮のおかげか、それからはあまり体調を崩すこともなく順調に捕虜生活を過ごせるようになった。
一日の流れは決まっていて、朝は空が明るくなる頃に起き出して老夫婦と一緒に浜辺に向かう。
波打ち際からやや離れた場所で海賊が小舟でやってくるのを待ち、見張り達が交代している間に私達は食料などの物資を受け取る。
小舟が去るとおばあさんは浜から網を投げて魚を捕り、私は浜に打ち上げられた海藻や流木やその他何か使えそうなものを集め、おじいさんが食料を整理し、備蓄分を分けつつその日の全員分の食事を作る。
おじいさんは足を悪くしているので家仕事の分担が多いんだそうだ。そのぶん料理がとても上手いのだと、魚を選り分ける時におばあさんが教えてくれた。
朝食後は畑の手伝いと住まいの修理や片付けにあけくれて、午後は食料や生活用品作りの手伝いや、島の奥の森へ行くおばあさんに同行して食料採集をしたり、崩れかけの空き家を壊して材木集めをする。そうするとすぐに夕方になるので、日没前に水浴びをして夕食になり、寝てしまう。
海賊はロウソクや油をあまりくれないし、木材は使いみちが多いし、夜の明かりは最小限なんだ。
数日はそうやって過ぎていって、住まいから雨漏りが消え、他の空き家からかき集めた毛布で寝具を整えた頃、私の仕事に海賊達の物資作りが加わった。
これは本当にすることが沢山あって毎日忙しかった。
海賊達が爪をといだり噛んだり齧ったりするための枝や板を集めたり、携帯食の干し魚を作ったり、穴の空いた寝袋を縫い合わせたり。時には石鹸や包帯を作ったり。
老夫婦は物静かな人たちで、島に二人だけ残って生活してきただけあって物知りだった。必要なものはほとんど自分たちで作っていて、島に残された設備も自分たちで修理して使っていた。それでも足りないものはあり、海賊が船を没収し買い物に行けなくなってしまったので、いくつかは海賊と交渉して届けてもらっているそうだ。
一応は捕虜扱いだけれど、老夫婦は海賊達を怖がらずになんだか生活の一部に彼らがいる事を受け入れている感じだった。
おじいさんは見張り担当の海賊の分も料理を作っていたし、おばあさんは病気や怪我をした海賊がいたら手当をしていた。
私はいまだ海賊達に距離をとって接していた。どうしてもこの先の不安を考えてしまうし、なにより目の前にあるふわふわに触れないのは辛いんだ。
一日のうちでやる事がわかってくると、仕事に慣れてきてだんだん空き時間を作れるようになった。
疲れている時は休むが、元気があれば布袋を改造したかばんを背負って島の探索という名の散歩に出かける。もちろん見張りの海賊も一緒だ。
食べられそうなものや何かに使えそうなものは持って帰っておばあさんに見てもらうし、おじいさんの説明を頼りに村の公共施設のあった場所を探したり、他の空き家の様子を見に行ったりもする。
かつて使われていた集会所の建物を見つけて、倉庫から本を発見した時は嬉しかった。
本だ! 島の生活に役立ちそうな本はあまり残っていなかったけれど地質学の本を見つけたので借りることにした。
何度かそうやって島を探検していると、火山に近い側は見張りの猫海賊が追ってこない事を発見した。
生えている木々の種類が変わり、だんだんと黒茶色の岩が増えて草も生えなくなってくると姿が見えなくなり、戻ってくると猫海賊は待ち受けていたようでまたすぐ見張りに戻る。岩だらけで歩きにくいからかだろうか。
一度丸いふかふかに何をしていたかを聞かれた時は、珍しい石や何か役に立つ物を探していると説明すると、わりとすんなり納得してくれた。
実際に火山のある地域は地面からお湯が出たりすると本に書いていたし、あったらいいなと思って探しているから嘘ではない。
海水を沸かしたお風呂は老夫婦と協力して数日おきに用意しているけれど、あれは薪を沢山使うし準備が大変なんだ。
捕虜の動向はしっかり報告されているようなので、二回目からは猫海賊への賄賂に干し魚をあげることにした。何も言われなくなった。
それからは岩場のあたりまで数日に一度は出かけている。
岩場のあたりはどこも険しい崖なので逃げ出すことはできないけれど(そもそも泳げない)、自分一人だけになって考え事ができる時間があるのはほっとする。
このあたりは見たことの無い植物が多く、面白い生き物もいる。自分だけの秘密を見つけたようでささやかな生活の楽しみになっていた。
次からミリオンパートです。